第二話 魔術結界
「……カナメ、カナメね。それに東洋の魔術一家、柊木の姓ともきた……。これは案外使えるかもしれない」
「うん? 柊木家を知っているのか。言っておくけれど、うちは魔術なんてそんなこと知らねーぞ。過去の人間がどう思っていたかは知らねーけれどよ」
「……ふん。どうだって良いのよ、過去なんて。現在が良ければそれで良い。……それ以上は何も要らないわ」
「そんなこと言ったって……。孤独は何も生み出さないのになあ」
「そんなことより! マリナ、簡単に説明してあげてはくれないか? 僕が説明しても良いのだけれど、なんやかんや面倒なことがたくさんある訳だしねえ……」
「それはあんたが説明したくないだけでしょう……。まあ、良いわ、分かったわ。私が説明してあげましょう。……良い? この『研究都市』には五つの魔術結界が存在しているの。要するに、痛いところを突かれると困る穴がね」
「研究都市……科学文明の最高峰と言われているこの都市に、魔術結界が五つも?」
「疑問に思うのも仕方ないわよね。私達も聞いて最初は耳を疑ったから。……どうして、こんなところに魔術結界が? なんて思うわよ、幾らエキスパートの私達でも」
「でも、その魔術結界をどうにかしようと思っているのがお前達なんだろ」
「そう。調査によれば、魔術結界は科学技術でカバーしきれない『空間の間』を補完していると言われている。そこをつつくこと、それ即ち、研究都市の穴を突くということになる。そうすれば何が出来るか……分かるでしょう?」
「研究都市が……崩壊する?」
「そう。その通りさ」
言ったのはエレンだった。
マリナも頷いて、さらに話を続ける。
「研究都市は、科学文明の最高峰であると言われている。そして、それは科学文明のトップであることをも意味している。『世界の警察』と呼ばれたアメリカでさえも、研究都市に従っている……。このままでは世界の殆どが、いえ、世界の全てが研究都市に跪くことになる。それだけは避けなくてはならない」
「だから……そのために研究都市を破壊する、というんですか?」
「研究都市は完全に破壊出来る代物ではない、と私達は考えている」
「なっ……」
「研究都市は、そんな脆い存在ではない、ということを言いたいのよ」
「でも研究都市を破壊する、って……」
「出来る訳がないでしょう? この研究都市に、いったいどれくらいの人間が住んでいると思っているのよ。あなたを含めて、ね」
「それは……、確か二百万人だったか?」
「でしょう? 下手すれば一つの国に勝るとも劣らない量を誇る、研究都市。そのセキュリティを簡単に破壊出来ると思っていて?」
「でも……あなた達は、現にここに入ってきている」
「それすらも、罠だと思っているんですよ。僕達は」
「……エレン、さん?」
「うん? どうして僕の名前を知っているのかな?」
「大方、さっきのやりとりを耳ざとく聞いていたんでしょう。……日本人ってそういうところあるから侮れないわよね」
「……すいません。でも、あなた達にわざわざ名前を聞いたところで教えてくれるとも思えなくて……」
「確かに。それは一理あるね。……僕達は魔術師だ。魔術師がそう簡単に名前を教えるはずがない。つまり裏を返せば、僕達の言った名前はただの名前であって、他に何の意味も持たない。しかし、もう一つの名前が存在する」
「もう一つの名前……?」
「エレン。少し喋りすぎではないかしら?」
「うん? でも、なんやかんやずっと一緒に居たんだぜ。良いじゃん、少しぐらい話をしても。……という訳で、僕達魔術師が持つもう一つの名前、それは魔術名だ」
「魔術……名?」
「魔術名は教えることが出来ない。もし教えるとしたら、それは――」
「――あなたを殺す時でしょうね」
言ったのはマリナだった。
それを聞いた柊木は何も言えなかった。
何も答えることが出来なかった。
何も言い出すことが出来なかった。
「……殺す時?」
「そうさ。魔術名は、魔術師と魔術師が、或いは魔術師と人間が殺し合う時に使う名前だよ。だから通称、こう呼ばれている。……『殺し名』とね」
殺し名。
そう聞いた柊木は何も言えなかった。
何も言い返すことが出来なかった。
「……さて、これからどうするか、だけれど」
「予定通り、五つの……正確にはもう一つは破壊しているから四つの魔術結界を破壊する。ただそれだけでしょう? 私達に課せられた任務というのは」
「そうだね。……で、彼はどうする?」
「ついてこさせましょう。……人質ぐらいにはなるでしょう」
「……分かった」
「……僕を、捕らえるんですか」
柊木の言葉に、エレンは顔を引きつらせる。
「悪いねえ。そんなつもりは毛頭ないんだけれどさ。僕達の任務に支障が出たら困るのはこっちなんだ。だから君にはついてきてもらう。異論は認めないよ。もし異論を唱えるようだったら……」
「だったら……」
「君をこの場でぶち殺してしまうかもしれないねえ?」