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白き魔女の旅立ち

作者: 氷

 昔々。気が遠くなる程大昔。


世界には邪悪に染まった魔女がいて、人々に恐怖と混乱を与え、生物達は彼女によって次々居場所を奪われていった。


 然し、世界にはもう一人の魔女が立ち上がり、自身を『紅石の魔女』と名乗った。


 世界にばら蒔かれていた邪悪の魔女が産み出す怪物達を狩り、滅亡に追い込まれかけた国や集落を次々に救い、邪悪の魔女が持つ勢力は大幅に減少。


 そして、紅石の魔女と邪悪の魔女が対峙し、長き戦いの末、邪悪の魔女が敗れて消滅し、世界に平和が取り戻された。


 

 そんな世界の、十年後。


「………、あ」


 ぱきん。


 そんな乾いた、枝が弱々しく折れるような音が暗闇に響き渡る。

 音のした方向へ両手を伸ばす。何かに届くような気がしたから。



 ぱき。ぱきん

 ぱきぱき。ぱき。


 ばきっ。


「あ"」


 しまったと思うや遅い。それは大きな、何か硬い物が砕ける音と共に、私の呆けた声を掻き消す勢いで鳴り響く。

砕け、割れ、崩れる。そんな音が真っ暗な空間全体に響き渡って、不意に止まった。

 それに続くようにして、暗闇に一筋の光が差し込む。錆び付いた扉が開かれるような音と共にその光は範囲を広げ暗闇を払い。


 眩い世界が、私の眼前に広がった。


真っ暗だった世界に突如訪れた光溢れる世界。眩しすぎて目を細め、薄汚れた大きな衣服の袖口で目上を庇いながら、ゆっくり前へ、前へ。


 やがて光に慣れてきた為に腕を降ろし、広がる世界を見据えた。


 緑と、黒茶。遠目に見える白い輝き。茶は樹の幹と土で、緑は樹の葉や幹に絡む蔦、或いは生い茂る雑草。白い輝きとは、そんな幹や草木の間から見える明かり。


「………出れて、しまったな」


 呆けた声を、もう一つ溢す。振り替えれば、砕け飛び散った銀鎖の残骸が土の上に飛び散り、頑強な岩肌を持つ大きな洞窟がぽっかり口を開けていた。奥には自身が先程まで居た狭く何もない空間が残っているだけ。もうこれは、『封印』としての効力を失っている事がすぐに判った。


「フレアの奴め、どういうつもりだ。封印を緩めて…勢い余って解いてしまったではないか」


 周囲を見渡し、目的の人影を探す。しかし見当たらない。視界内であれば外か、と思って見上げれば樹の枝と葉によって一部しか見えない青空。そこにもまた、目的の存在は見当たらない。


 視線を戻して瞼を伏せる。こうなれば奥の手と、神経を自身の内から、そして地面へと糸を這わせるイメージ。


「………上手く動いてくれよ。『探せ』」


 冷たい風が自身を中心に一度、巻き起こる。長く延びた白髪が風圧で持ち上げられるのを感じるが、些事と気にせず意識は足元の糸。それらに命じた言葉は意思を持って認識したように四方八方へと広がっていく。


 一部は森の中を縫って進み、一部は樹を伝って頭上を中心に、また一部は背後の洞窟が持つ岩肌を渡って高く登り行く。


 これらは全て、己がイメージの具現である。想像し、目的を与え、その望みを成就させる。勿論何時もとはいかないが、叶えるだけの力ある者、あるいは土地や気候が力の源となる『龍気ドラゴリア』を多く持っていれば行使する事は可能だ。総じて、そんな力を『魔法』、『龍力』、『奇跡』等様々に呼称されているが我々はその力に良く似た表現である『魔法』と呼称している。尤も、そう呼称するには我々の種族的な呼称が理由でもあるのだけれど。


 暫く、私はそうした『魔法』を用いて捜索を続けていたのだが、数分経過したものの成果は得られない。この場自体は小さな孤島、故に海辺も広くはないし、山の上ともなればよく見渡す事も出来る。それでも尚、『フレア』は見当たらない。


