私に友達が出来た日 その2
今から10年前……。私が17歳の誕生日を迎えて数日の事。
イージスは高校生、スカルは駆け出しのハンターになっていた。
私は相も変わらずに引きこもりの病弱娘を続けていた。
17歳になっても体は弱いまま。
いつになったら私の体は良くなるんだろう?もしかしたら、一生このままなのだろうか?
私は憂鬱な気持ちでいつものように外に出た。
母は流石に私が外に出て遊んでいることも知っている。が、怒りはしなかった。
精々「そう楽しそうね。」くらいで何の反応も無い。
母親は優しくもなければ厳しくもなくなっていた。
寧ろそれが不気味だったけれども、私にとっては本当に大好きなお母さんだった。
だって、ここまでちゃんと育ててくれたんだもの。
そして、ここまで成長すると私は町では魔女の子と有名になっていた。
最初こそは恐れていたみんなもイージスの長い、本当に長い説得によって少しずつ私を受け入れていった。
イージスはとても顔が広くて良い人柄だった為か、私は町で普通に過ごせるようになった
イージスとスカルにはとても感謝している。
真面目なスカルの行動も有って、みんなから信用も得られた。
私はもう一人じゃなくなっていた。
イージスとスカルで探偵をやって、町を裏で守っていた。
イージスは探偵を夢にしており、高校に通いながら探偵業を続けていた。あとついでにアーティファクト技師も目指している。
探偵事務所は数年の月日を経て、オンボロの木とレンガと藁の小屋から立派な今の事務所へと変わっていた。
そんなある日、一人の少女が探偵事務所に駆け込んできた。
小学生低学年くらいの小さな子だ。
髪の毛は綺麗な銀髪でメガネを掛けている、これまた可愛い子だ。
女の子はかなり息を切らしている。
必死に走って駆け込んできたのだろう。
女の子は涙目で茫然としている私たちに訴えかけた。
「助けて下さい!!」と。
「……ええっと、君は誰かな?」
イージスはゆっくりと少女の下へと歩み寄る。
すると少女は「しゅ、シュガー・ロックハートです!!」
その子は今のメイド、シュガー・ロックハートだった。
当時のシュガーは今のようなサディスティックさを持っておらず、本当に素直な愛らしい子供だった。
今でも可愛くて忠実なメイドだけどね。
「で、何の用だい?大きな事件ならばこの僕、イージス・リメンバとあちらの目つきの悪い男とあそこの滅茶苦茶美人な敏腕助手お姉さんの三人が何でもかんでもパパパッと解決して見せよう!!」
イージスはキメ顔とキメポーズを取りながら幼いシュガーの前まで滑ってくる。
「だれが目付きの悪い男だ」
スカルが軽くツッコみを入れた所で幼いシュガーは落ち着きを取り戻して話を始める。
「……私、次の魔女に選ばれるかもしれないんです!!助けてください!!」
シュガーは泣きながら私たちに助けを乞う。
ほんとうに必死な顔だった。
だからこそ、イージスはシュガーを受け入れた。
「当たり前だ」と。
だけれども私はシュガーを受け入れたくなかった。
「魔女……」
一つの不安が頭を過った。
何か……嫌な予感がする。
吐き気を催すような悪寒が背筋をなぞった。
それから、イージスは取り合えずシュガーを家に匿っておいてスカルと自分で見張ると言う。
私は魔女の娘だと言うことで特別イージスは私を警戒する目も持たなかった。
「……イージス!!」
私は不安で仕方なくなってしまった。
友達を失ってしまうのではないだろうか?また一人になってしまうのではないだろうか?
私は小声でイージスの名前を呼んだ……。イージスは振り向いた。
「大丈夫さ」
イージスはいつもと変わらない飄々とした笑顔で私を見ている。
……しかし不安は収まらなかった。
幾らイージスでもお母さんには勝てない。
私はそう確信していた。
「……今日は一旦帰って良い?」
私はその日、事務所に泊まることなく家に変えることにした。
急いで家まで走って帰った。
普段体を動かしてないからか、動かす足が重い。
帰る途中で何度も転んでしまった。
不安も在ってか足は震える。きっと涙目だっただろう。
いつも帰っている道なのになぜか長く遠く感じる。
私が家に帰ってまずやったことは、お母さんに近づくことだ。
お母さんは何か妙な事をしていないだろうか?出来れば、何もしないで居て欲しい。
しかしお母さんはどこにも居なかった。
台所、研究部屋、寝室、工房、地下。お母さんが良く居る所全てを見て回ったがどこにも居なかった。
「まさか本当に?」
……お城の部屋全てを探して回ったが、どこにも居ない。
居れ違っているだけだ!!そう信じて何度も同じところを探して回った。
が、どこにも居ない。
「……きっと買い物に行って居るだけだ」
私は頭を抱えながらそう自分に言い聞かせた。
きっと何かの間違いだ。
「お母さん、どこに居るの?」
まさか、もうシュガーの所に行ってしまったのだろうか?
