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きょうだい

作者: 小走煌

 隆志は内心で疲れ切っていた。

 母の命日からちょうど一年。実家を預かる長男の身としては、数ある遺品をさっさと片してしまいたかった。「隆志」とラベルの貼られたビデオテープ、古びた写真立て、処分に困る鏡台を次々に捨て去り、残ったのは今、畳の間の中央に置かれたこの壺だけだった。古めかしい、やたらとサイズの大きなシロモノだ。

「さて、これを誰か引き取らないか」

 隆志の視線の先には妹の冬子と弟の善仁がいる。胡坐をかいて全くと言って良いほど無表情な善仁と違い、跪きで座る冬子は出されたお茶にも手をつけず、今にも噛みつきそうな目でこちらを見ている。

「引き取れるわけないでしょ。こっちだって家庭があるんだから」

「そうか。じゃあ売りに出そうと思うが」

「売るですって? お母さんの大切な思い出をよくもそんなぞんざいに扱えるわね!」

 冬子はヒステリックにまくし立てた。隆志が離婚して以来、冬子はずっとこんな調子だ。小さい頃は事あるごとにお兄ちゃんお兄ちゃんと頼ってきたクセに。

「家に置いておくわけにはいかないから売るしかないだろう。それなら善仁は引き取れないか」

 善仁に話を振ってみるが、何も言わない。隆志は心の中で溜め息をついた。コイツはコイツで兄の離婚に何のリアクションも示さなかった。何を考えているか見えない分冬子より質が悪い。

 そもそもこの二人を呼んだのが間違いだった、と隆志は後悔した。亡くなる三日前「この壺の使い道はお前たちで話し合って決めるんだよ」と言った母の最後の言いつけを律儀にも守ったのがいけなかった。黙って処分してもきっと二人は気づかなかったはずだ。

「そうか、なら仕方ない。これはしばらくうちに置いておく」

「しばらくって、私達が帰ったらすぐにでも売り払うつもりでしょ!」

「そんなことしないって」

 咄嗟に反論するも、図星を突かれた隆志は思わず声が上ずってしまった。

「絶対売る気だ。最悪。最低」

 唾でも吐くように冬子は言った。自分のことを棚に上げて良く言う、と隆志は思った。冬子は家庭があるとさっき言ったが、見知らぬ男と夜道を出歩いているのを隆志は目撃していた。

「兄ちゃん、これは売らない方が良い」

 不意に、今まで黙っていた善仁が口を開いた。

「なぜ」

 隆志は反射的に聞き返した。善仁が声を発したのも意外だが、それ以上に自分の意志を示したことが驚きだった。善仁はゆっくり顔を上げ、隆志を見た。何年かぶりに隆志は善仁と目を合わせた。

「これは、たぶん僕たち三人が入る骨壺っていう意味」

 なんだって。隆志は気が動転した。善仁は昔から急に鋭いことを言ったが、それにしてもこれは唐突過ぎる。

「えっ、絶対嫌よ。こんな不倫男とおんなじ骨壺なんて」

「お前、やっぱりそういう目で俺を見てたんだな。離婚は確かに俺が悪いが、だからって実のきょうだいに対して酷くないか」

「うるさい。汚らしい」

 その言葉で隆志の頭は真っ白になった。

「お前だって別の男と会ってるだろうが。俺は見たぞ。一体どっちが汚らしいんだか」

「な、なんですって!? アンタにだけは言われたくないわよ!」

「これを止めるため」

 隆志と冬子のぶつかり合いは、間に入った冷静な声によって止められた。

「母さんは子供たちに仲良くして欲しかったんだと思う」

 善仁はゆっくりとした口調でそう言った。何だか沸騰した血が横から抜き取られていくような感覚を隆志は感じた。見ると、冬子はすすり泣いていた。仲直りして一緒の骨壺に入れ、とは何とも恐ろしい話だが、確かにあの母の考えそうなことだった。

「死んでまで子供の心配をする、か」

 隆志は呟き、ふと疑問に思ったことを声に出した。

「でも仮にこれを三人の骨壺にするとして、最後の一人はどうやって入ったら良いんだ?」

 二人はハッとこちらを見た。「その時一緒にいる家族にでも頼めば良いでしょ、バカじゃないの」と呟く冬子は涙ぐみながら、僅かに白い歯を見せた。善仁はこっそりと引き笑いをしていた。そう言えば、昔はこうして間の抜けたことを突拍子もなく言っては二人を良く笑わせていたと隆志は思い出した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 母が遺した壺をめぐって兄弟が少しだけ歩み寄るというテーマが実に的確に表現されており、読み応えのある作品でした。 長男である隆志の気苦労が冒頭の一行目から察せられて、同情をするように読むこと…
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