逃亡計画
「ジュリエッタ、貴方少し姿を消しなさいな。」
はい~?
「おばあ様、姿を消すってもしかして家出しろって事?」
おばあ様は、コクリと頷く。
「でも、スティール様に対してですよね。
お父様達には断って行ってもいいのよね?」
今度はゆっくりと首を振る。
「何故!?」
「だって、あの人達はあなたの気持ちを確認もせず、
貴方とスティールとの婚約を決めてしまったんのよ?
デーヴィット達にも少しぐらいお灸をすえた方がいいのよ。」
そりゃぁ、親が私に黙って勝手に婚約を決めた時、私もかなり頭にきたけど、
そんなのどの家庭…いや、貴族の間ではかなり普通の事よね。
それを娘は黙って受け入れる事も普通……だよねぇ?
「普通な物ですか。
勝手に結婚相手を決められて、あなた腹が立たないの?
大体にして貴方が小さい頃、いくら私が出掛けていたからって、
何の相談もなくアンドレアとの婚約を決めてしまった時も、
も~腹が立って、腹が立って、腹が立って。」
もしかして、おばあ様は自分に相談が無かった事で腹を立てている?
「結婚には、愛が無ければいけないの!
みすみす、離婚や浮気や不倫の可能性が大きい結婚なんて、
不毛もいい所よ。
大体にして、自分達だって恋愛だったくせに、
いつの間にかそんな俗物になってしまって………ブツブツブツ。」
成程、大恋愛で、ラブラブだったおばあ様ならではの意見ね。
という事で、私の家出は確定なのだろうか……。
おばあ様は、私のお母様方の筋を頼ると
国際問題に発展し兼ねないと言い、
グレゴリー帝国の、自分個人の知り合いに連絡を取る事にしたようだ。
「さて、早速トニアに連絡を取ってみましょう。」
あちらのおばあ様の親戚筋、
ジゼル様の孫にあたるトニアさんは私も知っている人だ。
時々おばあ様を訪ね、遊びに来ていたから面識がある。
「すぐに彼女に遊びに来てもらいましょう。
そして帰る時は二人で国に帰るの。」
「もしかして、そのもう一人って私の事ですか?
でもおばあ様、私が国を出る時はどうするつもりなの?」
出国する際には、身分証明が必要になる。
それを見られれば、グレゴリーに渡ったと記録を残すようなものだわ。
そう尋ねたが、
おばあ様はすでに、ペンを片手に便箋に向かっていた。
「そんな物どうにでもなりますよ。
私を誰だと思っているの?」
はい…、確かにその通りでした。
「この手紙は大鳩便で送りましょう。
そうすれば、明日中に先方に付くはず。
さ、ジュリエッタ。
あなたは屋敷に帰って用意が整うまで、
いつも通り何事も無かった様にしていなさい。
決行する時は身一つで、誰にも悟らせないように動くのですよ。」
「でもおばあ様。
私は着替えとかお金とか、用意しなくてもいいのですか?
それに、家族に心配をかけてしまうのはちょっと…。」
「ジュリエッタ、あなたスティールと結婚したいの?
あなたが結婚を望んでいるのであれば止めません、私はこの手紙を破り捨てます。
でも、この結婚を望んでいないのであれば、スティールの誕生日の前、
そう婚約していない今の方が、逃げ出すにはいいのではないかしら?
婚約後では、逃げる事も今より難しくなるだろうし、
色々と問題も出てくるのではなくて?」
はい…、確かにその通りです。
それに断ってから家出をするとしても、
例えばお母様に”結婚するのが嫌だから家出します”と断って。
ええ、分かりましたと送り出してくれる訳がない。
此処はおばあ様の指示に従うしかないだろう。
「用意が整ったならば、連絡をするわ。
あなたはその指示に従うだけでいいの。
分った?」
そう言って小首を傾げるおばあ様。
例え皴が増えたとしても、いつまで経っても可愛いくてずるいわ。
きっと亡くなったおじい様もこんなおばあ様が物凄く可愛くて、
どっぷりと惚れ込んでしまったのでしょうね。
取り合えず、私はいつも通りおばあ様からのお土産のパンを受け取り、
屋敷に戻った。
それから数日、私はおばあ様の呼び出しを待ちながら、さりげなさを装い過ごす。
友人からの誘いが有ればお茶に伺い。
いきなり現れるスティール様にも、いつも通りにふるうるよう気を付けた。
「ねえジュリエッタ。
何か有った?」
目ざといスティール様だから、何か感じたのだろうか。
ひやひやしながら何とかごまかす。
「あと2週間で私の誕生日だよ。
楽しみだねジュリエッタ。」
スティール様のその言葉に、ひたひたと恐怖が迫ってくる。
逃亡を決意した私にとって、それは全然楽しみでは無いの。
今の私には、今回の逃亡劇が成功するか否か、迎えが早く来ないか、
頭の中はその事で一杯です。
「ジュリエッタ。やっぱり君、何かおかしいよ?」
「そう…かもしれませんね。
スティール様、やはり二人の婚約は少し延期した方がよろしいと思うのです。
あなたも国政に乗り出し、色々と覚えなければいけない事が多々あるはず。
それを婚約だ、結婚だと浮かれている時では有りません。
あなたが仕事に少しでも慣れ、落ち着いた時、
改めて婚約を発表した方が宜しいかと思うのですが。」
「ふーん、流石ジュリエッタだね。
国や私の事を考えてくれていたんだ。
でもね、私だってただ浮かれて婚約を決めた訳では無いよ。
ちゃんと同時進行でやれると思ったからこそ、この計画を進言したんだ。
大丈夫、私を信じて。」
そう言ってにっこり笑う。
やっぱりスティール様は考え直してくれないか。
確かに彼なら、仕事も手を抜かず、しっかりやり遂げるでしょう。
でも後二週間か、
おばあ様の事だから、間違い無く私を完璧に連れ出してくれる筈。
スティール様気が付いている?
あなたはこの話が何の落ち度も無く、
自分の考え通りに進んでいると思っているようだけど、
二週間後のあなたの誕生日、多分その時には、私はこの国にいない。




