昔話:お部屋探しと義務教育の場
その日は7月最後の日だったのを私は覚えている。
私は記憶を失い、何処かも分からない森の中を彷徨っていた。
……なんだか、私のイメージしている森とは違う気がする……。
その森は不思議な森だった。
――――――変な姿の動物は出るし、木々は不気味な色をしてるし、なんだか不気味だし……。それに私の髪色ってこんな色だったっけ?しかも色々思い出せない。
鼻血も出てるし……。ティッシュも無いし。
私は最悪の状況に陥っていた。
このまま森から出られなければ、私は死んでしまうであろう。
獣に襲われて死ぬか、脱水症状で死ぬか、もしくはその他の要因で死ぬか。
死と言う単語がついに私の脳を埋め尽くしてきた。
鼻血も止まらなくなってきた……ティッシュが無ければ死ぬかも……。
ああ、死ぬ準備に入ってしまたんですね。
「死にたくありません……」
そう呟いた時だ。
「君、死ぬの?」
琥珀色の目をした金髪の私くらいの女の子に声を掛けられた。
琥珀色の目をした彼女はいつの間にか私の後ろに居た。
「このまま森を彷徨っていたら……死んでしまいますね」
私は驚いたものの、平静を保ってそう返した。
「そう、じゃあこっち来る?」
桜色の髪をした女の子が言った。
「……誰?」
「誰かはともかく、来なよ」
桃色の髪の女の子はティッシュをゆっくりと懐から出して私の鼻に筒状に丸めたティッシュを入れた。
「ふがっ」
「可愛い子がずっと鼻血を出しながら、森を彷徨って居るんじゃ助けたくなっちゃうでしょ」
「……」
と言うか、助けてくれるんですか?
私は助けてくれるならば、助けてもらうと図々しく思い、私は彼女たちに付いて行くことにした。
彼女たちの名前はアンバーとプラチナ。
今は小学生らしいが、今度の九月から中学生になるらしい。
……九月に進学?外国ですか?
付いて行った先にあったのは、一つの町だった。
蒸気と湯煙とレンガ造りの家々が特徴の町。
そして、その町の一角にある、小さな探偵事務所。
……それにしてもこの町の文字、変ですね。アルファベットとも違うし、アラビア語とも似ていない。……でもおかしい。何故か私はこの文字を読める……。
探偵事務所の文字も謎の文字で書いてある。
「……リメンバ探偵事務所?」
「中に入りなよ」
私はプラチナさんに押されて事務所の中に入った。
中には紫色の髪をした男と、薄茶色の髪をしたクールそうな女性と、中折れ帽を被った大柄な男がいた。
「イージスさん、お客さん連れて来たよ~」
すると、紫髪の男が「やあ」と出向かれる。
「何の用かな?」
紫髪の男はクルリと此方に顔を向ける。
「この娘、死にそうなんですって」
と、プラチナさんはなんだか明後日の方向に解釈されそうな説明をするのだった。
……嫌な予感しかしない……。
「そうか、死にそうなのか。病院に行くことをお勧めするよ。いい医者知ってるからさ」
「変な風に流されたじゃないですか……。それに死にそうだったのは森の中に居たからであってですね?」
「そうか、じゃあ一人で生きれるのか」
「……もういいです。私から全部話します」
私は全部洗いざらい話した。
かくかくしかじかと。
そうしてイージスさんは私のことをまとめたのだった。
「なるほどね。君は記憶を失っていて何となく自分の髪色とかに違和感があるってことね」
「そうです」
私は紅茶を飲みながらそう答えた。
「取り敢えず、思い出せることとかある?」
「……自分の名前くらいしか」
「名前覚えてるんだ」
「はい、夜葉って名前だった気が……」
探偵はフムフムと頷くと、閃いた様に椅子を回転させて中折れ帽の男に顔を向ける。
「スカル君」
「…なんだ?」
中折れ帽の男が口を開いた。
かなりトーンの低い声だ。
「この娘、何処かに住まわしてくれない?」
「……何故だ?」
「この娘、魔法使いだよ?それも割と高位の」
中折れ帽の男は少し考えた後、「仕方ない」と言い地図をすぐさま書く。
そうして地図を私に渡す。
「俺の使っていない家だ。そこに住め」
「あ、ありがとうございます……ええっと……」
「スカル・アルファーノだ」
