11章 革 命 その3
近衛兵がなだれ込んできた!平民議員たちに動揺が広がった。身を守りたくても武器がない。彼らは丸腰なのだ。
「市民諸君!貴族の中にも見方はいるぞ!」ラ・ファイエット将軍の声だった。声はさらに続いた。「第2身分の諸君、貴族の名誉にかけて、平民議員を守れ!シイエイス司祭、第1身分も協力してください。」
アンリ・フィリップたち進歩派貴族は、剣を抜いた。近衛兵に対峙する。
「神とキリストの名において、第3身分議員を守りましょう。」シイエイスが叫ぶ。
第1身分の司祭たちは、ラ・ファイエットたちと、平民議員の間に入った。
「お退き下さい。我々の敵は、平民どもだけです。」
近衛隊長の声とともに、兵士たちが、進歩派貴族と剣を交える。球戯場は乱闘の場と変わる。アンリ・フィリップも何人かの近衛兵と剣を交わした。金属音が響き渡る。しかし、多勢に無勢、貴族たちは次第にバラバラになっていく。彼らの壁が突破され、司祭たちに近衛兵がつかみかかった。司祭たちを突き飛ばすと、丸腰の平民議員を近衛兵は引きずり出した。議員の悲鳴が剣の音に交じって聞こえる。
「やめろ!近衛兵諸君。あなたたちは恥ずかしくないのか。無抵抗の者を殴りつけて。」ピエールが叫ぶ。
「この男が、球戯場へ誘導させた首謀者だ。この男を捕まえろ!」
近衛兵がピエールを縛り上げた。ピエールを助けようとした、平民議員が数人、同じように縛られている。
「なぜ、わしを逮捕せん!」ミラボー伯の怒りの声に、近衛隊長は冷ややかに応じた。
「あなたは貴族です。ミラボー伯。」
人質を取られてしまっては、ラ・ファイエットもミラボーも動きが取れない。アンリ・フィリップは剣を構えたまま茫然としている。
近衛兵が乱入した議場の外では、市民たちが怒りと憎しみの視線を警備隊とフランス衛兵隊に向けている。一触即発の空気が漂っている。マレーネもその中にいた。何時間たったのか。ピエールやアンリ・フィリップはどうなったのだろう。できることなら、今すぐ助けに行きたい。しかし、白昼堂々、ローズ・ノワールになるわけにはいかなかった。群衆の喚き声が聞こえる。マレーネは思わず顔を上げ、その方向を見た。
ピエールたち平民議員が数珠つなぎにされている。近衛兵が周りを囲んでいる。ピエール!マレーネは叫び声を飲み込んだ。市民の代表者なのに、何もやっていないのに・・・彼女は拳を握りしめた。
「平民議員を釈放しろ!!」「議場から出て行け!!」群衆が口々に叫ぶ。
掴みかかろうとした群衆に、パリ警備隊とフランス衛兵隊が立ちはだかった。重苦しい沈黙が流れる。それを破るように、ヴェルサイユからの使者がやって来た。
「国王陛下の命令を伝える。平民たちよ。お前たちは速やかに、仕事場に戻り、自分の分をわきまえよ。扇動者たちにはしかるべき罰を与える。三部会は無期限に閉会とする。」
怒り狂った群衆が、間に入っていたフランス衛兵に掴みかかった。使者は、さらに言葉をつづけた。
「扇動者をバスティーユ送りとする。パリ警備隊及びフランス衛兵隊は、扇動者をすぐ護送せよ。」
「そんなことできるものか!」フランス衛兵隊の兵士が叫んだ。「俺たちの代表だ!」
「フランス衛兵隊、謀反人を逮捕せよ。」
使者の言葉に、何人かの衛兵が仲間を縛り上げた。
「パリ警備隊、囚人どもを護送せよ。」
使者の言葉が響く。群衆は水を打ったように静まり返った。
「お言葉ですが、承服しかねます。」
冷水を浴びせるような声がした。ヒューゴ・コルベールだった。
「貴様、国王陛下の命令に逆らうか。」
「逆らうわけではありません。現状をよくご覧ください、お使者殿。」
使者は周りを見回し、顔色を変えた。
「この状態では、いつ暴動が発生するかわかりません。我々、パリ警備隊はパリの治安回復が、一義、フランス衛兵隊も同じはず。故に、囚人の護送は、近衛連隊にお願いいたします。ただ、私は、警備隊長として、護衛いたします。」冷然というコルベールに、群衆も息を呑んだ。
