大波 小波 4
やがてジゼルは、お医者様と共に戻ってきたコリアンヌさんに、てきぱきと指示を飛ばす。
「コリアンヌ、人手が必要になるわ。
お隣のシモンズさんにお願いはしてあるから、呼びに行ってちょうだい。
それから沢山のお湯が必要よ。
帰ったらお湯を沸かしてちょうだいね。」
「はい、奥様。」
そう的確に指示を出していく。
ジゼルには産婆さんの経験が有るんだろうか…。
きっと私の為に、いろいろ勉強してくれたのだろうな。
有難すぎて、涙が出る。
何て、感傷に浸っているのも最初の内だけだった。
出産とは、想像を絶するものだった。
痛みと、安息が交互に襲ってくる。
しかし、確実に痛みが勝って、痛みを絶える事で精一杯になる。
呻き声を上げ、痛みを絶えるためジゼルの手を握りしめる。
するとジゼルは、私の手を握りしめながら、もう片方の手で、優しく腰を撫でてくれる。
「赤ちゃんも、お母さんに会いたくて頑張っているの。
だからメリーベル、あなたも頑張るのよ。」
そうだ、私の赤ちゃんも、生まれたいって、私に会いたいって頑張っているんだ。
私も弱音を吐いてばかりじゃだめだ。
そう決意を固め、女医さんの指示に、懸命に従う。
「まだ力んではダメ。力を抜いて。」
「そう、今よ、力んで!」
「順調よ、少し力を抜きましょうね。」
「さあ、赤ちゃんが見えてきたわ。息を少しずつ吐いて。ふっふっふっ。」
「さぁ、思い切り力を入れて!」
そう言われ、力の限り力んだ。
途端にストンと、痛みが引く。
あんなに痛かったのに、一体どうしたんだろう……。
すると、部屋に響く赤子の鳴き声。
「頑張ったわね、男の子よマリーベル。
やはり私の見立ては間違ってなかったわ。」
得意そうな顔をして、ジゼルがその子を私の腕に抱かせてくれる。
あい変わらず、ふぎゃ、ふぎゃと、大きな声で鳴いているけれど、とても愛しい。
「あなたのお顔が、やっと見れた。
とても可愛い……。
初めまして、これからよろしくね。」
そう言って、恐るおそるその頬を撫でる。
「ごめんなさい、少し赤ちゃんを借りるわね。」
そう言ってジゼルが赤ちゃんを連れて行こうとする。
「あ…、ダメ……。」
「赤ちゃんに湯あみをしてもらうだけですよ。
そんな顔をしないで、綺麗になったらすぐに連れてくるから、
少し待っていてね。」
ジゼルは、赤ちゃんを綺麗にしてくれるために連れて行っただけ。
それは分かっているんだけど、ただそれだけなのに、
とても寂しい。
ジゼルが行っている間に、私も後始末を済ませ、
コリアンヌさんに、体を拭かれてさっぱりして、
今は背中にクッションを入れてもらい、
楽な姿勢でベッドに座っていた。
「ほら、綺麗になりましたよ。
お待たせしました。」
やがて、可愛い産着を着た私の赤ちゃんを抱いたジゼルが姿を現した。
「さあさ、お母さん。
かわいい赤ちゃんにおっぱいを上げて下さいね。」
ニコニコしながら、私の腕の中に赤ちゃんを抱かせてくれた。
「ふにゃふにゃしていて、壊しそうで怖い。
ジゼル、赤ちゃんにミルクをあげるには、どうすればいいの?」
ジゼルは優しく微笑みながら、色々教えてくれる。
「そう、上手よ。
赤ちゃんはまだ首が座っていないから、自分で頭を支えることが出来ないの。
しっかりするまで、お母さんがこうやってサポートしてあげてえね。」
首の後ろに腕を入れて、頭を支える様にして抱っこして、
おっぱいをあげる時は、手の平で包むように支えて場所を教えてあげて……。
「そう上手よ、マリーベル。」
ジゼルは赤ちゃんの首を支えた私の手の甲に、そっと手を添えて、
私に胸に赤ちゃんの口が行くように、導いてくれた。
やがて赤ちゃんは私の胸を見つけ、必死に吸い付いてくる。
「可愛い………。生まれたばかりなのに、こんなに必死になって…。」
小さな我が子は必死になってお乳を吸う。
「こんなに小さいのに、ちゃんと生きているんですね。
私はこの子のお母さんになったんですね。」
知らぬ間に涙が零れて来る。
私の横に腰かけ、赤ちゃんを優しく見つめながら、
ジゼルは私の頭をそっと撫でてくれる。
私にはあまり記憶が無いけれど、
死んだお母さんも、きっとこうして私を生んだんだろうな。
もし生きていたら、こうやってジゼルのように、労ってくれたんだろうな。
まるでジゼルは私のお母さんみたいだ。
そんな事を思った。
やがて赤ちゃんは、満足したのかそこから口を外し、大きなあくびをした。
なんて可愛いんだろう。
もう寝るのかな?そう思っているとジゼルが、
「あぁ、まだ寝かせてはダメよ。」
そう言って、おっぱいをあげた後のお母さんが、
しなくてはいけない事を教えてくれた。
ゲップの事だ。
「ゲップをさせないと、おっぱいを吐いてしまうんですか。
赤ちゃんも大変なのね。」
「そうよ、赤ちゃんも頑張って大きくなっていくの。
だけどこれからが大変よ。
私も出来るだけサポートをするけれど、一番大変なのはお母さんなの。
頑張ってね、マリーベル。」
「はい、ジゼル。」
そう答えたけれど、大変ってどの程度なんだろう?