「――『解除リ・ドラゴリア』」


 そう呟くと共に閉ざした私の視界に映り込んでいた複数の光景は突如、光を失ったように喪失する。別に驚きは無い、今言葉にした通り『魔法を解除かいじょ』しただけだ。捜索魔法が効力を失えば当然その効果によって得られている映像は消える。何せ私は、瞼を閉じているので暗くなるのは当たり前。

 目を開くと視界に広がるのは相変わらずの森である。当然、周囲に目的の人物が近付いてきた様子もない。


「おかしいな、暫くは島に籠もっているという話だったのに…何故見当たらない?」


 無数の糸によって島中を文字通り見渡した私は、それでも見付けられない状況に違和感を覚えている。探している『フレア』とは外見がこの緑溢れる世界に埋もれるような色とは正反対の、真っ赤な髪を持つ人型を持っている。隅々まで探して見落とす方が難しいというもの。で、あれば考えられる可能性は二つに絞られる。


 一つ、私をからかう為に自分の姿を隠す魔法を行使している。二つ、島を出た。


「………封印を解く理由にはならない。全く、どこへ行ったのだ? あの粗暴女」


 腕を組み、零れる溜息が一つ。口が悪くても性格がいちいち真面目な彼女に限って、どちらの理由も無いだろう。彼女が意図して『約束けいやく』を違える筈が無い。ならば考えられるもう一つの可能性。『意図しない出来事に巻き込まれ、封印が解けた』。


「仕方ない、あの者に聞くとしよう。『集え我が元に』」


 私は右腕を振り上げ、瞼を確りと開き上空を見上げて『詠唱』を始める。周囲に再び白き粒子が舞い、その量を次第に増やして、瞬く間に霧のような濃度を持ち始めた。


「良好だ。『我が名、白淵の魔女(はくえんのまじょ)がコールド』、『白灰の龍気よ、我に空舞う翼を授けよ』!」


 声を張り上げ、宣言を聞いたかのように一瞬、世界の刻が停止。直後に私の周囲を取り囲むように鏡のような反射性を持った氷が地より出で、視界を遮り私自らの姿を示した。

 そこに立つのは、腕を振り上げた、伸びきった白い髪を持つ白肌の少女。銀色の瞳は周囲に漂う『龍気』に反応するように妖しく輝きを示し、今にも千切れ落ちそうなボロのワンピースを羽織っている。そんな姿が、足下より出でる氷の茨によって絡み付かれ、凍結させられていく。

痛みはない、それは自身の力による変貌であるが故に。


 途端、世界が凍てつき、私の体も凍り付く。だがそれは一瞬の事。一時的に世界が漆黒に包まれ――激しく、硝子が砕け散るような音を響かせ、再び視界が色を取り戻す。緑の森が白い粒子と共に襲い来る風に揺さ振られ激しく葉を散らせているのが見えた。樹木の内側に隠れていたらしい小さな生物の姿も見て取れる。少し、大きな魔法を行使するには適さない場所だったと後悔するが、今は仕方ない。


(すまない、島の住民達。少し騒がしくするが、緊急事態故、許してくれ)


 重い何かが地を踏む音。土の感触がそこから自身へと伝わってくる。両足が地に着き、背には確かな双翼の感覚があり、一度大きく揺らせば暴風の如き風が巻き起こる。そうして頭上を見上げれば、一度『前足』を地へと突き、翼を大きく開いて持ち上げれば、力強く全てを足下に叩き付けるようなイメージで、飛翔。

それは跳躍に等しい。脚力と、翼による風の圧により自身の体を広い上空へと打ち上げた。


 今の私は、全身を白い鱗で覆われ、長い爬虫類のような首と、尖った角、牙を口端から覗かせた翼竜の姿となっている。長い尻尾、太く筋肉質の両手足は力強さを私に伝え、自身の姿が今は世界における強者の其れへと至っている事を示してくれていた。銀色の瞳は青空を見据え、雲一つない空を見上げればもっと高く上ってみたくなる衝動にさえ駆られるが――今、それは許されない。私の目的は、ある場所へと至る為にこの姿を得たのだから。


(あそこか、『管理者の蜃気楼かんりしゃのしんきろう』)


 身を捻り、姿勢を整える。翼を羽ばたかせ、首は、上空に浮いた無機質な灰色の壁を持つ建物へと向いている。

翼と、身を揺らして姿勢の微調整を行いながら、速度を上げて近付き、風圧を受けながらも瞬く間に距離を詰め、姿勢を急に頭上へとか傾け急浮上。そのまま直進しても建物には入れないからだ。

 目標は、その建物の、屋上―――


(せーえーのッ!)


