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闇の騎士   作者: 涼華
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10章  秘  密  その4

その夜、ヒューゴ・コルベールは、かつてマルソーが幽霊の声を聞いたという森の中にいた。ヴィレットたちが捕まった場所の大きな木にもたれかかっていた。満月の夜だった。明るい月の光が森の中に差し込み、木の佇まいがはっきり見える。こんな日は、夜の獣も怪盗も現れることは無いだろう。

不意に頭上から声がした。

「私に何の用ですか?」

「ローズ・ノワールか?」

「そうです。」

「なら、姿を見せてくれ。」

コルベールの前に、黒尽くめの若者が降り立った。

「マレーネ。」コルベールが呼びかける。

「どなたのことですか?」ローズ・ノワールは、そ知らぬふりをした。

「お前は花屋のマレーネだ。そうだろう?」

「違います。」

「まあいい、花屋のマレーネのことで相談したい。マレーネを救えるのはお前しかいない。」

思いがけない言葉にローズ・ノワールは、呆然としている。

「隙だらけだな。お前らしくもない。」コルベールはため息をついた。

「お話を伺いましょう。」辛うじて平静さを装って、彼女は尋ねた。

「マレーネには秘密がある。出生の秘密だ。マレーネの母親は、トスカーナ大公国、アレサンドロ伯爵令嬢マリア・マルガリータ、そして、父親はロートリンゲン公フランツ・シュテファン。マレーネはフランス王妃マリー・アントワネット様の異母妹だ。」

ローズ・ノワールは、卒倒しそうになる。なぜこの男が?よろけた体を男が素早く抱き取った。月明かりの中でもはっきりとわかる、蒼ざめた表情だった。

「さあ、これを飲むんだ。」

ブランデーを口に含ませられる。

「なぜわかったのです?」

「調べさせた。極秘に。」

ヒューゴ・コルベールが密偵を使っているのは薄々わかっていた。

「だが、父親まではわからなかった。ラ・フォンテーヌ侯爵がロートリンゲン公か。マレーネの様子からロートリンゲン公、アントワネット様の父上だろうと鎌をかけたのさ。」

ローズ・ノワールは男の胸に顔を埋めた。

「最も平民に憎まれているアントワネット様が姉上だと分かったマレーネの苦しみをわかるのはお前だけだ。ローズ・ノワール。」男は続けた。「もう一つ、マレーネを苦しめていることがある。首飾り事件の王妃の替え玉。警備隊が探しても見けることのできなかった替え玉はマレーネだ。ヴィレットは口封じにマレーネを殺そうとして、ローズ・ノワール、お前にやられたんだ。そうだろう?」

「そうです。」思わず答えてしまった。

「マレーネを逮捕しますか?王妃の替え玉として?」

「もう遅い。」男はぽつりと言った。

「裁判は終わってしまった。例え裁判中だったとしても、あのラ・モット夫人のことだ。王妃に頼まれて、替え玉を探したらたまたまお前だったというだけだろうよ。」

ローズ・ノワールは、黙っていた。そう、全て遅かったのだ。

「マレーネは知っていたのか?自分が王妃の替え玉だということを?」

「いいえ、知りませんでした。ラ・モット夫人は最後まで、誰の替え玉か教えなかったのです。終わった後、私がベーマー商会に忍び込んで・・・」

「まさに、稀代の女賊だな。」ヒューゴ・コルベールは感心したように言った。

「マレーネが苦しんでいるのは・・・」

ローズ・ノワールは、話し始めた。話しだすと、もう止まらなかった。ピエールたち平民の仲間にも、ラ・フォンテーヌ侯爵家も戻れない。自分の居場所はどこにもない。アンリ・フィリップにも相談できない。秘密を知っているのはミシェルだけだ。そのミシェルだって、ローズ・ノワールの本性は知らないのだ。

「あの小僧か・・・マレーネには可哀想だが、あの小僧とは離れたほうが良い。」冷たい言葉だった。

「どうしてですか?」

「小僧はマレーネを愛している。弟としてではない、男としてだ。」

「そんな、まさか?」

「マレーネがあの小僧と暮らして何年になる?もう小さい子供じゃない。」

確かにヒューゴ・コルベールの言う通りだった。背丈はもうマレーネの肩を越している。

「マレーネが小僧の気持ちに応えられないのなら、そばに置くのは残酷だ。」

「どうすれば良いのですか?」

「それこそ、アンリ・フィリップに相談するんだな。」

「マレーネは苦しんでいます。あんな王妃が姉だと分かって」せめて、マリア・テレジア女帝のような人だったら

「お前、会ったことがあるのか?」

「ありません。あなたは?」

「もちろん、俺もない。だが、お前はローズ・ノワールだろう?」

忍び込めというのか、トリアノン宮殿へ・・・そして、王妃がどんな人間か自分で確かめろというのか、確かめた後で、改めて考えろということなのだろうか。

男は腕を緩めた。ローズ・ノワールは、いったん立ち上がり、すぐ脇の、はり出した木の根に腰をおろした。月が男の顔を照らしている。何を考えているのか、彼女には読み取れなかった。

「真実を知ったからといって、マレーネの心が軽くなると思えん。返って苦しむかも知れない。そこはわからない。」男はため息をついた。

「お前、後悔しているのか?」

「しています。」そう、出生の秘密など暴かなければ良かったのだ。

「俺も後悔しているんだ。」男がニヤリと笑った。

「お前と水車小屋に居た時、何であの若造に義理立てなんかしたんだろうと思ってね。」

ローズ・ノワールの頬が染まる。

「あの時、力づくでもお前の貞操を奪って、さらって、どこかに閉じ込めてしまえばよかった。一生、俺以外の誰にも・・・」

彼女は思わず言い返した。

「そんな事されたら、あなたを一生許さなかったと思うわ。」

男が笑い出した。それにつられるように彼女も笑った。久しぶりに笑ったような気がする。宿敵であったはずの男が、自分を一番理解している。彼女は不思議な気持ちになった。

「今でも、攫って行きたいと思ってるの?」思わず尋ね、彼女は真っ赤になった。

「そう思ってるさ。」

男が彼女を抱き寄せた。

「だが、もう遅い。」

辛そうな声だった。

「時代が大きく動こうとしている。俺は警備隊長だ。もう、職務を放棄することはできない。」

ローズ・ノワールの眼から涙があふれ出した。

「泣かないでくれ。幸せになってもらいたいんだ。マレーネにもお前にも。」

彼女は頷いた。

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