ルームメイトが疲れ果てています。
新学期の始まる三日前に入寮して、部屋へ入ったらクリス君が生ける屍になっていました。
「クリス君!? ちょっ大丈夫ですかっ? 顔真っ青で…こんなに窶れて……」
部屋の隅に膝を抱えるように蹲っているクリス君。
頬は痩けていますし、目の下に隈がハッキリとあります。雰囲気もどよんとしていて、視線があってません。
「クリス君! クリス君、大丈夫ですか? 体調が悪いのですか? 医務室へいきますか?」
「……ぁ、カインくん……?」
「はい、カインです。風邪ですか? それとも、」
「………女の子、こわい……」
「え?」
額に手を当てますが熱は無さそうです。
何処か痛いのか聞こうとしたら、ポソリと呟かれました。
女の子?
思わずポカンとしてしまいましたが、クリス君は呟いた後、ふるふると震えて俯いてしまいました。
とりあえず、床に座ったままは駄目だと思ったので、立ち上がらせてクリス君のベッドへ腰掛けてもらいます。
あぁ、何だが腕も少し細くなってしまっている気がします。
寮部屋の、僕やクリス君には居ない使用人用の部屋には、何時でもお茶を淹れられるように、簡易コンロが置いてあります。
僕はそちらの部屋で豆茶 (麦茶のような味のするお豆のお茶です) を淹れ、クリス君に渡します。
「クリス君、休暇中に何かあったのですか? 女の子って、ハンナさんやプリシラさんに、何か言われたのですか? 」
両手で包むようにカップを持ったクリス君が少しずつお茶を飲むのを見ながら、一緒に食べようと作ってきたサブレをお皿に出してサイドテーブルに置きます。
どうぞ、と手で示せば、クリス君はゆっくりとですが、食べてくれました。
食欲はありそうです。良かった。
お茶を飲んで落ち着いてきたのか、クリス君はぽつりぽつりと、夏季休暇におこったことをお話ししてくれました。
最初の二週間ほどは、ハンナさんもプリシラさんも、仲良くというか、普段通りに過ごしていたそうです。
しかしある日、クリス君が図書塔で調べものをして戻ってきたら、お二人がムスリとされていたそうです。
その時クリス君は、女の子同士の事に男が口を挟むと厄介なことになるから、と気付かない振りで過ごしたそうです。
「昔、姉が友人と喧嘩した時に、仲裁しようとした姉の同級生 (男の人) が、可哀想なくらい八つ当たりとか、被害を受けているのを見たので……」
障らぬ神に祟りなし。って感じでしょうか?
それでも、昼食を三人で折半して節約する約束なので、関わらないわけにはいかず、気付かない振りをしつつも一緒に過ごしていたのだそうです。
日に日に、ピリピリした雰囲気を増してくる二人に、どうしようかと考えつつも、口も手も挟まずに傍観するしかなく。
休暇の半ば頃からは、昼食以外の時間は図書塔や温室、残っている先生方を訪ねて勉強をして、二人とは行動を避けていたそうです。
「休暇明けにお茶会があるって、お知らせがあったじゃないですか。寮に残ってた人へも、部屋に招待状が配られたんですけどね…」
招待状を貰った日、夕食のために食堂へ行くと、二人は普通にお話ししていたそうです。
仲直りしたのかな。とクリス君が近付くと、早速お茶会の話題になったそうです。
「学園主催とはいえお茶会ですから、制服ではなく、かといって貴族のようにドレスはもっていないので、平民や下位貴族、針子さんと予定の合わないような人には、学園側が衣装を貸し出してくれることになっていると言ってて、ドレスの話題で二人が盛り上がってました。それで、僕にも聞いてきたんですよ。貸し出し衣装を一緒に見に行かないかって…」
クリス君の実家は商家です。
平民向けは勿論ですが、たまに貴族の邸に出入りもするので、年に一度、
一着はフォーマルな衣装を作りますし、貴族から茶会や夜会への招待も受けるので、時々で必要な小物なんかも一揃え所持しているそうです。
平民だからって、招いたくせに扱き下ろされたり嘲笑されたりするらしいですが。
何処の何方ですかね? そういう下らないことする方は。
ちょっと御名前聞いても良いですか?
閑話休題。
お姉さん夫婦が跡を継いでいるとはいえ、商家の長男はクリス君ですから、その肩書きが必要な時もあるのだそうです。
クリス君が簡単に説明して、衣装はあると答えたところ、ハンナさんとプリシラさんが、何故か自分のドレスもクリス君に用意して、と言ってきたそうです。
「……え、何故ですか? 」
「分かんない。なんか、僕は実家から持ってくるっていったら、ふたりがそれぞれじゃあ私も安心ね。みたいなこと言い出して、そこから、私のはあるけど貴女のはない、とか、クリスが用意するのは私のドレスよ、とか言い合い始めて…」
その時のことを思い出したのでしょうか、深く息を吐いたクリス君は、意味がわからない。と俯いてしまいました。
「クリス君が用意するとか、プレゼントするとか言った訳ではないんですよね? 」
「うん。僕は僕の衣装のことしか言ってないよ。ドレスを持ってる筈ないし、なんで二人は僕がドレスを持ってると思ったんだろう? 」
クリス君が用意するのが当然。みたいな雰囲気で言い合いをする二人に、クリス君も意味がわからなくて、そしてある筈もないので、二人に言ったそうです。
ドレスはないよ。と。
そうしたら、今度は二人がクリス君に文句? を言い始めたそうです。
曰く、私のドレスなんだからクリス君が用意するのは当たり前でしょ。と。
曰く、買うのではなく、クリス君からのプレゼントとして貰うのだと。
曰く、クリス君と合わせたドレスが良い。と。
曰く、小物や靴も当然一式用意するべきだ、と。
「………何故」
「………解らない」
ドレスなんて、どんなにシンプルに作ったとしても ‐ いえ、シンプルには作れないから “ドレス” なんですけど ‐ とても高いです。
それを、クラスメイトにプレゼント? 婚約者ならば分かりますが、恋人ですらない異性へ、しかも服飾の贈り物は、まずあり得ません。
身に付ける物を贈るのは、求婚であったり、愛情の表れであったりと、意味があるのです。
「あ、あぁそうです。お二人は平民ですから、贈り物のマナーは知らないのでは? 」
「いやでも、普通に考えて、クラスメイトにドレスはおくらないですよね? 」
「……解らないですね~」
「……解らないです」
二人で頭を捻りながら、だけど結局何も解らないままその日は終わりました。