 上空斜め上へと至れば、再び姿勢を建物の方へと傾け、急降下。重力の力を受けて加速した巨体は一直線に建物の屋上を捉え突撃する―――が、それはまるで阻むような半透明の膜によって受け止められた。加速を重ねているが故に大きく内側へと膜が歪んでいるが、貫くに至らない。それどころか、反力があるその膜はドラゴンの巨体を押し返そうと力を得ている事が判る。このままであれば、やがて私は再び空へと放り出されるだろう。


 だから、私はこうするのだ。


(『解除』、そして)


 心の内にて呟き、ドラゴンの体が砕け、生身の私が具現する。まだ勢いに押され切ったままの膜は戻らない。しかしあと数刻もしない内に反力が私へと襲いかかるだろう。


 そのままであれば。


「『再収束』、そして『貫け(アイスパイク)』!」


 落下する勢いに任せて右腕へ高速に収束した白き力。

力任せにそれを膜目掛けて振り下ろし――


 白い光が膜を切り裂き、開けた隙間から私の体は膜の内へ。

直後、轟音と共に膜が持ち上がり、周囲に舞っていた、ドラゴンの姿の残骸となった白い粒子の塊を空へと吹き飛ばしてしまった。


「―――せりゃあっ」


 その間、私の落下は止まらず建物の屋上へ。しかしそのままぶつかるような真似はしない、よって力を全力で叩き付け、勢いを殺す。気合いを込めた声に応じるように白い粒子が眼前に風圧を作り、勢いを収めてくれた為、難なく屋上への着地に成功―――


「ギャー!!! なんだ、なんだよ、なんなのさあっ!?」


「おや」


 不意に聞こえる悲痛な叫び声。

地に片膝を着いたまま周囲を見渡すと、目を見開いて地に尻餅をつくような姿勢で唖然としている、黒い毛並みを持った猫がいた。右手には茶色い木の杖と、首元には灰色の首輪が着けられているが、口を動かし喋っているのは確かに彼である。

 他人行儀に説明したが、彼は私の知り合いだ。


「やあ『賢者くん』。元気そうだね」


「あ、あ、あんた!なんてことしてくれて…いやそもそもなんでこんなとこにいるのさッ!?」


 悲痛極まった叫びを挙げる黒猫もとい賢者くん。ちなみに『くん」までが愛称であるが、それはさておいて――周囲の惨状に目を遣った。

建物は壊さないように気を遣ったつもりが、建物の床からは氷の柱が無数に伸びていて、賢者くんは磔になるような形で凍りのトゲに捕らえられてしまっていた。

 気付いていなかったわけではないのだが、ついつい久しぶりの彼の動揺を見られてつい、悪戯心が芽生えてしまっただけなのだが。


「だって君があんな面倒な結界張ってるからさ、強引に突破しようとするとこうなっちゃうんだ。許して欲しい」


「許せるかぁいっ!?」


「第一、私がここに来た理由なんて君なら想像出来るだろ? イレギュラーな事象なんだからさ」


 彼の苦情は一先ず流し、魔法の『解除』で白い粒子へと変えて行きながら、話を本題へと戻す。こんな場所まで足を運んだのだ、無駄話よりも用件を送球に済ませなければ。

 ただ私はこの時すぐには気付けなかった。彼が「何の話だ」とでも言いたげに首を傾げていることに。


「さて、本題なのだけれど。フレア――紅石の魔女(こうせきのまじょ)はどこ?」


「……、は?」


 私の問いにすぐ答えを言ってくれるだろう、そう期待したのだが。

 彼は何故か、意味が判らないといった、訝しい視線を私に送ってきている。何故なのか。


「だから、紅石の魔女だよ。何処に居るのか知ってるだろ、早く教えてくれ」


「ちょ、ちょっと待って! 話が見えない、そんなのあなたの方が詳しいんじゃないの!?」


 沈黙。そして、首を捻る。

 彼の言っている事がよくわからない。私が此処に居るのが、私が彼女を知らない何よりの証拠ではないのだろうか。しかし、彼は酷く驚愕と焦りに満ちた様子で言葉を続ける。


「確かに『封印』が破れた事は僕らも観測したさ。でもそれはあなたが内側から破壊したもので、誰かが解いたわけじゃない。だとすればあなたが何らかの方法で紅石の魔女を殺害した、そう思ったって不思議はないだろっ?」


