孤児院でのお手伝い、見学です。
マーラ姉様のお話を聞きながらやって来たのは、裏庭のような場所でした。
裏と言っても、南東に位置するので日当たりが良く、庭というか……畑ですね。
扉を出た一歩目で、柔らかく茶色い畑の土を踏んでしまいます。
「姉様、ここは?」
「孤児院では、野菜を育てているの。今日は畑の作業のお手伝いをさせていただくのよ」
「そうなのですか。だから姉様の服、ズボンなのですね?」
「スカートでは動きづらいもの」
姉様は畑にいた数人の子供達に声を掛け、自らも畑の中へ入っていきました。
僕は此所で見ていなさいと言われてしまいました。
服装や靴が、何時もの‐貴族としての‐ものなので、汚すとケニーや洗濯をしてくれている侍女さん達に怒られてしまいますから。
姉様と子供達は、最初に畑の雑草を抜き始めました。
畑を広げるのでしょうか? 数人は畑の脇の方の雑草を抜こうとしています。
あ、葉っぱの部分だけ千切れてしまったようです。ん? 指で地面を掘り始めて…どうやら根っこを掘り起こしているようです。
雑草って、確か根っこが残っていたら、すぐ生えて来てしまうのですよね?
細かく丁寧です。
姉様は畑の中の雑草を抜きながら、植えてある物の様子も一つ一つ観察しているようです。
近くにいる子に何かを聞いて、頷き、また観察しています。何かあったのでしょうか?
暫く雑草を抜いた後、姉様は僕の方へ歩いてきました。
「カイン、今からお水を撒くの。そこにいると濡れてしまうから、もう少し奥へ下がってもらって良いかしら?」
「はい。これくらいですか?」
「そうね、それくらいよ。気を付けていてね」
扉の後方へ入った僕の傍に来た姉様はにっこり笑うと、素敵な光景だからキチンと見ていてね。と畑へ視線を向けました。
子供達も、畑の外側へ移動しています。
何が始まるのでしょうか?
「………、わぁっ!」
シスターとは少し違う復を着た方が来ると、畑の中央まで歩いていき、何かを呟きました。
すると、水の粒が空から降ってきました。
手の動きに合わせるように水の粒が現れては畑へ静かに降り注がれていきます。
あの方は水魔法が使えるようですね。
凄いです。初めて魔法らしい魔法を、しかも魔道具ではない魔法を見ました。
水は畑の土を崩さない程度に細かくて、だけれど土の色が変わるほどたっぷりと撒かれました。
畑の作業はこれで終わりなのか、水魔法を使われた方は、畑の様子をぐるりと見て回ると、子供達と一緒に行ってしまいました。
「姉様、あの方達は何処へ行かれるのですか?」
孤児院は僕のいるところです。
子供達とあの方が行かれた方は建物は無く、孤児院と教会を囲う塀があるだけに見えます。
「敷地の外側は森に近くて、そちらの方には果物のなる木が数種類あるそうよ。孤児院では自給自足が基本だけれど、果物はちょっとした収入になるみたいなの」
「そうなのですか? あれ、でも物を売るのは、」
「ええ、どんなに少量でも、物の売買は商業組合の会員がきちんと税金を納めながらでないとダメ。でも、教会も孤児院も、基本は民からの寄付で成り立っているわ。だから、商業組合も領主であるお父様も、目をつむっているの」
収入が不安定過ぎる、というか、ほぼ十割寄付での運営を強いられている教会や孤児院に、会員になるための審査は通ることはまず無理ですし、なれたとしても会員費‐税金を納め続けるのは難しい。
そのため、ある程度の売買はどの領地・組合共に、目をつむるようになっているのだそうです。
暗黙の了解、というものですね。
「それに、教会や孤児院が無くなってしまうと、困るのはその地域に暮らしている方達だもの。教会が無くなってしまえば治癒魔法を使える方を探すのも困難、薬師の方だって教会を拠点にされるから、薬が手に入らなくなってしまうわ」
孤児院が無くなってしまうと、子供だけで長期間留守番をさせるはめになってしまう冒険者さんや、感染病にかからないように避難させる場所が無くなる住民さん。
他にも、細々した事柄で困ってしまうのだそうです。
「教会というのは、とても大事な場所なのですね」
「そうよ。私達にとって無くてはならない大切な所なの。だから、果物を取りに行くのは、私達は着いていけないし、聞いてはいけない、見てはいけないことなのよ」
「はい、目をつむる。ですね!」
最後の言葉で片目をつむり笑った姉様に、僕も笑顔で頷きました。
目をつむるのも、お話を聞かないのも、大切な貴族の嗜み、です。
果物の収穫は、僕達には手伝えないので、教会の方へ戻ることになりました。
教会へ入っていくと、丁度母様とシスターのお話が終わったみたいです。
母様にお辞儀したシスターが教会から表の方へ出ていくのが見えました。
「母様」
「カイン。おかえりなさい、マーラも。どうでしたか?」
「色々なことを姉様に教えてもらいました。楽しかったです」
「野菜の成長は今のところ順調でしたわ」
「そう、良かったわ。さ、そろそろ帰りましょう。あまり長居しても気を使わせてしまいますからね」
母様に促されて馬車に乗り込みます。
馬車の中で、母様に僕も姉様のようにお手伝いがしたいと伝えたら、自分のお勉強を疎かにしないという条件をもらいました。
魔力検査が終わったことで、僕にも家庭教師がつくそうです。




