11章 革 命 その5
その日、武器を持った市民たちは、バスティーユに押し寄せた。指揮官のド・ローネは、市民たちと話し合うことを了承し、午前中に市民たちは一番外側の跳ね橋を渡り、二番目の跳ね橋近くまで押し寄せた。
跳ね橋をおろせ!!平民議員とネッケル大蔵大臣を釈放せよ!!兵士たちよ立ち上がれ!!
怒涛のように市民たちの声が響く。
何と言うバカ者どもか。
守備隊の将校たちは呆れている。流言飛語に踊らされて、ろくな武器もないくせにバスティーユに押し寄せている。このような衆愚を相手にしなければならないとは。適当に相手をしていれば、そのうち、軍隊がやってくる。そうすれば、暴徒どもはクモの子を散らすように逃げ去るだろう。
ド・ローネは群衆たちと話し合うとして第一の跳ね橋を開けさせた。民衆のリーダー、および一部の群衆が門の中に入り、第二の跳ね橋に通じる空間へと誘いだされた。その時、第一の跳ね橋が巻き上げられた。
「罠だ。」跳ね橋の内と外で悲鳴が上がる。その群衆たちに砲火が浴びせかけられた。外へは大砲、そして、中へはマスケット銃の銃弾が。
畜生!!ルノーは歯がみをしている。貴族どもは、平民など虫けらとしか思わないのだ。名誉を守るという口の下で、この騙し討ちは何だ。しかし、鋤や鍬、せいぜい旧式の銃では勝ち目はない。身を隠す場所もないのか。
その時、中ほどまで上げられた第二の跳ね橋の鎖が切れ、橋はきしみながら落ちてきた。
「諸君、牢獄に突入しろ。」群衆が第三の跳ね橋に突撃する。
その群衆を撃とうとした守備兵の前に、ローズ・ノワールが立ちはだかった。
「兵士の皆さん。銃を納めなさい。あなた方は自分たちの親兄弟を撃つつもりですか。」
その言葉に、兵士たちは動揺した。彼らも第三身分なのだ。
「黙れ!盗人め。」士官が叫ぶ。その士官の首筋に細身の短剣が刺さった。
「手向かうものは容赦しません。」ローズ・ノワールは静かに言った。
その言葉に気おされたのか、第2の跳ね橋を守る兵士たちは銃を捨て白旗を掲げた。
急いで第三の跳ね橋に行かねば。ローズ・ノワールは焦った。場内には身を隠す場所もない。平民たちはバタバタと倒れている。
その頃、第3の塔では、兵士たちと国民議会議員がにらみ合っていた。
「兵士諸君。君たちは、我々と同じ第3身分ではないか。なぜ、貴族の味方をするのだ。軍隊とは言え、君たちには、自分で考える意思があるはずだ。」ピエールは呼びかけた。「聞こえないのか。我々には聞こえるぞ。市民たちの自由を求める声が、我々とともに、自由を、人間らしい暮らしを、幸せを求める権利が君たちにもある。銃を捨て、跳ね橋を開けてくれないか。我々と共に、新しいフランスを作ろう。」
「国民議会万歳。」一人の兵士が、銃を捨てた。他の兵士たちもそれに習う。
「貴様たち、命令に背く気か。」士官がピエールに照準を合わせた。
「待ちなさい。」闇の騎士の声が塔に響く。士官が飛びかかってきた。義賊は一刺しでその男を葬る。
「みんな早く、跳ね橋をおろすんだ。」議員たちは滑車に飛びついた。
「跳ね橋が下りてくるぞ。」「牢獄に飛び込め。」群衆たちは走り出す。しかし、城壁の外の仲間には、大砲の砲弾が浴びせられているのだ。どうすればいい。
まさにその時、バスティーユを囲んでいた群衆は、後から迫る軍隊の姿を見た。濃い藍色の軍服、フランス衛兵の軍服だった。挟み撃ちにされた。もうダメだ。市民たちが悲鳴を上げた。その時だった。衛兵隊の大砲はバスティーユ城壁の砲台に向けられ、発射した。轟音がバスティーユを揺るがす。
「何事でしょう?」ローズ・ノワールはピエールに聞いた。
「ロベスピエール議員、見たまえ。」平民議員の一人が指さした。
「何事です?バルナーヴ議員。」ピエールもローズ・ノワールも外を見た。
そして、認めた。フランス衛兵隊の砲撃を。
「フランス衛兵が我々に味方してくれたぞ。勝利はもう我々のものだ。」ピエールが叫び、広場の群衆たちもそれに答えた。
「ド・ローネ指揮官。降伏しましょう。」押し寄せる群衆を見た副官は、おののいた。全滅するよりは、ましな選択だろう。しかし、ド・ローネは驚くべき命令を出した。火薬庫に火をつけよ、と。
「見よ。暴徒ども。貴族の最期を。侍従、火薬庫に火をかけよ。」
勝ち誇ったような、ド・ローネの声に群衆は凍り付いた。火のついた松明を持った侍従が火薬庫の前に立っている。この距離では、短剣は届かない。ローズ・ノワールも打つ手がなかった。
「やめろ。君も平民だろう。我々と一緒に帰ろう。」ルノーの声だった。「さあ、帰ろう。君の母親、君の恋人、君の子供の待つ家へ。我々と一緒に帰ろう。」ルノーはゆっくりと近づいていく。
侍従は松明をルノーに渡した。そのまま男は泣き崩れる。
「ド・ローネ指揮官。降伏しましょう。」副官が呼びかける。
ついにバスティーユは落ちた。多くの犠牲の中、市民兵たちの歓呼の声が響き渡る
ローズ・ノワールはピエールと見つめ合った。
「ありがとう、ローズ・ノワール、あなたのおかげで、我々は救われました。ぜひ、我々の仲間に入ってください。」
ローズ・ノワールは首を振った。
「なぜです?」他の議員たちもいぶかしげに彼女を見た。
「私は闇の騎士。日のあたる場所はふさわしくありません。どうかみなさん、貧しい平民のための政治を行ってください。」
ピエールもルノーも頷いた。その時、群衆の怒号が聞こえてきた。振り向いたローズ・ノワールの眼に信じがたい光景がうつった。男も女も、縛り上げた士官たちを棒で打ち、つばを吐きかけている。
「やめろ!革命を汚すな!」市民軍のリーダーが制止した。しかし、その声は群衆の罵倒にかき消され届かない。
「ド・ローネをぶち殺せ!貴族どもを殺せ!」
真っ黒な塊となって群衆がド・ローネを押しつぶした。断末魔の悲鳴が聞こえる。
「やったぞ!!」群衆の一人が、何か丸いものを鋤に突き刺し、高々と掲げた。
ド・ローネの首だった。群衆が歓呼の声を上げる。
う・・・
ローズ・ノワールは声が出ない。口から胃液が噴きこぼれそうになった。
彼女は茫然と群衆を見渡し、視線をピエールとルノーに当てた。
そして見た、彼らの瞳に、一瞬だが群衆たちと同じ光を
ピエール。ルノー。あなたたちは・・・おおお、神様!!