「………待ってくれ賢者くん。何か、話が食い違って…、そもそも私一人では『封印』は解けない。当然外から彼女に干渉する事も出来ない。それは、紅石の魔女が…フレアが私と『約束』を交わしているからだ。君とてそれは知っているはず」


 変だ。何故か、彼は私が主犯だと思い込んでいる。確かに今日、私はつい脅威本意で封印を内側から解くような真似はしてみた。だが、強力な紅石の魔女が持つ魔法によって私が今持てる全力を出しても解けないように細工されている。それを認識した上、暇潰しでもするつもりで触れただけだ。その時点で、フレア自身に手を出せるようなタイミングはないし、そもそも長い封印で力の劣化を受けている私では数百同じ存在が居ても彼女には及ばないと思っている程だ。

 だから、彼の言う『殺害』だなんて無理な話である。


「まさか、この期に及んで自身は白だと!? いや確かに色は白だけど…じゃなくて! 封印を解いて僕のところまで乗り込んできたあなたが、そんな事言って信じて貰えると思うのか? …突然消えてしまった、なんて話を信じろと?」


 責めるような声色に雰囲気に合わない抜けた言葉を挟みながら語る彼は、徐々に声のトーンが弱々しくなっていく。しかし、その気持ちは私も同じだ。


 だって、これはつまり。管理者である彼らが、その島に住んでいる魔女の一人の行方を知らない、という事なのだから。


「知らないのかい。彼女が何処へ行くか、そんな書き置きすらも…、なかったのと?」


「まさか……そんな、いや確かに何処かへ行くなどという話は無く、一週間ほど前から彼女の行方がわからなくなっていて…けれど元々島を抜け出していく事は多々あったから、その時はあまり気にしていなかった…そ、その上で・邪なる白淵の魔女が封印を解いて出てくる、なんて」


 つまり。

フレアの身に何かが起きた。封印を維持する力さえ、失う程に。


「…最近フレアが向かった街や場所のリストをくれないかな。洗いざらい全部」


 思考を切り替え、私は賢者くんに詰め寄る。しかし賢者くんは真剣な表情で「それは出来ません、っていうか世界の敵になっていた貴女を行かせられるわけないでしょ!」と怒鳴られる。彼の言うとおりである事はわかるが、けれど。


「わかってる。けれどあの子は私の唯一の肉親みたいなものなんだ、放っておけない。頼む、賢者くん」


「駄目ったら駄目!! あなたが出て行ったら、探すどころじゃ…きっとフレア様との『約束』だって保てなくなるよ!?」


 平行線。確かに、私がここに封印されていた理由は『世界の脅威』になっていたからだ。表向きは色々と事情が異なっているらしいが、私がそのまま表世界へと顔を出せば、きっと混乱を招くだろう。それは承知している。


「だが、私の封印は現に解かれた。私の復活は、遅かれ早かれ龍気を伝って誰かが嗅ぎ付ける。そうなってからじゃ―――」


「嗚呼、遅いだろうねェ…間違いなく」


 私の続く言葉を、不意に聞こえた誰かの声に上書きされた。

周囲を賢者くんと共に見渡すと、その姿は音も無く私達の背後に現れた。そこに、龍気の気配さえ感じられず――。


「あ…主殿ッ!! なんという丁度良いタイミングで…!」


「久しいなあ賢者くん。いやなに、不穏な気配を感じたので通り過ぎる途中で立ち寄ったまでさね。……それがまさか、アンタの復活を示してるとはね」


 黒装束の老婆が、そこには立っていた。猫背で肌には皺が浮かび、大きな三角帽子のせいで目元は見えないが真っ直ぐに私達を見据えている事は判る。その鋭い眼光は、目元が見えずとも龍気を伝って体に突き刺さるかのようだ。