スカルさんはそう言うと、「鍵を持ってくる」と言い外に出てしまった。
するとイージスさんが話を切り始めた。
「……夜葉ちゃんだっけ?君には言っておきたいことがある」
「なんです?」
「君は元居た場所のイメージが湧くかい?場所の名前とかさ」
「イメージですか?」
私はふとイメージした。
元居た場所は、沢山のビルがあって……。
「すみません、思い出せません」
私はそう答えた。
「そっか……」
イージスさんは仕方なさそうに頷き続けて言う。
「君は一体どうやってここに来たのか。そして君は何者なのか。君はそれを探すことになるだろう。取り敢えず今日は家に行きなよ」
スカルさんが事務所のドアを開けて戻って来た。
スカルさんの手には鍵が二つある。
スカルさんは私の手に鍵を二つポンと落とすと椅子に座って、寛ぎ始めた。
「ありがとうございます」
私は手の中にある冷たい鍵をポケットに入れ、地図を持って家まで歩いてゆくことにした。
プラチナさんとアンバーさんも一緒に……。
「なんで、付いてきてるんです?」
「いやあ、一人じゃ寂しいだろうなって」
その後、紆余曲折あって私たちは友達として付き合う仲となった。
家に住み着いてから数日たった日、スカルさんが家の前にやって来た。
なんだか家の前でずっとウロウロしている。
「どうしました?」
私はスカルさんに声を掛けてみた。
掛けてみたところ、スカルさんはビクゥ!!と少し縦に体を震わせた後、5秒間くらい体を硬直させていた。
「あのー?」
私がもう一度声を掛けてみたところ、スカルさんは「はっ!?」と我に返ったような声を上げ、ゆっくりとクールに「ふっ……」と笑う。
そこで、私は察した。スカルさんってもしかしてだけど、コミュニケーション能力皆無なんじゃないか?
家の前をうろついて居たのは私の家のドアをノックしようにも、恥ずかしさが入り混じってノックすることが出来なかったとか……。
「夜葉か……」
「はい夜葉です」
「お前学ぶ気は無いか?」
「と言いますと?」
駄目だ。この人、思ったより何言ってるか分からない。
「学校だ。学生となって新しいことを学ぶ気は無いか?」
ああ、そういう……。
つまり学校に通わないかと言いたいのだろうか?
私は暗号を解読して、そう解釈した。
「学校ですか……?行きたいですけども今の状態じゃ、学費も払えないので」
「なら俺が払う。決定だな」
スカルさんはそう言うと、何処かに行ってしまう。
数日後、私の家に荷物箱が届いた。
大きな木箱だ。
部屋に持ち込むのには相当苦労したが、私は諦めずにせめてと玄関まで持ち込んだ。
送り主は“魔法総合学校”……。
私は中身を確認すべく、箱を開けた。
「……制服と教科ノートとバックとエトセトラ……」
そして、魔法総合学校と言えば……プラチナさんとアンバーさんも通うと言う学校だった筈……。
その時だ、家のドアがノックされる音がした。
まともにドアをノックしてくるなんて……少なくともスカルさんじゃあないであろう。
私はドアを開けた。
「おーっす!!夜葉ァ!!遊ぼうぜ!!」
アンバーさんだった。
アンバーさんはコミュ力MAXでズカズカと女の子の家に上がり込んでくる。
「……まあいいですよアンバーさん……ところでアンバーさんも魔法総合学校って通いますよね?」
「通うぞ?」
アンバーさんはホヘーとした顔で答える。
「私も通うことになりました」
アンバーさんはマジで?と言い、私に抱き着く。
「……重いです」
「良かったなあ!!スカルの援助か?」
「そうです」
なんだか、私よりもアンバーさんの方が喜んでいませんか?
そうして学校に通うことになったのだった……。
その後の私の生活は穏やかな物だった。
とても充実していて恵まれていて。
でも、私の記憶が戻った時どうなってしまうんだろう?
私は自分の事が気がかりだった。
私が記憶を失う前は高位の魔女だったことは明らかだ。
……記憶を取り戻すとき、私の心はどうなってしまうんだろう?
元の私に戻る?今の私の人格は消えてしまう?……あるいは。
私は沢山の嫌な予感が過っていた。
せめて、この生活が続けば……。
私はこの事柄が悪い伏線にならぬようにとただ願っている。