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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)3.8 < chapter.8 >

 事件から数日後。表向きと裏向き、すべての後始末が終わったころに、俺はピーコックの私室に呼び出された。

 正直、俺たちにプライベートの付き合いはない。互いの趣味もよく知らないし、一緒に遊びに行くことも無い。チームの仲間としてタメ口で会話しているが、年齢はあちらが一つ上。学生時代にさかのぼって思い出してみても、校内で時々顔を見かける程度で、まともな会話は無かった。

 そんな間柄のピーコックが、俺を私室に呼び出して何の話をしようというのか。

 嫌な予感と買い損ねた土産代の封筒を携え、俺は自分の部屋から徒歩二秒、すぐ隣の部屋の扉をノックする。

 細く開かれる扉。

 隙間から顔を覗かせたピーコックは無言で俺の手を掴み、有無を言わさず室内へと引っ張り込む。

 レインが読んでいるボーイズラブとかいうジャンルの小説なら、このまま強引にキスされて、「ずっと好きだった!」とか言われるアレだよなぁ、などと他人事のように考えるが、幸いなことに、そのような用件ではなかったようだ。

「シアン、正直に話してくれ。お前には、『前の世界』の記憶があるのか?」

「……何の話だ?」

「この前、グラスファイアに訊かれていただろう? あの時の答えを、もっと詳しく話してほしい」

「……」

 引っ張り込まれた室内は、俺の部屋同様、最低限の生活用品しか置いていない殺風景な部屋だった。そんな部屋の中に、今は大量のコピー用紙が散らばっている。

 チラリと見ただけでも、ピーコックが何を調べていたかがよくわかる。


〈オーパーツ発見か!? 古代遺跡から電動歯ブラシ!〉

〈石板に操縦法! 古代人はジェットエンジンを開発していた!〉

〈なぜ? 十年前に行方不明の少女のDNA、百年前に制作された骨格標本と完全一致〉


 原因不明の『ありえない事象』に関する新聞記事ばかりだ。王立図書館に資料請求し、それらしい記事のコピーを大量に取り寄せたのだろう。何の予備知識もなくこの部屋の様子を見れば、オカルト研究が趣味のヤバい奴としか思えないのだが――。

「……話したら、信じてくれるか? 正直、自分でも信じられない話なんだが……」

 ピーコックは黙って頷いた。

 いつものにやけた顔ではない。今日のピーコックの顔からは、嘘偽りなく、彼本人の『本心』が感じ取れた。

「……はっきりとした記憶じゃない。おぼろげで、断片的で……どれもこれも、曖昧な記憶ばかりなんだが……」

 勧められた椅子に腰を下ろし、俺は少しずつ、思い出したばかりの『妙な記憶』を吐き出していった。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 情報部庁舎、屋上。

 ここには空調機器の室外機と喫煙所、布団や敷物を日に当てるための物干し台がある。それ以外にあるのは布団を仮置きする作業用のワゴンひとつで、ベンチがあるわけでも、観葉植物があるわけでもない。喫煙者と掃除当番以外が上がってくることはほとんどない、うら寂しい場所だった。

 その屋上の片隅で、ラピスラズリとターコイズは、静かに耳をそばだてていた。

 二人の瞳は鮮血のように赤く、人の目とは思えぬ怪しい輝きを放っている。これは今、彼らが『神の力』を使っていることの証である。二人はここで、ピーコックとシアンの会話を盗み聞きしていたのだ。

「……どうするター子さん。なんか今回、ピーコがメッチャぐいぐい来てんだけど?」

「どうするも何も……ピーコは敵じゃあ無いからな……」

「何か訊かれたら、どうする?」

「正直に答えるさ。信じてもらえないかもしれんがな」

「ん~……正直に、かぁ。ま、それしかないだろうけど……。てかさ、前から気になってたこと、聞いていい?」

「なんだ?」

「ター子さんは何周目?」

「今が三周目だ。というより、前の記憶が二周分しかないと言ったほうが正しいのか?」

「え? マジで? もっと覚えてるかと思ってた」

「ラピは?」

「二十回以上」

「……あの地震の前日から?」

「そ。何度もリセット&リトライを繰り返してるんだけども、何をどうしても、あの町は全然救えねえ。町の住人を避難させようとすると、俺に向かって隕石が降ってきたり、突然病気になって動けなくなったりで……」

