知りたいんでしょう六区
ああまた始まったよ
テレビに視線を置きっぱにして耳だけ向ける、愛想の返事に延々と言葉を乗せる。
チラリズムの谷間にじんわりと汗が浮かんでて、このボロい居酒屋の空調も馬鹿になってんだ、って改めて思った
「私は知恵がなくて馬鹿だから"本当はすごい"はどうでも良くて
その場で聞いたものがすべて
その場で聞いて好きなら好き、嫌いなら嫌い
技術が高かろうと好きになれなければそれはどうでも良い要素なの
それを"もっと此方を見て"だなんて無粋にも程がある
すごければ褒めるのはすごいと思った人間だけで良いわ」
へー、そうだね、すごいね、だなんて言葉にめげずによくもまあお喋りなことだ
「人を殴る作品が描きたいと言う人がいたけれど
私は絶対に嫌 そもそも暴力はしてはいけないものでしょう
額縁に作品についた血を貴方が芸術だスパイスだと思うなら良いけれど 大抵は汚れが残るだけでしょう」
ずれた肩紐は直さなくて良いよ、そのまま溢したまんまでいなよ。
君の言うことは全て正しいと思う。どうしてそうも日本語が次々出てくるのだろう、それも嘘偽りなく。
煽っても煽っても一向に酔ってくれない脳。やっと気持ちよくなってきたと思ったらもう帰ろうだなんて言い出す彼女。スッキリとした顔で、汗だけじとじと首と胸元を湿らせて。
万札出して、酒くさいルージュを僕に移して、楽しそうに暗闇に溶けていった。チカチカと古い電灯が彼女の足跡を消したり映したり。
馬喰町駅の改札で座り込んで泣いている若いキャバレーの娘
ハンカチを渡すと、大袈裟に頭を下げられ「もう二度と上京なんて馬鹿なことしません、地元で働きます」と言った。
振り乱した髪からひどく汗の臭いがした。
エモイ、エモイ、と謎の民族の呼称を叫びながら横切る派手で若い女達。
終電は空いていた、飲み直そうと自販機で買っていた酒を開ける。
携帯電話には短く「ありがとう」の通知
息を吐くと日本酒とルージュの甘ったるい匂いが微かにした
口達者な彼女への口説き文句を考えるのはなかなか厳しいなあ
「知りたいよ、君を落とす言葉が」
そう呟くと脳の裏で彼女が目を細めて笑う。
「そんなことより今日はロックで飲みましょう 将来のことは将来に考えれば良いわ」
つうと汗がまつ毛を濡らした。