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闇の騎士   作者: 涼華
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14章  ヴァレンヌ  その4

ラ・ファイエット侯とバルナーヴ議員率いる衛兵隊が到着し、何よりも安心したのは、ヴァレンヌ市長や連絡した宿場長であったろう。民衆の怒りはすさまじく、あと30分も遅れれば、民衆たちで国王一家をリンチし惨殺したであろうから。そうなれば、革命の正統性は永久に失われてしまっただろう。

国王一家は来た道をそのまま返ることになった。群衆はありったけの罵声を浴びせた。警護する国民衛兵まで、石が投げつけられた。ここに、国民の敬愛の的であったルイ16世は、完全にその信頼を失った。彼もまた、マリー・アントワネットと同じ穴の狢なのだ。


もう、国王などいらない!!フランスから出ていけ!!


国王一家を乗せたベルリン馬車がパリに戻ってきた。国王を侮辱したら逮捕、の厳命が、国民議会を通じて発せられたため、群衆は不気味な沈黙を守っている。その中にマレーネはいた。フェルセン伯だけが逃亡し得たという。マレーネは安堵している。もしフェルセン伯が一緒に捕まったのなら、彼は民衆に八つ裂きにされただろう。バスティーユの光景がまざまざと浮かんでくる。自分を騙した相手とはいえ、王妃に誠実な愛を貫いている騎士に、マレーネは同情を禁じえなかった。しかし、なぜこのような愚かな逃亡を企てたのか、民衆は王室を絶対許さないだろう。

例え、マリー・アントワネットがそう願ったとしても、それを止めることができるのは国王ルイ16世だけだったはずだ。それを、怠ったのだ。その責任は問われなければならない。ここにいる民衆はそう思っているに違いない。そして彼らは、それを実行する力は既に持っているのだ。自由・平等・博愛と人々は言っているが、自由を第3身分は手に入れた。次は平等を手に入れたいと望むだろう。それは、国王夫妻に自分たちの所に降りてくるようにと望むことに他ならない。


「マレーネ、私は亡命します。アメリカに。」国王がパリに戻ったその夜、ラ・フォンテーヌ侯爵家の中庭で、アンリ・フィリップは、ミシェルとマレーネに伝えた。「ミシェルも連れて行きます。マレーネ、あなたも。」

「なぜですか?」マレーネは茫然と尋ねた。進歩派貴族なのに、ピエールたちの味方のはずなのに

「国民議会はラ・ファイエット侯の失策を許さないでしょう。国王の裏切りによって、私たち立憲王政派は正当性を失いました。今後はロベスピエール議員の共和制派が主導権を握ることとなるでしょう。私も貴族、王のいない国に居ることはできません。」アンリ・フィリップは拳を握りしめた。

「一週間だけ時間を下さい。あなた方は先に」マレーネは言った。

「そんな、マレーネ、一緒に行こうよ。」ミシェルが泣きそうになった。

「ミシェル、あんた、男でしょう。泣いたらダメよ。」マレーネは無理に笑った。

「では、侍従のジョゼフに旅券を用意させます。ニュー・ヨークで会いましょう。」

「ミシェルを、大学に行かせることよろしくお願いしますわ。」

「わかっていますよ。マレーネ。」

アンリ・フィリップは、ルイ16世に愛想が尽きたのだ。マレーネはそう思う。もし、先代のラ・フォンテーヌ侯爵が生きていたら、運命は違っていたのだろうか。いや、そうではあるまい。誰がいても運命は決まってしまったのだ。あのバスティーユ襲撃の日から。


