カイン・ロンガヴィルになりました
連載します。
不定期になりますので、気長にお待ちください。
変だな? と思ったのは、何時だったでしょうか?
最初は、ほんのちょっとの違和感。
昼間、母親の腕の中で、細めの両刃剣を持って家庭教師と打ち合う兄を眺め。
夜、夢の中で片刃の刀をガラス越しに眺め。
昼間、パニエで膨らんだドレスの裾さばきや礼儀作法を学ぶ姉を見て。
夜、着物の着付け本を横目に実践する姉を見た。
昼間の出来事と、夢に見るものの違いに違和感を覚えつつ、自分で動かせない体と言葉にならない声を上げるだけの口では何も出来ずに日々を過ごしていきました。
二才を過ぎる頃には、夢の中の出来事は所謂『前世』と呼ばれるものだと、今生きている世界が、僕にとっては『異世界』なのだと自然と納得していきました。
三才になる頃には、自分の中で折り合いがつきました。
その頃には舌足らずながらも喋ることも出来て、一人で歩けるようになりました。
そこからは、前世とは全く違う世界を楽しむために、色々なことを学び始めました。
僕の名前は、カイン・ロンガヴィル、今は三才を半年ほど過ぎました。
ロンガヴィル子爵家の末っ子です。
剣を習う三才上の兄、ルーベンスを観察しながら剣の教師に色々質問をして。
淑女教育を受けている二才上の姉、マーラを見ながら侍女との仕事の違いを質問して。
僕の世話をしてくれてる侍女? 乳母? のケニーに庭に咲いてる花の名前から、侍従長の一日のスケジュールまで質問して。
立派にナゼナニ坊やになりました。
「ねぇケニー。おにわのていれは、にわしさんがしてるんですよね? ぼく、にわしさんにおはなしがききたいです」
「カイン様、庭師には樹木を扱うものや、花壇や生垣を扱うもの、芝を扱うもの、石材を扱うもの等、専門がおります。本日は樹木担当になりますね」
毎日誰かしらに話を聞いて質問している僕に慣れてきたのか、ケニーは色々先手を打って調べてきてくれます。
ケニーは元々ルーベンス兄様のお世話をしていましたが、僕が産まれるのが分かり、少し早いけれど兄様には侍従が付くことになって、僕のお世話をしてくれることになったのです。
ケニーは優しいおばぁちゃんって感じですが、背筋がシャンとしてて足腰もしっかりしていて、見た目に反してとても若々しいです。いったい何歳なのでしょうか?
気になりますが、女性に年齢を聞くのは失礼なので謎のままです。
ケニーに連れられて、裏庭にある庭師用の小屋に入ります。
小屋と言っても、庭師さん達が休憩したり食事したりする場所なので、軽く八畳はあるロッジですね。ここで充分生活出来る気がします。
「失礼します。トムさんいらっしゃいますか?」
「おぅ、ケニーか。どうした?」
ノックをして声を掛けると、中から髭もじゃのおじいさんが出てきました。
筋肉が身体中についていて、何と言えば良いんでしょう? ずんぐりむっくり? ムキムキまっちょなおじいさんです。
「こんにちは」
「ん? …こりゃ、坊っちゃんじゃないですかぃ。どうしたんです、こんなところで?」
声を掛ければ、やっと視線を下に下ろして僕を見るトムさん。三才だから、見えなかったみたいです。
ケニーが簡単に目的を話せば、トムさんは直ぐに納得したのか、笑顔で頷いてくれました。
くしゃってシワがよった笑顔はとっても優しそうで、童謡にあったくまさんのようです。
「坊っちゃんは噂通り、知りたがりなんですねぃ」
「うわさとは、なんですか?」
「はは、下の坊っちゃんは好奇心が大分大きくてやんちゃだと聞いてますわぃ」
トムさんは笑いながら僕とケニーを小屋に招き入れてくれて、椅子を勧めてくれました。
どうやらダイニングテーブルみたいです。真ん中に水差しがあって、隣に焼き菓子が入った器があります。
きょろりと見渡せば、小さなキッチンに食器棚。
入り口のドアと反対側には、庭師さんの道具と思われる物が壁につり下がっていたり、床に置かれていたりしました。
「とむさん。あのふくろは、なんですか?」
「袋? あぁ、あれは薬草ですねぃ。その隣の茶色の皮袋には、花の種が入っとりますわぃ」
「たねは、かわのふくろにいれるんですか?」
「はいな。麻袋…あの薄茶色のに入れておくと、隙間から土や水が入ったりして芽がでちまうんですわぃ。皮なら何にも通しませんで、保存に良いんですわぃ」
座って直ぐに質問をする僕に微笑んだトムさんは、分かりやすく色々なことを教えてくれました。
ケニーはいつの間にかお茶を淹れてくれました。
色んな道具も、小枝を払うのに使うものや、太い枝を切るもの、丸太を運ぶための道具もありました。
驚いたのは、庭師さんの道具には一つも魔石が使われていないということです。
魔石とは、魔物と呼ばれる、命の営みから外れている生き物から取れるものです。
魔物とは、魔力と呼ばれるエネルギーを持ち、強靭な肉体と凶暴性があり、番を作って子を成したりはしないもの。
その魔物の核となっているのが、魔石です。
魔物は、魔力溜まりと呼ばれる場所から受肉したり、生き物が許容を越える魔力を溜めてしまって成ると言われています。
魔石は魔物の魔力を溜め込んでいる、云わば魔力の塊なのです。
その魔石を加工することで、日常生活に欠かせない魔道具となります。
魔道具は魔法の適正のない人でも簡単に扱えるものなので、王族から庶民まで、広く浸透している生活必需品です。
前世で言う電気のようなものですね。電気がなければ、夜の灯りさえ付けられないのですから。
「ませきをつかわないと、とってもたいへんですよ?」
「そうですなぁ。魔石を付けて道具を魔道具化すれば、太くて硬い木も簡単に伐れるし、デカイ岩も簡単に粉砕して退かすことが出来ますわぃ」
「だったら、」
「ですけどねぃ、坊っちゃん。儂らは庭師です。どうすれば木を剪定しやすいか、岩を退かすにはどうするか、花を大きく、鮮やかに咲かすにはどうすれば良いか。儂らは代々、親方から技術や知恵を受け継ぎましたわぃ。じゃから、魔道具に頼るのは、儂ら庭師の矜持…プライドが許さんのですわぃ」
「ぷらいど………じゃあ、しかたないのですね」
トムさんと笑い合い、他にも沢山の話を聞くことができました。
まだ聞き足りないこともありましたが、トムさんにもお仕事があるのであまり邪魔を出来ません。
僕もお昼御飯の時間になってしまいました。
また時間があるときにお話を聞かせて貰えるらしいので、残念ですけど今日はこれで終わりです。
トムさんにお礼を言って小屋をあとにします。
「楽しそうでしたね、カイン様」
「はい。とってもたのしかったです」
「お昼寝が終わりましたら読書にいたしましょうか?」
「きょうは、るーにいさまのおべんきょうがないのです! あそんでくださるおやくそくなのです!」
「かしこまりました」
午後からは兄様と子供らしく庭で遊びました。
明日は侍女さん達に、この世界の洗濯について聞きに行こうと思います。