絶望しかけたその時だ。
「アリス、帰って来るの早かったじゃない」
お母さんの声がした。
お母さんは何食わぬ顔で階段を下りて来る。
「お母さん……」
お母さんはいつもと変わったようなところはほとんどない。
「随分と息を切らしてるじゃない」
「……喘息よ……そんなことより……」
口が震えてこれ以上何も喋れなかった。
「……あ……え」
「どうしたのかしら?」
お母さんは私が喋るまで待っていてくれたみたいだが、5秒ほどで待つのに飽きてどこかへ行こうとする。
「……何もないならば私、行っちゃうから」
お母さんが玄関に向かって行ってしまう。
「……ど、どこに行くの?」
震えた声帯で声を出した。
「町へ行くのよ」
「……お母さん、まさかとは思うけど……次の魔女とか……作ろうと思っていないよね?」
「……」
お母さんは答えなかった。
何も答えずただ立ち尽くすのみ。
「お母さん駄目だよ……魔女を継承したら……死んじゃうんだよ……行かないで……魔女なんて作らないで……」
私がそう言うと、お母さんは私を強く抱きしめた。
優しく、強く……私を抱きしめてくれた。
お母さんに抱かれたのは何年ぶりだろう?遠い、遠い昔に抱かれたきり、抱かれることは無くなってしまった。
「……お母さん、魔女なんて……継承しないでさ、一緒に……」
一緒に居よう。そう言おうとした瞬間。
「クハハハ……ッ!!」
お母さんが笑った。
息を殺すように嗤いを隠すように笑ったのだ。
そして決壊したダムのように母から笑いが滝のように溢れて来た。
「アハハッ!!アハハハハハーッハハハッッッ!!!!」
お母さんは中々笑わない人だ……こんなに笑うのは初めて見たけど……。
何かがおかしい。私はお母さんの顔を見た。
「お母さん……?」
お母さんの顔を見るとお母さんには目が無かった。
目が合った所と口からからドロドロの石油のような黒い液体を垂れ流して嗤っている。
まるで悪魔のような姿になってお母さんは嗤っていた。
「……お母……さん?」
次の瞬間、ボズッという音とともに腹に凄まじい衝撃と鋭い痛みが走った。
お腹を見ると、お腹にはお母さんの手が刺さっていた。
お母さんは私の腹に手を入れて手を動かしている。
ぐちゃぐちゃと内臓を掻きまわして、ずっと嗤っている。
「アハハハハハハハハハハハッッッ!!!!」
お母さんは何か私の鳩尾下辺りにある大き目の臓器を握る。
ぐちゃりと。
「う……あ……」
お腹がとても痛い。そして凄まじい吐き気がする。
私もお母さんみたいに口から液体を吹きだしてしまった。目から鼻からも溢れて来る。お尻からもだ。
「ゴボッ!!」
私は何が起きたか分からずに廊下に倒れ伏せる。
「何……?」
内臓がぐちゃぐちゃで殆ど考えられない。
胃と腸だろうか?体の解体書でしか見たことのない物だ……。
それが目の前に転がって来る。
自分の臓器を眺めるのはとても恐ろしかった。
胃と腸が取れたら……死んじゃうよね……?
ひたすらに死ぬということが目の前に浮かんできた。
……死にたくないよ。
私は血が混じった涙を流した。
「アハハハハハ……勘の良い子だわねぇ……もしくは私が魔女を継承しようとしていることを誰かから聞いたのかしら?」
お母さんは笑いを堪えて言った。
「……何で?何でさ……魔女をそうしてまで継承しようと思うのさ!!」
私はお母さんの袖を掴んで訴えかけた。
お母さんはまだ嗤っている。
私はボロボロの体で立ち上がって、お母さんの胸座を掴んだ。
「どうして!!?」
お母さんは頭をボトリと落とす。
頭は腐ったミカンのように潰れてしまう。
「何故って……アハハ……運命だからじゃない」
お母さんの首から声がする。
「運命……?」
「そうよ、運命。アリスが生まれるのも運命だった。……アリス、本当の貴方の親を教えてあげるわ貴方に親なんて存在しない……だって私が魔法で作ったデザイナーベビーだもの」
お母さんは首から頭を再生させる。
しかし再生した頭はゾンビのように腐っており、皮膚の下が丸見えのグロテスクな物へと変わっていた。目からはずっと黒い液体をずっと流している。
「……嘘だ、お母さんと私はこんなにも似ているんだから!!髪も顔も……!!」
「……それは私の遺伝子を持っているんだもの。それはそうでしょう?こんなに似るのも当たり前なのよ?」
「そんな……」
「それに私は魔女になった時からこうなるって分かっていたんだよ。だから継承は運命なのよ?だから……邪魔する悪い子は全員殺すわ」
お母さんは私に止めを刺さんと腕をブレード状の物に魔法で変化させて迫って来る。
「……お母さんがその気なら!!」
私も模写魔法で剣を作って構えた。
お母さんは私を殺してシュガーとイージスとスカルの所に向かう気だろう。
そしてイージスとスカルを殺してシュガーを魔女にする。
そうは絶対にさせない。
スカルとイージスが死ぬくらいなら……私が死んでここを食い止める。
私は最後の力を振り絞るが如く、体中を魔法で強化した。
血流が速くなる。
出血も速くなり、意識が途切れそうになる。
「はあああっ!!!!」
私は意識が途切れる前に命が終わる前に決着を付けようと斬り掛かる。
が、魔女には勝てるわけがない。
私は剣を持っていた腕を一瞬で斬られてしまった。
「うわあああっ!!」
腕が肘から先が無くなった。
痛みで私は絶叫する。
「そんなものなの?私はアリスをそんなに弱く育てた覚えは無いわよ?」
「……黙って!!」
私は左手で剣を再び持って、お母さんに斬りかかった。
お母さんは冷静に私を切り裂いた。
「アリス……お前はこれで終わりだ」
私は無様に両腕を斬られて、廊下に倒れた。
強化を解かなければ……。血流が速くなるため血がとんどん無くなってしまう。
「……アリスその程度?……ならば私を止めるのは絶対に不可能よ」
母は淡々と私にそう言う。
そして本当に止めを刺さんと近づいて来る。
「う……うわあああっ!!」
私は満身創痍の体で扉を突き破って飛び出した。
無様に泣きながら足だけ生えた体になりながらスカルとイージスのもとへと走って行った。
「……本当に馬鹿な娘」
母は嘲いながら私を見届けた。