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闇の騎士   作者: 涼華
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12章  その後の日日  その2

国民議会の議事堂前では、国民衛兵と名を変えたフランス衛兵隊の兵士が銃を構えて立っていた。

「女、何の用だ。」兵士が尋問した。彼もまた三色の市民賞を帽子につけている。

「お花を売りに参りました。」マレーネはお辞儀をした。「あのう、ピエールは?」

「ピエール?誰だ?」聞きとがめる男に、隣の兵士が耳打ちした。

「ロベスピエール議員?あの方の知り合いか?」男の態度が一変する。彼は隣の兵士に後を頼むと、議事堂の階段を駆け上がっていった。

ピエール、もうあなたも、下町の見習い弁護士ではないのだわ。

すぐに兵士は戻ってきた。息が切れている。彼は手短に、ピエールは会議中で、終わった後、サミュエルの店によると説明した。

「お花はいかがですか?」マレーネは兵士たちに花を原価で売った。ピエールに知らせてくれたお礼だと言って。

夕刻、ピエールがようやくサミュエルの食堂に現れた。皆が質問攻めしている。

「みんな、期待させてすまないが、君たちの暮らしは、今の状況では良くなる見込みはない。」ピエールが言った。冷水を浴びせるような言葉だった。

「なぜだ?ピエール、国民議会は我々の味方だろう。進歩派貴族も進歩派の司祭たちも入ってるじゃないか?」ルノーが尋ねた。

「確かに、国民議会はね。しかし、ヴェルサイユの王党派たちは我々の意見に聞く耳を持たない。それに亡命した連中も、」

ピエールの言葉を遮るように、人々は声を荒げた。

「なんだとぉ。アルトワ伯やポリニャック一族だとぉ、あの野郎、逃げ出した腰抜けのくせに、俺たちの邪魔をする気か、許さねえ!今度はヴェルサイユで直訴だ。」

「落ち着くんだみんな。ラ・ファイエット侯やミラボー伯がルイ16世陛下に申しあげてくれる。その結果を待っても遅くはない。」ピエールが説得した。

あの堂々とした言い回しは、どうだろう。彼は本当に変わってしまった。マレーネは自分だけが取り残されていくような気分になる。

「でもよう、このままだと、食いもんがなくて、みんな餓死しちまうぜ。そんなに待ってられねえよ。」常連がぼやく。


「マレーネ。今日来てくれたんだって?」隅にいたマレーネにピエールが話しかけた。

「迷惑だったかしら。」

「とんでもない。来てくれてうれしいよ。また来てくれないか。そして、みんなに花を売ってほしいんだ。」

「ええ、そうするわ。」マレーネの顔が明るくなる。花を見ることで人の心に潤いを取り戻せるなら「でも、今度は原価じゃなく、お代もちゃんと頂くわ。」

ピエールは笑った。

「もう、戻らなきゃ。ルノー、みんな、僕の言ったことは、明後日まで秘密だよ。」

「わかってるよ。体に気を付けてくれ。ピエール。」


「マレーネ。王党派達は、税金を取られるのが嫌なのです。」

次の日、ラ・フォンテーヌ侯爵家に立ち寄ったマレーネは、アンリ・フィリップに昨日の話を切り出した。その答がこの言葉だった。

「どうしてですか?あれだけお金を持っているのに?」

「平民風情と同列に扱われるのが我慢ならないだけです。」

「たかが税金で、それも、国家のためでしょう?」マレーネには訳が分からなかった。

「特権は精神を腐らせるのです。貴族も聖職者も同じようなものですよ。」アンリ・フィリップはため息をついた。

「そんな、あなたやラ・ファイエット侯のような方もいるのに。」

「聖職者の中にも、我々に賛成の人もいます。シイエイス司祭だけでなく、タレーラン・ペリゴール家のシャルル・モーリス殿もです。」

「タレーラン・ペリゴール家、ですか?」

「ご存じないのですか?マレーネ。シャルルマーニュ(カール大帝)の直系です。名門中の名門ですよ。」

「そのような方でも」革命に賛成してくれているというのに

「反動勢力の中心にいるのが、アントワネット王妃様です。相変わらずトリアノンに籠って、我々と会おうとしないばかりか、亡命したアルトワ伯やポリニャック夫人と連絡を取っているらしいのです。」