「…じゃあ、今度は君が私を封じてくれるのかな? 黒魔女さん」


 身を強張らせる。この魔女の本質は、誰も知らない。

しかし、その魔法は数多くの魔女が及ばず、届かず。圧倒する存在とされていて、この島を管理する賢者くんでさえも彼女を主と崇める。ちなみに賢者くんは魔女であれば大抵ため口で話すのだが、彼女に対してだけは特別らしい。


 私の問いを聞いて、黒魔女は表情一つ変えず、「するわけないだろ、そんなめんどくさいもの」と吐き捨てた。


「ならば、私を滅しに? 確かに君ほどの実力者であれば――」


「ごちゃごちゃ五月蠅いねえ、何かする前にささっと思考停止して諦めてんじゃ無いよ。全く、これだから若輩者の魔女は…」


 私の問いに対して、彼女が発するのは愚痴染みた言葉。呆れたような溜息に続いて、帽子の鍔を持ち上げ、貫くような金色の眼光を向けてくる。顔に貼り付けていた笑顔が凍り付くのを感じた。まるで猛獣か何かだ。


「…で、あれば用件が見えない。私はフレアを見付け出さないと。彼女には私の封印をしっかり続けて貰わなければ。だから探しに行く、邪魔をするというなら、」


「だからごちゃごちゃ五月蠅いって言ってんだ。アタシの話を聞きな!」


 一喝され、私は言葉を止めざるを得なくなる。では一体彼女は何をしに現れたのか。

それは、すぐに説明された。

 

「あんたが探しに行くのは止めやしないよ。勝手にどこへでも行くがいいさ。だけど、『魔法抜き』でだ」


 私と賢者くんはその説明を聞いて、首を傾げる。


「白淵の魔女、アンタにはアタシと『魔女契約』を結んで貰う。契約の内容はこうさ」


 黒魔女は私に右手を突き出し、何かを唱えた。すると、頭の中にはこんな内容が流れ込んでくる。


『汝、白淵の魔女は本日より魔女としての力を失い、人と同じ肉の体を得る。龍気はその才能以外で昇華はされず、人間と同じ程度の力しか行使出来ないものとする。更に人と同じ死の概念を得、寿命が人間同等になる。この条件を呑めるならば、汝が人の世に旅立つ事を保証する』


 私は目を見開き、黒魔女を見据える。彼女の表情は、真剣そのものだ。

 けれど確かに、これならば私が『邪悪なる白き魔女』と疑う者もほぼ現れないだろうし、他の魔女に不安を与えずに済むかもしれない。よって、


「契約成立だ」


「何っ!?」


 私が同意した瞬間、驚いた声を挙げたのは黒魔女の方。しかし彼女が何かするよりも早く私の体は白い光に包まれて行くのが判る。

唖然としている黒魔女を見遣れば、私は笑みを浮かべた。


「この契約を呑めばフレアを探せるのだろ? 乗らない理由がどこにある」


「魔女の権能を丸々捨てさせる契約だぞ、これは…。アンタ、ちゃんと考えたのかい…?」


 判っている事だ、と頷く。

 体から、本来持っているはずの力が消えて行き、代わりに重みを感じるようになっていく。

恐らく、魔女たる種族の特性、龍気で構成された体が失われ、その部分が肉へと変貌しているのだろう。


 異常な事では、ある。

 人でないものを人にする、なんていうのは神にも届く魔女dえもなければ不可能だ。で、あるなら彼女はそれだけの階位にいる存在という事になるが、誰もが彼女の正体を知らない。賢者くんはどうかは判らないけれど。

