第一話 魔術師
「あのっ! これって何かの間違いだと思うんですけれど、どういうことなんですかね! 説明を願いたい!」
走りながら、柊木は告げる。ぜいぜいはあはあ、と息を荒げながらも、何とか質問して自分の疑問を解消しようと思っていた。
しかしながら、彼女達からは回答は得られない。
「俺がどうして逃げないのかさっぱり分からないんですが!? どうして逃げなくちゃいけないんですかね!!」
「じゃあ、捕まるかね? 追いかけてくる、電撃を生み出す少女達に! 僕達に関わってしまったと思われて、色々なことをさせられる。もしかしたらそのまま死んでしまうのが普通だと思うがね!」
「何ですか、それって! 俺の平穏な日常を返してくれよ!」
「もう返ってこないと思った方が良いと思うけれどね? 何せ、僕達『魔術師』と逃げる羽目になったんだ。少しは考えないといけないと思うよ?」
「……そこの路地に入るぞ! 急ぎ、防御結界を組む! お前も急いで防御結界を組む準備をしろ!」
彼女から言われて、男は溜息を吐く。
「へいへい、人使いの荒いこって!」
バアッ! と路地の入口に紙を広げる。
それを見た柊木は、何が起きたのかさっぱり見当がつかなかったが――しかしながら、後から追いかけてくる彼女達が路地に入ることなく走り去っていくのを見て、漸く気がついた。
「ダミーでも走らせたのか……?」
「うんうん。間違っちゃいないけれど、正しい答えでもないね。まあ、そんなもんだと思ってくれれば良い」
「ちっ。どうするのよ、彼? このまま放置するのも気分が悪いし……そのままついていかせる? それでも私は構わないけれど。でも、素人がついていくべき問題でもないような気がするのよねえ」
「いやいや、ここはもう仕方なく僕達に付いていって貰うしかないよ。何せ『黒幕』は彼と僕達が一緒に居る場面を目撃してしまっている。そして、僕達は見捨てることなく彼に魔術を行使した。それだけで、彼が僕達の味方であると認識されたのは確かだろう。その状態で彼を見捨てたらどうなるか? ……ロンドン塔よりも、大変なことになるのは間違いないだろうね。……えーと、例えば、薬を使うとか?」
「うわ、エグいこと考えたわね、あんた。でも確かにそうでしょうね。この都市……入ってから思ったのよ。薬臭くて仕方がない。そりゃ、世界最高峰の技術を誇っているのかもしれないけれど、これ程薬臭かったら歩くのも嫌になってしまうわよ」
「ちょっと待ってくれ。待ってくれよ。いったい何の話をしているのか、俺にわかりやすく教えてくれよ!?」
「五月蠅い」
彼女はそう言って、紙を柊木の目の前に差し出した。
その紙には、小さな円が何重にもなっている模様が描かれていた。円の間には、文字のようなものが書かれており、それが何らかのファクターを担っていたこと、そして文字は何かの術式であるようなことを思わせる。
「……何だよ、何なんだよ、これって」
「こら、マリナ。『お客様』を怯えさせるようなことしちゃ駄目だろ」
そう言って、青年はマリナと呼ばれた黒いローブに身を包んだ彼女のおでこをピンと弾いた。
「いてっ。何をするのよ、エレン!」
「何、って。君が『魔術』を行使しようとしていたから、それを止めようとしていただけの話だろ?」
「何言っているのよ。こんな一般市民に魔術を行使する訳ないじゃない。あんたじゃあるまいし」
「何か言った?」
「……いいえ、何も」
「……で、あの。今の状況について説明して欲しいんですけれど」
柊木の言葉に、エレンは頷く。
「ああ、そうだね。先ずはそれについて説明しないと何も始まらないよね」
「先ず、魔術師って何なんですか?」
「ああ、そこから説明しなくちゃいけないか……。魔術については知っているんだろう?」
「ええ、本で読んだくらいですけれど……。でも、オカルトについてはちんぷんかんぷんですよ?」
「だろうね。何せ、この研究都市はオカルトをものともしない、謎の科学技術が出来ているのだから」
「その科学技術が、何か問題でも?」
「問題なんてないさ。ある訳がない。科学文明も魔術文明も良いところと悪いところがあるのだから。けれど、僕達は、そのパワーバランスを崩すためにやって来た」
「パワーバランスを……崩す?」
「そう。魔術文明は今や科学文明に押されている状態なのよ。国際会議でも出番がないぐらいにね」
確かに。魔術なんて今や殆ど存在しない、オーバーテクノロジーのようなものだと感じていた。
しかし、その話を聞いた限りだと――やはり魔術は存在し、僕達科学文明と敵対していくのだろうか。
「……科学文明とどういう立ち位置を取っていくんだ? 魔術文明というのは」
「簡単なこと。魔術文明こそ、今再興の時! そのために、先ずは科学文明の最先端である、この研究都市を内側から破壊する!」
「内側から……破壊だって? いったいどうやって」
「……それは、教えてあげられないわね」
「良いんじゃないか? マリナ。教えてあげても、彼に止める術はない」
「……エレン、良いの?」
「ああ、良いと思うよ。何せ彼はもう『ここから逃げ出すことを許されない』。そういう存在になってしまったのだから」
「……なら、仕方ないわね。この研究都市は、外側からは堅牢な壁で覆われている。それはどんな魔術も効かないと言われている。それはどうしてだか分かる?」
「…………まさか、魔術側のエキスパートが科学文明に存在しているとでも?」
「鋭いわね。ええ、そうよ。その通り。科学文明の最先端である、この研究都市は、魔術にも堅牢な守りを誇っているの。しかしそれは外側に限った話。内側はどうしても、様々な問題を内包しているためか分からないけれど、簡単に破ることが出来る魔術を行使出来る。……どうしてかは、魔術サイドである我々にも分からないことなのだけれどね」
「どうしてか分からないのに、攻めようとしているんですか? この研究都市を」
「……さっきから痛いところを突いてくるわね、この少年」
「柊木です。柊木カナメ」
柊木は自分の名前を言って、さらに話を聞く態度を取る。
それを見たマリナは小さく舌打ちをして、さらに話を続けた。