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第4話 盗まれる天使

 野原や荒れ地に点在する街道沿いの村や町は、都に近づくにつれて間隔が狭く、規模は大きくなっていく。

 壁も粗末な木板ではなく立派な石組みの家が増え、ときに見上げるような三階建ての家が連なって道に覆いかぶさるように並びたつ。

 そんな路地を抜けたところにある、村の広場や井戸のそばで、彼らは『人形劇』を披露した。

 操り糸が全く見えない天使の人形が、まるで生きているように舞い踊る劇は、どこに行っても大反響だった。

 中央街道沿いは疫病騒ぎが収まったことも相まって、人々は娯楽に飢えていたのだ。

 最初はぎこちなかったフォクセルも、帝都へ近付くうちに段々人形師の真似が板についてきた。

 ラスカ頼みだった人形芝居の口上も、今ではすらすらと口から出てくるようになり、銅貨を入れてもらうために自分の頭には少々大きすぎる帽子まで買った。

 時折、稼ぎすぎると最初の村のように広場を仕切っている元締めが脅しに来ることもあったが、その度ラスカがフォクセルの身体を乗っ取り撃退した。




 ラスカがスカートを両手で持ち上げて気取ったお辞儀をし、そのまま人形のようにぺたりと座った。

 フォクセルの横に置かれた帽子には、今日も人々の銅貨が舞い込んでくる。

 石畳の大きな広場には、彼以外にも薬屋や床屋の馬車が停まって店を出していたが、ほとんどの人々は片隅で芸をしているフォクセルの周りに集まって人形劇を楽しんでいた。

 フォクセルは右手に帽子、左手にラスカを持ってお辞儀をしながら立ち上がる。

 その帽子に銅貨を入れながら、麦わら帽を被った黒ひげの男が不思議そうに話しかけてきた。


「その人形、どうなってるんだ。生きているようにしか見えなかった」

「ひ、秘密のからくりです」


 彼は慌ててごまかして、これ以上詮索されないよう上着のポケットにラスカを突っ込んだ。

 しかし、人の良さそうな黒ひげのおじさんは引き下がらない。


「舞台背景を作ったら、もっと評判になるはずだ……そうだ、馬車はいらないかね?

