二人の差
陛下!なんという事を…。
陛下の言葉を聞いた方々は、盛んに頷いたり、ひそひそと話をしている。
中には拍手までしている人がいる。
私はすぐにでもその場を飛び出し、逃げてしまいたかった。
でも、私にはまだやらなければならない事がある。
そう、スティール様を次期国王とする事。
大体にして、この騒ぎを起こしたのは私だもの、
そんな無責任な事をしてはいけないわ。
そう、そうよ、何とか最初の目的に話を戻さなくては。
「国王陛下、落ち着いて下さいませ。
スティール様には、まだこの先、出会われる方が多々いらっしゃる筈です。
それこそデビュー前のご令嬢だっていらっしゃいますもの。
その中にスティール様に相応しい方がいらっしゃるかもしれません。
此処で焦って、その話を進めても、後々後悔する羽目になっては大変でございましょう?
ですので、その話は時間をかけごゆっくりされてはいかがでしょうか。」
「わしは、いたって冷静だが…。
まあ、確かにスティールはまだ成人前、今はまだ結婚できぬ年ではあるが……。」
「その通りです。スティール様にはまだやらなければいけない事があるはず。
結婚などにかまけている場合では有りません。」
「それはそうかもしれんが、婚約ぐらい決めておいても…。」
「いいえ、幼少のころから許嫁を決めていたおかげで、アンドレア様は私の方ばかり気を向けていて、国政を疎かにされていました。」
「な、何を言うか。
私だって仕事ぐらいしていた。」
「そう、確かに仕事はなさっていましたわ。
でもそれは人に言われたことをこなしていただけ。
国の情勢などを本気で考えて、自分なりに行動した事は有りましたか?」
「何故、お前がそんな事を言う。
お前は私を見張っていた訳では無いだろう。
私が何を見、何を考えていたなんて知る由もないだろうが。」
「確かにそうですわね。
でも、王宮にも色々な方がいらっしゃいますのよ。
仕事に真面目に取り組んでいる方。
人を物差しで測らず、人としての真価を見極めていらっしゃる方。
真に国の事を思っていらっしゃる方。
意外とそういう方は、同じ志を持つ者に共感し、色々な事を教えて下さいますのよ。」
お分かりになりますか?
「なっ、それではいかにも私が能無しのように聞こえるではないか!」
それぐらいは察してくれたのね。
助かりますわ。
「その方たちの話で……。」
「兄上、今、国民の一番の関心は何だと思われますか?」
また突然人の話に割り込んで入るスティール様。
ですから、マナーを守って下さい。
「国民の関心だと?そんなもの知る訳………。
い、いや、そう、国民の関心か。
それは…多分…来月開かれる国主催のレースだろう。」
…………。
「いやっ、あれか、王都に新しく開店した高級料理店。
あそこはなかなか旨いと聞いた。
きっと町はその事で持ち切りに違いない。」
呆れかえって物も言えない。
それはあなたの興味がある物でしょう。
普通の民ならそんなにお金のかかる事に興味すら持てません。
するとスティール様は、寂しそうな笑顔でアンドレア様を見つめ口を開いた。
「いいえ違います。
確かに一部の人間はそれらを気に掛けるかもしれません。
しかし、多くの民の一番の関心は天気です。」
「天気だと?それがどうしたと言うんだ。
確かにあいさつ代わりにするような話だ。
毎日何百回も民の間で話題に上がるだろうが、
だがそれがどうしたと言うんだ。」
するとスティール様は、首を左右に振り、まるで諭すように話し出す。
「兄上、今はもう7月も終盤、ところが最近の陽気をどう思われますか?」
「まあ、天気はぱっとしないが、例年よりは涼しくて、過ごし易いではないか。」
「そうですね、過ごし易さは否定しません。
ただ、農作物の事はどう思いますか。」
「農作物だと?まあ、多少の影響は有るかもしれないが、それが私と何の関係が有るんだ。」
「兄上は、いずれこの国を背負って行かなければならぬ立場、民の憂いもしっかり把握して下さい。
いいですか?悪天候が続くと、植物の成長が著しく悪くなるのです。
すると農民は不安になる。
このままでは思ったような収穫が得られない。
そうなれば、収入も減ってしまう。
日々の生活もままならなくなる。」
……………。
「おまけに、その少ない収入の中から、決められた税金を払わなければならない。
農民だけでは有りません。
物流に関してもです。
作物が取れなければ、当然物価が高くなる。
熱くならなければ夏用の服も売れない。
夏の暑さを当て込んでの商売も無駄になってしまう。
只の天気の話ですが、多くの国民が只の天気の為、頭を抱えているのです。」
「そんな事を言われてどうしろと言うんだ。
天気を左右できる奴なんていない。
天の神に祈ればいいのか!
だがな、それを私に言って、どうなるというんだ。
父上にだって、どうにもならない事だ。」
「いえ、父上なら国民の憂いを、少しでも晴らす事が出来ます。」
「出来る訳ない!」
「スティール。
そなたがわしの立場だとしたら、どのような事をする?」
「そうですね…。
まず、知識のある者達を各地に送ります。
そして、もし助けられるような状態でしたら、速やかに手を打ちます。
それでも不作となれば、収穫に応じて税金の額を引き下げましょう。
それから国の備蓄している食料を放出し、少しでも物価の変動を抑えます。」
「なるほど。」
「それと、ある程度の収入の有る者はいいとして、どうにもならなくなった者には、申請に応じて補助金を出します。
勿論、不正などせぬよう目を光らせなければなりませんが。」
「よく分かった。
してアンドレア、お前はどう思う?」
国王はまるで、その人となりを試すように、話をアンドレア様に振った。