ピエールたちを乗せた護送馬車が出発する。不気味な沈黙の中、近衛連隊とヒューゴ・コルベールがその馬車を護衛した。町は静かだった。それはあたかも嵐の前の静けさのようだった。
夕刻、球戯場で、ラ・ファイエットを中心に議員たちは話し合っていた。
「どうやって、助ける?」
「国王陛下に直訴するしかない。私が行ってみよう。」ラ・ファイエットが口火を切る。
「私も行きます。」アンリ・フィリップは、さらに続けた。「でも、例え陛下が、了承してくれても、アルトワ伯とマリー・アントワネット様はどうでるか・・・」
「陛下のことだ、また、押し切られてしまうのでは?」進歩派貴族たちが不安そうに言った。
「しかし、他に方法はなかろう?」ミラボー伯もラ・ファイエットに賛成した。
「皆さん。」天井から、低い声がした。
「ローズ・ノワール。どうしてここに?」アンリ・フィリップが言う。
「ほお、アンリ・フィリップ殿も、ローズ・ノワールとお知り合いか。お目が高い。」
ミラボー伯が冗談めかして言い、張り詰めた雰囲気が和んだ。さすがだわ。ローズ・ノワールは感心した。
「私はこれからバスティーユに潜入します。バスティーユの間取りはわかりますか?平民議員はどこに捕らえられているかわかりますか?」ローズ・ノワールは天井から飛び降りると、そう尋ねた。
「誰か知っているものはいるか?」ラ・ファイエットが尋ねている。ほどなく、バスティーユの間取り、警備兵の位置など、知っている情報が集められた。
「ですが、ローズ・ノワール、国王陛下のご沙汰を待ってからのほうが良くありませんか?」
アンリ・フィリップの問に彼女はこう答えた。
「もう、話し合っても無駄のような気がします。それなら、少しでも早く助け出したいのです。」
「馬を何頭かお願いします。」
自分もアンリ・フィリップが用意してくれた馬に跨りながら、ローズ・ノワールは付け加えた。馬に鞭をくれ、夜の闇をバスティーユへと走る。
そのころ、ヴェルサイユでは、もっと重大なことが起きた。アルトワ伯は王妃を焚きつけ、大蔵大臣ネッケルを逮捕させたのである。
そのことは風より速くパリ中に広まった。
ネッケル氏が逮捕されたって?アントワネットがやらせたんだってよ。ふざけるんじゃないよ、あの赤字夫人。いや、逮捕どころか、ネッケル氏は、バスティーユに放り込まれたってよ。じゃあ、平民議員たちと同じにか。いや、もう、死刑の判決が下ったって話だぞ。んな、バカな。ひでえことしやがるなあ。早く助けねえとみんな殺されちまう。
その噂は、パレ・ロワイヤルの、ルノーの耳にも届いた。ピエールが逮捕された。ネッケル氏まで、なぜこんな無法が許されるのだ。パレ・ロワイヤルのカフェでも人々が叫んでいる。ルノーは思わずテーブルの上に立ち上がった。
「市民諸君。」
ルノーは群衆に語り掛けた。足が震える。彼は、もともと人前で演説するのが苦手だったために弁護士ではなく新聞記者になったという経緯があった。
おお、ルノーだ。新聞記者の・・・人々のささやく声は、ルノーの耳に入っていたのだろうか。
「ヴェルサイユの貴族どもは、ネッケル大蔵大臣を逮捕した。我々第3身分のことを考えてくれた恩人を見捨ててはならない!今、フランスが苦しんでいるのは、誰のせいか?皆、私腹を肥やした貴族どものせいではないのか!諸君。もう黙っていることはない。立ち上がろう。市民諸君。武器を取れ。立ち上がれ!」
初めての演説であった。万雷の拍手が沸き起こる。
人々は熱に浮かされたように叫んだ。
武器を取れ!立ち上がれ!ネッケル氏を助けろ!バスティーユを市民の手に!
「バスティーユへ行こう!!市民軍を作るんだ!!」
誰かが叫び、人々は行進を始めた。ルノーも交じっている。
短銃や剣など武器のある者はその武器を、持たない者は、スキやクワなど、手近の武器になりそうなものを手に取り、民衆たちはバスティーユに向かって行く。