 馬車さえあれば、この人形をたくさん持ち運べるし、舞台だっていいものができるぞ」

「……はあ」


 フォクセルが言葉に詰まっていると、おじさんはますます身を乗り出す。


「そうだ、私の馬車を買わないか? 随分稼いでいるんだろう。

 古いが荷台付きのいい馬車で、塗り直しもしてある。

 値段次第では小劇場風に改造して渡してやってもいい」

「あー……えーと……」


 畳み掛けられるように話されて戸惑っていたら、いつものように手が熱くなり、いきなり目の前が急に真っ暗になった。


「押し売りですか? 馬車なんていりませんよ!」


 自分の大声が、はるか上空から聞こえてきて、フォクセルはため息をついた。

 また、ラスカに勝手に変わられた。

 他の人々に気づかれないよう、こっそりポケットから顔を出す。

 大きな髭面のおじさんは、急に態度が変わったフォクセルにたじたじとしているようだった。


「いや、別に押し売りなんて……」

「それじゃあ、私があなたの馬車の宣伝を聞いた分、倍の金額を払ってもらいましょうか!」


 無茶を言う子供だ、とかなんとか言いながら、おじさんは嫌そうな顔をして離れていった。

 途端、彼の目に太陽の光が突き刺さる。

 フォクセルは、また彼の身体に帰ってきたのがわかり、ほっとした。

 そして、客の目を盗んでポケットの中の天使に囁いた。


「……あの返し方はないと思うよ」

「はっきり断らないほうもどうかしてるわ!」


 ポケットから不機嫌な声が聞こえたので、彼はしばらく放っておくことにした。






「明後日くらいには、帝都に入れると思うわ」


 白パンと柔らかなチーズ、そして切り屑ではない野菜がたっぷり入ったスープという豪華な夕食を終えた後。

 フォクセルが生まれ育った家よりも豪勢な宿屋の一室で、ラスカが豊かな金髪を梳きながら言った。

 彼女はベッド脇のテーブルの上に陣取り、真鍮の小皿を立てかけて鏡がわりにしている。

 櫛は道中で買った豚毛の筆の柄を切ったものだ。


「……そうなんだ」


 フォクセルは窓の外で街から消えようとしている夕日を眺めながら、気の抜けた相づちを打った。

 実際は数日にも関わらず、この旅回りの生活を始めてから、もう何年も経ったような気がしていた。

 初めに心配したことが嘘のように、人形遣いの生活は意外と裕福だった。

 広場で少し人形芝居を演じるだけで、人々はなけなしの銅貨を恵んでくれる。

 心の声がぽつりと漏れた。


「もういっそ、このまま人形遣いで旅回りでもしようか」

「何言っているのよ! あなたは英雄になるんだから。

 それを忘れないでよね」


 金髪を梳っているラスカが、非難するように言った。

 が、すぐに鏡ごしにニコッと笑い、隣に置いてある皮袋を指差した。

 皮袋には、八歳の子供が持つには十分な額のお金が入っている。


「まあ、前よりも稼げているのは確かよね。

 あなたも、うまくやっているほうよ。

 前は私が踊っている最中、あなたは笛を鳴らすか太鼓を叩くかだったもの。

 どちらにしても楽器は得意じゃなかったわ」


 生まれてこの方楽器など触ったこともないフォクセルは大いに驚いて、テーブルで身繕いをしている手のひら大の少女をまじまじと見つめた。

 自分が楽器を演奏するなんてことは想像したこともなかった。

 とはいえ、人形使いになるということも、宿屋で暮らしていた頃には思いもつかないことだったが。


「そうなの? 僕が楽器を弾いていたの? 全然覚えてないよ」

「それはそうよ。あれは前の次元のあなただもの。

 ひどい音を出してたしリズム感もなかったから、よくブーイングされてたわよ」


 彼女は鏡の方を向いたまま、平然といってのける。

 ラスカと一緒に生活する中で、分かったことがある。

 彼女はフォクセルのことを、恐ろしくよく知っているらしいのだ。

 それこそ、彼も知らないようなことも含めて。

 太陽が沈み、暗くなった外をまた眺め、フォクセルは窓を閉めながら言った。


「……ラスカ、君はよく、『前の』って言うけどさ……君は、前に僕にあったことがあるんだよね?

 僕は全く知らないけれど」

「そうね。厳密に言うと、あなたに会ったわけじゃない。

 前の次元のあなたは、あくまでも前の次元のあなたなんだから。

 だから、私のことなんて覚えてもいない……覚えていない、って言葉もおかしいわね。

 今のあなたにとっては、私は数日前に初めて出会った小さな超絶可愛い天使としか見られてないんだから」


 鏡の方を向いているので表情まではわからないが、なんだか寂しそうに聞こえた。

 フォクセルは、ラスカのことを初めて少しかわいそうに思った。

 昔からの友達が自分のことを覚えていない、というのは寂しいことに違いない。

 彼女が悪魔なのか天使なのかは、彼の中でまだ決着が付いていなかった。

 だが、最初こそとんでもない言動のせいで悪魔にも思えたが、彼が家を飛び出して以降、彼女は特に物騒なことを言い出すそぶりも見せていない。


「……超絶可愛いかはともかく、僕にとって、ラスカと初めて会ったのは最近なんだよ。

 それで全部僕のことが知られているっていうのが、なんだか不思議な気がするんだ」


 彼はそういいつつも、心の中では納得できず、ベッドの上に座って考え込んだ。

 ラスカの言うことが本当なら、以前の彼は英雄で、かっこいい騎士だったことになる。

 よくわからないなりに、ちょっとした期待を持って聞いみる。


「前の僕ってどんな感じだったの? すっごく強い英雄だったんだよね?

 格好よく敵をやっつけてたのかな」

「今と同じよ。弱虫でブツブツ文句言ってて」


 期待を裏切られ、彼はがくっとうなだれた。

 前にしろ今回にしろ、彼自身はそう変わっていないようだ。


「……そんな僕が英雄になるのかな?」

「それは保障するわ。できないところは私が『スイッチ』で乗り切る」


 『スイッチ』と彼女が呼ぶそれ––正式には、魂の入れ替えと呼ぶらしい––に、フォクセルは少々困っていた。

 もちろん、今日のように、押し売りから助けてもらえるのはありがたい。

 それどころか、フォクセルでは絶対に勝てないゴロツキや強盗まがいが相手でも、ラスカに『スイッチ』してもらえば十秒もかからずに倒せる。

 私は戦女神でもあるから、とのたまう彼女がフォクセルの身体に入るだけで、大きな相手でもばんばん投げ飛ばす怪力少年へと様変わりするのだ。

 しかし、『スイッチ』できる時間はほんの少し。調子のよい時でも三十数える間に術はとける。

 連続して入れ替わることもできないらしく、ごろつきの仲間がうろうろしている横を一目散に逃げ出さねばならないときさえあった。

 何より、この術は彼の意思はお構いなしで、ラスカの都合でかけられるのだ。

 こんな妙な術だけで、恐ろしく強いと言われる魔王に勝てるのだろうか。


「ラスカ、もう一つ、聞いていい?」

「答えられることなら」

「……前の僕らは、魔王に負けたんだよね?」


 ラスカの櫛を持つ手が止まり、彼女は真剣な眼差しでこちらを見つめる。

 人形芝居をするときのラスカではなく、まるで毒殺を指示したときのような目をしていた。


「ええ、そうよ。

 ……だからこそ、今度は失敗しない」


 いいわね、と念を押され、フォクセルは真面目な雰囲気に気圧されて、思わず頷いた。


「……じゃあ、明日も早いわ。そろそろ寝ましょう」


 フォクセルはおやすみ、と言って畳んだ厚手のハンカチをテーブルに置く。

 ラスカはそこに潜り込んだ。

 彼もあくびをして蝋燭を吹き消し、暖かいベッドに潜り込んだ。





 異音に目覚めたのは、夜も更けてからだった。

 ごそごそと何かをひっくり返す音に、フォクセルはまだ眠たい瞼を押し開ける。


「何するのよ!」


 甲高いラスカの悲鳴で、彼は完全に目覚めた。

 がばりと起き上がると、黒い人影が窓辺の半月を背景に浮き上がっているのが見えた。

 一瞬月が見えなくなった後、人影はさっと窓を離れてかき消えた。

 泥棒だ、とフォクセルは慌てて周りを見渡す。

 ベッドサイドの机に置いたはずの、銅貨を入れた皮袋がなかった。

 そして、ラスカがベッドがわりに使っていたハンカチが床に落ちている。

 盗まれたのだ。

 よりによって、ラスカも。


「ラスカ!」


 彼は叫んで窓に駆け寄り––またも視点が暗転した。

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