それが民衆に知れたら・・・マレーネは青ざめた。

「私は嫌な予感がするのです。」アンリ・フィリップも顔を曇らせた。


その夜、ローズ・ノワールは、トリアノン宮殿に忍び込んだ。小規模だが贅沢な家具に楽器、優美な音楽、美味しそうな食事、下町の暮らしとは無縁の世界がここにはある。ここは時が止まっている。革命前の世界そのままだった。王妃はフェルセン伯とトランプをしている。エレガントな立ち居振る舞い、優美な物言い、ウイットに富んだ会話、どれもため息が出るほど美しく、この世のものとも思えない。トリアノン宮殿の天井に張り付きながら、ローズ・ノワールは、そう思った。

トランプが終わった。フェルセン伯は優雅な振る舞いで、王妃に挨拶をすると、退出した。愛人とは言っても、肉体関係はないのだろうか。ラ・モット夫人の淫らな振る舞いを知っていた彼女にとっては、王妃とフェルセンの関係は奇異なものだった。王妃は子供たちの寝室に行き、第2王子の毛布をかけなおすと、自分の寝室に入り、亡くなった王太子のベッドを一瞥した。

その時かすかな音がした。

「どなたです?」マリー・アントワネットは、闇の中にいるものに声をかけた。

「ご無礼をお許しください。」闇の中から、黒尽くめの騎士が立ち上がった。

「あなたはこの間の仮面の騎士。」

「はい。ローズ・ノワールです。王妃様にこれを」ローズ・ノワールは一輪のユリの花を差し出した。「亡くなられた王太子殿下に」

「ありがとう。」王妃は優美な仕草でユリを受け取ると王太子のベッドに花を手向けた。

「ローズ・ノワール。そなたがここに来たのは、わたくしに何か用があってのことではありませんか?」

ローズ・ノワールはひざまずき、頭を下げた。

「はい、王妃様。どうか、国民議会の議員たちの話をお聞きください。」

マリー・アントワネットは眉をひそめた。

「民衆たちは、飢えに苦しんでいます。どうぞ、皆にパンが与えられるようにしてくださいませ。」

「そなたも義賊と呼ばれ、あのような下賤な民衆の味方をするのですね。」

「確かに、下賤で粗暴かもしれません。ですが、皆生きたいのです。子供たちと幸せに暮らしたいのです。そのために、明日のパンが必要なのです。どうぞ、王妃様のお慈悲をお与えください。」

「パンが買えないのでしたら、ブリオッシュにしたらよろしいでしょう?あれの方が小さいでしょうに」

王妃の言葉に、ローズ・ノワールは二の句が継げない。外が騒がしくなった。

「もう、お帰りなさい。仮面の騎士。」王妃はドアをあけ、侍従に静まるように指図した。

ローズ・ノワールは、闇の中を走りながら、虚しさで一杯になる。あの方は何もわかっていないのだ。貧しさがどれほど人の心を蝕むか。ライ麦の粉すら買えない民衆に、ブリオッシュ(高級パン)など買えるはずがない。一体いくら掛かると思っているのか。その想像もつかないのか。姉上、どうか目をお覚ましください。そうでなければ・・・

ローズ・ノワールは、思う。マリー・アントワネットに母親のマリア・テレジア女帝の100分の1の考えがあれば、いや、王族というのは本当は誰もわかっていないのかもしれない。貧しい者の苦しみなど。マリア・テレジア女帝もプロシャのフレデリック王も、解っているふりをしていただけなのかもしれない。ローズ・ノワールは絶望した。



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