次の夜、ローズ・ノワールは、ヒューゴ・コルベールと密会した。

「逃げてください。私と、アメリカに」

男は首を横に振った。

「仕事はどうする?」

「花屋でも、厩番でも、」

男は笑った。

「なぜ、アンリ・フィリップと逃げなかった?」

「あなたと一緒に逃げます。」

「言ったはずだ、俺は行きつく先を見届けると。」

「このままだと命も危なくなります、そんな気がするのです。」

「お前だってそうだろう。お前の方が危ない。」

私の出生のことを言っているのだろうか。

「あなたが逃げないのなら、私も逃げません。」

「脅かすつもりか。」男は笑った。

「なぜ逃げないのです。なぜ王室に忠誠を誓うのですか?平民なのに」

「お前たち、昔、俺のことを王室の忠犬と言ったことがあったな?」

遠い昔のことだ。葬儀に来たこの男を、私とピエールは罵った。そのことを思い出すと胸が痛む。

「忠犬とは、飼い主を変えないものだ」

その答に、彼女の眼から涙があふれ出した。

「泣くなよ。頼むから。」

「不器用すぎます。報われないのに」


マレーネは、結局、ボストン行きの船には乗らなかった。

進歩派貴族たちが亡命していく。ラ・ファイエット侯もリアンクール侯爵も。国民議会に残ったのは、共和主義者と反動的な復古主義者だけ、もはや、議会は話し合いの場ですらなくなった。バルナーヴ議員たち穏健派が主導して、立憲君主制を認める憲法を発布したが、いわば妥協の産物であり、1789年の遺物というべきものに過ぎなかった。


ピエール、なんで共和制にならねえんだよ。俺たちゃあ皆、国王なんていらねえのに」

その日、久しぶりに、サミュエルの食堂を訪れたピエールを囲んで、常連たちが尋ねた。

「僕の共和主義はまだ少数派なのさ。議会ではね。」

「なんでだよ?」「俺たちゃ、選挙権そのものがねえじゃねえか」「違えねえ」

周りはどっと笑った。

後は他愛ない話になった。パンのこと、家族のこと、ピエールは笑って聞いている。聞きながら、情報収集をしてるのだろう。マレーネはそう思う。

「マレーネ。」ピエールが包みを手渡した。金貨が入っている。

「これは?」

「マレーネ、あの時のお金さ。君の正当な稼ぎだ。物価もまだ不安定だから、金貨を持ってることは大事だと思うよ。」

「ありがとう、ピエール。」「ちょっと、外に出ないか。ここは蒸しているし」

マレーネは頷いた。

二人は外に出た。夜風が心地よい。革命前もこうやって、夜風を浴びたこともあった。遥か昔のような気がする。しかし僅か、2年前のことなのだ。

「アンリ・フィリップ侯爵が亡命したんだって?ミシェルも一緒?」

「ええ、手紙が来たわ。ボストンから。」

「あの時、アメリカに僕を亡命させてくれたのは、アンリ・フィリップ侯爵とラ・ファイエット侯だった。」ピエールは遠くを見るような目になった。

「手紙、何て書いてあったの?」

「自分は貴族だから、王様のいない国には居られないって」

「じゃあ、立憲君主制が上手くいったら、戻ってくるね。」意外な言葉だった。

「ピエール。あなたはアメリカみたいな共和制を望んでいるんじゃなかったの?」

「僕の理想はそうさ。民衆の、民衆による、民衆のための政府。民主共和制こそが、最高の政治だと僕は思っている。だけど、下町のみんなはどうかな?まず、パンや仕事が大事なんだ。明日のパンがあって、仕事があって、病気になっても安心して暮らせる。それがみんなの望みなんじゃないかな?」

マレーネは頷いた。全くその通りだったからだ。

「それができるんなら、君主制でも共和制でも、みんなはいいと思ってるはずだよ。ただ、そのためには、普通選挙を何としても実施させたい。」

「どうして?」

「今投票できるのは、金のある人間だけだ。これでは、貧しい人間の意見は通らない。」

マレーネは、ピエールを見つめた。下町の見習い弁護士の頃に戻ったようだった。ふと、彼女は、ピエールは、下町の見習い弁護士という仮面とジャコバン派の若き領袖、ロベスピエール議員という2つの仮面を持っているのではないかと考えた。自分が、昼は花屋の女主人、夜は義賊ローズ・ノワールという2つの顔を持っているのと同じように。いや、人は皆、仮面をかぶって生きているのかもしれない。正義派新聞記者のルノー、人の好い酒場の親仁サミュエル、みな、それは仮面ではないだろうか。私は、ローズ・ノワールの仮面を脱ぎ捨てられるけれど、ピエールは、果たして、マクシミリアン・ド・ロベスピエールの仮面を外すことができるのだろうか。

「どうしたの。マレーネ。」ピエールの声がした。

「ちょっと眠くて、ぼうっとしてたのよ。」

「疲れてるのかもしれないね。」あくまでも親切なピエールであった。


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