 そんな高位の魔法を抵抗せず受け入れていた私に対し、黒魔女は溜息を浮かべつつ諦めた様子で背を向けた。


「…賢者くん。そいつに武器とくれてやれ、それと転移場所を選ばせてやんな」


「えっ、で、でも」


「さっさとしなァ!!」


「はいぃ!!」


 私が力を失っていく最中、黒魔女が賢者くんを一喝して命じると彼は大慌てで建物の屋上から下の階へと降りていった。


「武器に、転移場所…?」


「はん、さすがに力を失ったアンタを丸腰で外の世界に行かせられるわけないだろ。餞別代わりだよ、ついでに場所もね。そこから先は全部自分の足で、腕で、頭でどうにかするんだ。詰まったら人間と会話したりしてみるのもいいだろう。人間になっちまう以上、一人でどうにかしてた頃とは思うんじゃないよ? あっさり足下掬われて…目的の人物と巡り会えずに人生を終えるって事もあるだろうからね」


 饒舌な様子で彼女は言葉を残す。すると、彼女の体は黒い霧のようになってその姿を喪失させて行く。


「何故、私にそこまで?」


「バカだね、あんたの為じゃない。馬鹿な弟子の為だよ」


 瞬間、彼女は跡形もなく喪失した。『弟子』、と言っていたが、私が人として世界に降り立つ事で彼女の弟子に何かの恩恵があるのだろうか。

結局賢者くんが戻ってくるまで首を捻っても、何も思い浮かぶ事はなかったのだが。



 ―――数刻後。

私は人の体を得て、賢者くんから直剣が収まった鞘と、幾つかの飲食料、そして衣服を貰い一先ずは近くの街へと転移させてもらう事となった。


 外見は、随分と変わっている。白銀の瞳だけは性質として変わらなかったようだが、髪は最初よりずっと短く腰程度まで伸びた長さとなり、漆黒に染まっている。衣服はといえば、実はあの時なにも纏って居なかったので新しく賢者くんが持ってきたものに着替えた。黒いマフラーに青いジャケット、灰色のブレストプレートに厚手の布シャツ。黒いベルト、ショートパンツは履き慣れず違和感はあるが、動きやすくはあり、肌を守る為の黒タイツを身につけている。そして足にはプレートが入った少し重たい靴と、腰には受け取った銀色の柄を持った剣が茶色の鞘に収められ、ぶら下がっている。


「はあ…まさかこんな方法で人間界にあなたを送り出す日が来るなんて」


「そう溜息をつかないでおくれよ。これなら私から『白淵の魔女』たる龍気は発生しないし、支障はないはずさ」


 転送魔方陣まで足を運びながら、後方から聞こえる賢者くんに苦笑いを浮かべる。

ただ、問題があるとすればかなり動きづらいという点だろうか。魔女の姿のままだったなら、力も体力も幾らでも強化できる為に感じた事のないそれだが、慣れるまでにはまだまだ時間が掛かるようだ。

 しかし、それすら愉しんでいる様子の私を視て、さらに賢者くんは溜息を溢す。


「その好奇心があなたを邪悪なる魔女に至らしめたという事を何卒お忘れなきよう」


 人の体を得たから、だろうか、彼の言葉が強く胸に突き刺さったかのような錯覚。思わず胸元を抑えるが、当然何もありはしない。

首を傾げながら、魔方陣の上へと乗ると賢者くんが詠唱を始め、私の告げた街の名を口にしてくれる。


「迷惑を掛けてすまなかった、賢者くん。今度在ったら是非礼を―――」


 最後まで、言葉を発する事が出来ないままに、私は光の彼方へと呑み込まれて行き。


 目を瞑り、再度開いた時には、見知らぬ街の広場に、立っていた。

周囲には多くの人々が入れ違い、通り過ぎて行く、そんな光景が繰り返されている。


「………これが人の世か」


 今までは、魔女として遠目に見据えてきた世界。

かつては小さな少女、時には国の重要人物と対話した事もあったが、それらは全て魔女の身によって行った出来事。


 ここから先は、人としての道。私は人として、肉親たる紅石の魔女を探さなければならない。けれど、それがどれだけ時間の掛かる事でも、険しい道でも構わない。

 だって私は、彼女の手によって封じられていなければならないのだから。彼女に誓った『約束やくそく』は、彼女が居なければ成り立たないのだから。


「けれど、今は――――」


 さて、どこへ行こうか。


 今だけは、人としての生という、二次的な楽しみを得たので。

私を放ってどこかへいった彼女に、文句のついでに聞かせる思い出話を、作って行こう。



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