「あの兄妹以外の人間は全員死ぬ。それはもう、確定事項なんだな?」

「みたいだぜ?」

「それなら、あの二人を殺すことは?」

「できない」

「理由は?」

「同じだよ。なぜか突然道路が陥没したり、乗ってた列車が脱線して潰れて死にそうになったりして、あの二人のところまでたどり着けない」

「……誰も救えない、誰も殺せない……か。それでも、リセット&リトライは認められているっていうのか……?」

「変な話だよな。でも、あいつらを何とかしなくちゃ先に進めないのは確かなんだ。シアンが死ぬと世界が強制停止するし、グラスファイアは妹を元に戻すために、何度でもシアンを殺すつもりだし……なにをどうすりゃ、このループから出られるんだか……」

「あー……なあ、根本的な疑問のほうから解決していいか?」

「なに?」

「なんで人によって、リセットの記憶があったりなかったりするんだ?」

「ええと……それ、俺じゃなくてフェンリルに訊いてる?」

「ああ」

「だってよ? 聞こえてんだろ? なんでだ?」

 ラピスラズリの声に応え、フェンリルはふわりと顕現して見せる。

 黒髪、赤目、狼耳の幼女のような外見だが、実際には『性別』という概念を持たない。これはラピスラズリが幼いころ、『同じ年頃の遊び相手』として作り上げた仮の姿である。特に不都合もないので、三十年近く同じ仮想体アバターを使い続けている。

 フェンリルはターコイズを見上げ、あまりの身長差に眉をしかめた。210cmと100cmでは、視線を合わせるだけでも一苦労である。

 何秒か難しい顔で考え込み、それからターコイズに向けて両手を伸ばす。

「んっ!」

 と、小さな子供に両手を広げられたら、大人がすべきことは一つしかない。

「神に抱っこを要求されたのは初めてだぞ?」

「その通り! これは非常に貴重な体験である! 泣いて喜べ! そしてしかと胸に刻むように!」

「はいはい、どうもありがとうございます、お姫様」

 本当は大陸一つくらい余裕で焼き払える強大な『神』なのだが、見た目のせいで、どうしてもこのような対応になってしまう。

 フェンリルは大木にしがみつくコアラのような姿勢でターコイズの腕に収まり、それから先ほどの質問について確認する。

「君はリセット&リトライについて、その事象を記憶できる場合、できない場合の違いについて知りたいのだな?」

「ああ。『神の器』であることを最低条件と考えても、その先の違いがよく分からない」

「本人に無関係の出来事だからだ。本人が『リセット』の現場に居なければ記憶は持ち越されない」

「それならシアンは? 記憶があったり、なかったりするのはおかしくないか? 毎回現場のど真ん中で殺されているだろう?」

「現場にいても、意識がなければリセットの瞬間を目撃できまい? 気絶中や死後に何が起ころうと、それは本人には無関係な出来事だ」

「あ、なるほど。そんな単純な仕組みだったのか」

「そう、単純だ。世界は君たちが思う以上にシンプルで、それ故に不具合も多い。君に憑いている『神』も、驚くほど簡単に壊れてしまっただろう? 『神』ですら壊れるのだ。君たち人間の運命なんて、馬鹿みたいに脆くて危なっかしくて、いつ、どのタイミングで壊れてもおかしくない。スペンサーは元気か?」

「ああ。今日はバターナイフの寿司と筋肉質なインテリハムスターを量産したがっているがな」

「認知症患者と同居しているようなものだな。ご苦労なことだ」

「もう慣れた。それより、グレンデル・グラスファイアだ。あれは『神の器』ではない。それなのに、これまでのすべてのリセットを記憶している。あの男の存在も、世界の不具合なのか?」

 この問いに、フェンリルは考えるような顔をした。

「……その通りだ、と答えたいところだが、違うな」

「違う?」

「おそらくあれは、この時代の座標軸として設定された人間だ。絶対に殺せないし、運命を書き換えることもできない。我々がリセット&リトライを行えるのも、各時代に絶対にブレない座標軸がいくつか設定されているおかげだ。運命の歯車は、常にその軸を中心に回っている」

「運命を書き換えられないんじゃあ、俺たちはもう『詰み』の状態なんじゃあないか?」

「いや、そうでもなかろう。例えるなら……自転車あたりがちょうどいいかな? 変速可能な自転車を思い浮かべてみてくれ。同じ車軸の上で複数のギアが回転していて、必要に応じて使うギアをチェンジするだろう? 世界は今、『グレンデル・グラスファイア』というギアで運命の上を走行中だ。けれども、同じ車軸には別の、まだ一度も使われていない歯車もある。今の速度では避けきれない障害物も、速度を落とせば回避できるかもしれない。逆にもっと速度を上げれば、小さな段差くらいなら簡単に飛び越えられるかもしれない。これなら運命という名の走行ルートは変わらないし、グラスファイアの命を奪う必要もない」

