吟味
差し出されたお皿には、小さく切られたチーズが、
綺麗に飾り付けられ数種類ずつお皿に乗っていた。
ざっと見ても20種類以上ある気がする。
「さ、どうぞ召し上がってみて下さい。
お嬢様にお気に召す物が有ればよろしいのですが。」
凄っ、これ全部食べてもいいの?
こんな高級品をこんなに沢山。
これを食べたら、お腹がいっぱいになりそう。
まあ、食事替わりにすればいいのか。
夕食代が浮いたわ。
ちらっとおじさまを見ると、にっこり笑って。
「私はいいから、全部味わってみてごらん。」
と言う。
では、遠慮なくいただきます。
一つ一つ、味わいながら食べてみる。
これはちょっと塩味がきついわね。
こちらはちょっと柔らかすぎる。
これは…硬いわ。
焼きたてなら丁度いいかもしれないけれど、パンが冷めると、
もっと硬くなって、口の中にポロポロと残ってしまうだろう。
パクパク。
ゴクン。
ふむふむ。
と、その中の一品が、絶妙だった。
「これっ、これよ!これ絶品!」
すると店長さんが、満足そうに頷いた。
「やはりあなたの舌は肥えていらっしゃる。
こちらは、クインズ山地の牛の乳で作られたチーズです。
雨の少ない山間部で放牧されているせいか、乳がとても濃いのです。
それで作られたチーズは、一級品の中の一級品と言われています。」
そうなんだ。やっぱり私の舌は間違っていなかった。
「これが気に入ったのかい?
ではそれもいただこう。」
「はい、ありがとうございます。」
店長さんがニコニコ顔で、何やらさらさらと書いている。
「では、納品先はこのお嬢様のお店…で宜しいですか?
ご住所の方は?」
嘘っ、ムリムリムリムリ。
「申し訳ございません。
お恥ずかしい話ですが、今日は持ち合わせが有りませんの。
また後日出直してまいりますわ。」
でも、多分二度と来ないだろうけど。
「あぁ、大丈夫だよ。
ここでの買い物に、現金は必要ないから。」
…………。
「店主、住所は知らないが、王城の裏門から東へ8軒目のパン屋さんだ。
行けばすぐ分かると思う。」
「はいはい。
それでしたらすぐ分かりますとも、すぐにお届けしましょう。」
待って、現金が要らないって、付けって事でしょう?
「おじさま、やはり無理です。
私はとても支払い切れません。
お願いですから、これは白紙に戻して帰りましょう?」
絶対無理だから、私に支払える金額じゃないから。
「そんなに困った顔をして、かわいい子だね。
代金の心配などしなくていいよ。
今日はデートだろう?だからこれは私からのプレゼントだ。」
「そんな訳には参りません!」
て、これはデートなんだろうか。
私はただの買い物だと思っていたのに。
「困ったね。
それではこうしよう。
その材料で、君が私にパンを毎日焼いてくれないか?
余った分は店で売っても構わないから。
君だって、あれでパンを焼いてみたいんだろ?」
「それはそうです。
あんな最高級な材料を使って、沢山焼いてみたいです。
全てのパン職人にとって、あんなにいい材料をふんだんに使えるなんて、
一生に一度の夢ですわ。
でも…、金額の桁が違いすぎます…。」
「でもね、
私も君の作る、最高級のパンを食べてみたいんだ。
それを…お願いできないかな?」
あぁ、なんて素敵なおじさま。
私の言いくるめ方を心得ていらっしゃる。
「分りました。
ぜひ作らせてほしいです。
私、これから一生、おじさまのパンを焼かせていただきます!」
それぐらいしないと、材料代をおじ様に返す事など出来ないわ。
「ほんとうかい?
凄く嬉しいよ。
それでは残り少ない私の人生だけど、この先も私にパンを焼いてくれるんだね。」
「はい。勿論です。
でもそんな寂しい事を言わないで下さい。
もっとずっと長生きして、私のパンを食べて下さい。
私、おじ様が飽きないように、色々なパンを考えますから。」
「良かった。
それなら私も長生きできるよう頑張るよ。
だから、私の傍にずっといてくれるかい?」
「ええ、私おじさまの傍で、これからもずっとパンを焼きます。」
??
ちょっと待って、おじ様、今の話のニュアンスがチョットオカシクアリマセンデシタカ?
「これはこれは、おめでとうございます。
こんな目出度い場面に立ち会わせていただけるとは、
私は何て、果報者でしょう。」
「ちょっ、ちょっと待って下さい!」
「どうかしたの、マリー。
やはりこれらは必要ないのかい?」
おじ様が材料を見ながら、寂しそうにそう言うけど、
私が確かめたいのはそれでは無いの。
「これらは欲しいです。
でも先ほどおじ様が仰っていたことが……。」
「私が言っていた事がどうかしたのかい?
そうか、デートの事か。
そうだなぁ、この材料は、
これからマリーが私にパンを焼いてくれる事になったから、
プレゼントでは無くなってしまったね。
そうだ、君に送る指輪を買いに行こうか。そうだそうしよう。
店主、荷物を彼女の店に届けるのは、
そうだな、3時間後ぐらいにしてくれないか?
私達はこれから他の店に行かなくてはならないから。」
「承知いたしました。3時間後ですね。
それと指輪の件ですが、
出来ましたら、ぜひ私の兄の店にお願いできないでしょうか?」
「アストラルジュエリ―ショップか。
ふむ、いいかもしれないな。」
「ありがとうございます。」
ジュエリーショップって、どうして急にその話が出たの?
そこって、王室御用達の最高級宝石店ですよね。
そこに私と一緒に行って、指輪を買うつもりですか。
話の流れ上、私の指輪って事ですよね。
「おじ様、私はそんなに高いものなどいただけません。
この材料をいただくことだって、躊躇うぐらいなのに……。」
そんな所に行くより、
私は早く店に帰って、届いた材料でパンを焼きたいの。
「そうそうお嬢様、ちょうど最高級のイーストと、
グレゴリー産の干した果実が届いたところです。
正式のお祝いの品はまた後日といたしますが、今日はサービスがてら、
これらをお付けしましょう。
陛下の為に美味しいパンを作って差し上げて下さい。」
「ありがとうございますー。」
ラッキ――!
て、丸め込まれている場合では有りません。
それに今………店主さんは、陛下と仰いませんでしたか?
陛下? 陛下!? 陛下~~~!!
確かに偉そうな人が迎えに来たけど、沢山の強そうな人が迎えに来たけどさ。
「まあ、お、おじさまの名前はヘイカ様と仰るのですね。
私初めて伺いましたわ。
それと大変失礼では有りますが、私、急用を思い出しましたの。
これで失礼させていただきますわ。」
ニッコリ笑ってそう言い切った。
やばいやばい。
物凄く嫌な予感がする。
早く逃げなくっちゃ。