「そうなると、問題はアレか。その『まだ使われていない歯車』が誰なのか」

「その通り。しかし、まあ、探すまでもないと思うのだがなぁ……?」

 フェンリルはフッと視線を落とす。

 つられて同じ方向を見て、ターコイズはハッとした。


 この下にあるのは、ピーコックの居室である。


 こちらがグラスファイアを殺せないように、あちらも『同じ車軸』にいる人間を殺せないのだとしたら。

 ターコイズが話を飲み込んだところで、ラピスラズリは何分か前に発した言葉を繰り返す。

「どうするター子さん。今回、ピーコがメッチャぐいぐい来てんだけど?」

 そう言われても、こちらもやはり、こう答えるよりほかにない。

「どうするも何も……ピーコは敵じゃあ無いからな……?」

 彼に『神』は憑いていない。だから『前回』までの記憶がない。それは二人ともよく分かっている。

 だからこそ、どうにもできないのである。

 この世界は何度もリセット&リトライを繰り返していて、ラピスラズリは『せかいのおわり』と戦い続けている正義の戦士なんですよ、などと説明して、いったい誰が信じるだろう。仕事のストレスで頭がおかしくなったか、ヤバいクスリに手を出したか、いずれにせよ、もれなく強制入院させられるパターンだ。

 二人はフェンリル狼を見る。

 幼女のような神は、ターコイズに抱きかかえられたまま、偉そうに宣う。

「待とうではないか。彼が自力で答えにたどり着く時を。彼はもう、同じ時間がループしていることには気付いてしまったようだからな。それに、なんといっても彼……ピーコックは……」

 フェンリル狼は目を細め、空を睨む。

「ピーコックはあの晩、闇堕ちした『代行者』を焼き祓った。人間や地上の神々より、はるかに格上の存在を、だ。あの時の炎は我々との合体技ではあったが……君たちはこれまでに、《巨蛇咬傷サーペント・バイト》という技を使ったことがあったか?」

「いいや。一度も」

「頭の中に勝手に呪文が浮かんだぜ。あれ、フェンリルが教えてくれたんじゃなかったのか?」

「私ではない。私が使用中の『器』の脳に強制介入できるのだから……さて? あの男、いったいどこの悪魔に魂を売り渡しているんだ……?」

 不敵な表情と裏腹に、フェンリルの手は小さく震えていた。

 ターコイズはそんなフェンリルの背に手を回し、子供をあやすように体を揺らす。

「……何をしている?」

「え? ……いや、なんとなく、子育て経験から反射的に……」

「私は子供ではないぞ!」

「その見た目で言われてもなぁ……?」

「ター子さん、なんか今めちゃめちゃママっぽい……」

「は!? ママ!? こんなにデカいママはいないだろう!?」

「俺、パパ役でいい?」

「まさかの夫婦プレイ!?」

「夫婦が嫌なら、ロリっ娘持ちシングルマザー狙いの糞クズヒモ男設定でもいいけど」

「き、禁断の親子丼……っ! それならちょっと興味が……いや! 本当に『ちょっと』だぞ!? 全然セーフな感じの『ちょっと』だから!! 実際にそういうことをしたいとか、そういうわけではなくて……! そういうのは倫理的にアウトだからな!」

「へっへっへ、なにお堅いコト言ってんだよ。口ではそう言っててもよぉ、本当はもう濡れてんだろぉ? 今日くらいは『ママ』じゃなくて、『女』に戻っちまえって。なあ……?」

「あ! だめ! 子供が見てる前で、そんな……!」

「本当に嫌なら、なんで逃げないんだ? ん?」

「そ、それは……」

「言ってみろよ。何してほしい?」

「イ……イヤ! そんなこと、恥ずかしくて言えない……っ!」

 唐突に始まった悪ノリ全開の『シングルマザーと糞クズヒモ男ごっこ』に、フェンリル狼は後光が差さんばかりのアルカイックスマイルで感想を述べる。

「うん。元気があって、たいへんよろしい」

 ちっともそう思っていなさそうな、乾燥しきった棒読みである。

 階下ではピーコックとシアンの会話が続いているが、彼らはプライベートな会話まで盗み聞きする気は無い。

 違法薬物の件、暗躍する無数の反社会的組織、貴族たちの動向、特務部隊の動きや、つい先日公表された『女王陛下の隠し子』の存在。気に留めておかねばならない事案はいくつでもあるが、だからこそ、時にはこうして、本気でふざけていないと正気が保てない。

 たった一人、二人で世界の運命をどうこうしようなど、土台が無茶な話なのだ。その無茶を承知で全てを背負う覚悟を決めた人間たちに、フェンリル狼は、心の中で礼を言った。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 一通り話し終えたところで、俺は気になっていたことを尋ねた。

「そういえば、あの屋敷から救出された五人は?」

 王立病院に緊急搬送されたと聞いているが、その後の様子は聞かされていない。比較的症状が軽いからこそ、キールとハンクは『急げばまだ助かる』と判断したのだろうが――。

「全員死亡」

「オーバードーズで?」

「いや、こちらの都合で殺処分」

「ということは、改造されていたんだな?」

「うん。あの五人は症状が軽かったワケじゃなくて、特に念入りに改造されたゾンビゴーレムだった。特務部隊を油断させるために、今すぐ処置すれば助かりそうな『ちょっと具合の悪いヒト』を演じていたってオチ」

「そんなモノと同じ馬車に乗り込んで……よく無事で済んだな?」

「それが傑作でさあ。馬車の中で暴れ始めたらしいんだけど、薬の作用で興奮状態なんだと思って、力で抑え込んじゃったんだってさ。力で」

「自爆装置は入っていなかったのか?」

「入ってたけど、特務部隊の重装甲馬車って外部からの電波完全に遮断できるじゃない? 起爆しないまま病院まで運ばれて、レントゲン撮ってみたら内臓抜かれて爆弾仕込まれてるのが見つかって、本部の爆発物処理班が出動した流れ」

「あー……なるほど。運が良かったんだな、あいつらは」

「そ。ものすごくラッキーだったみたいだよ? あいつらだけじゃなくて、俺たちも」

 出動したのが筋肉自慢のキールとハンクだったからこそ、暴れ出した五体のゾンビゴーレムを難なく取り押さえることができた。

 通常使用する馬車が王子とロドニーに使われていたため、滅多に使わない重装甲馬車で電波を遮断することができた。

 それらの事実を把握した後に待機命令が解除されたからこそ、ピーコックは馬車を使わず、今や骨董品と化した旧式移動ツール、『空飛ぶホウキ』で真上から突入し、グラスファイアの意表を突くことができたのだという。

 しかし、そんな幸運を毎回あてにするわけにはいかない。

「ピーコック。一つ、提案があるんだが……」

 と、話し始めようとした俺の口元に、ピーコックは人差し指を突きつけて話を止める。

「言われなくても分かってる。どんだけ一緒に仕事してると思ってんの? 鍛え直したいんでしょ?」

「付き合ってくれるか?」

「うっわぁ、ナニソレ告白っぽい。もちろんOKだけど、グループ交際でいい?」

「は?」

「さっきアズールからも同じこと言われたんだよね。今回イイトコ全くなしだったから、一から鍛え直したいって」

「アズールが、お前に?」

「あの子ってさあ、ぶっちゃけ俺のこと嫌ってるでしょ? 嫌いな相手に頭下げてでも強くなりたいって、相当だよね?」

「お前……嫌われてる自覚あったのか……?」

「それ、面と向かって真顔で聞く?」

「じゃあどんな顔で聞けばいい?」

「表情の問題じゃあない気がするんだけど……ま、いいか。このあとヒマ?」

「ああ。特に予定はない」

「じゃ、訓練棟行こうか。夕食までみっちり稽古つけてあげるよ」

「よろしくお願いします、先輩」

「やめてって。タメ語にしてよ。そういう上下関係苦手なんだからさ~」

 うへぇ~、と顔をゆがめるこの瞬間だけは、どうやら本心から発言しているらしい。

 それが妙に嬉しくて、俺はついつい言ってしまう。

「アズールと違って、俺は嫌いじゃありませんからね。せーんぱい♪」

「うわ! キモッ! マジ引くわソレ!!」

 そう言って、フイッと背を向ける灰色猫。いつも通りの見慣れた後ろ姿だが、チャームポイントのカギ尻尾は、しっかり上を向いていた。


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