私とリリジさんの野望とか、マジ?
「1ヶ月後ですか。また、急ですね」
「領主であるラアツ伯爵さまからの依頼でね」
この世界は貴族が土地を有している。どんなにお金持ちで大きなお屋敷をもっていても、建てている土地はソコを領地にしている貴族から借りているという状況なのだ。もちろん、それはこのアッチラの街にもあてはまるわけで。
ラアツ伯爵から依頼されたのなら、断れるはずもないのだ。
「それにしたって、こっちの予定を少しも斟酌してくれてないわね」
ロッカが不満そうに言う。
モイライは手前味噌ながら現在のところ絶好調だ。社長を譲ってモイライの専属マネージャーになったリリジさんの言っていたところだと、半年先まで予定は詰まっているはずだった。そんななかでのラアツ伯爵からのねじ込みである。リリジさんも相当に困っているだろう。
「貴族ですからね」
なんて何でもない風に言ってのけるリリジさんは流石だ。
「季節的に考えて、社交界の余興というところかしら?」
「だろうね」
春は社交界の季節だ。
「そういえば、ラアツ伯爵さまのお嬢様が12歳だったかな?」
サシャと私の予想に、リリジさんが確信を与えてくれる。
12歳といえば社交界デビューの年齢。
これはもう確定だろう。
お嬢さんのデビューに花を添えようという親心なのだろう。
ま。ラアツ伯爵の事情は置いておいても。
「私的には来るべき時が来た、て感じだわ」
心の準備はしてきた。有名になれば、王都に呼ばれることもあるだろう、と。
私は…まぁ、男装してるからしのげると思う。ぼんくら王子や、色目ばかりのヒロインはどうとでもなる。
問題は家族だけど。遠目からなら誤魔化せるだろう。たぶん。
「サシャはどう?」
なんせ修道院をばっくれちゃったのだ。
王都で家族と鉢合わせでもしようものなら、問答無用で拘束されるだろう。
「問題ありませんわ。家はお金がなくて王都に住んでませんから」
と、このようにドライに言ってしまえるようになったサシャなのだ。
もう、ハッキリと実家のことは割り切ってしまったらしい。
「それに5年以上も両親には会ってませんから、わたくしを見ても娘だと分かるかどうか」
ほんとうにサシャのことをお金のなる木としか見てなかったんだね。
隣りに座るサシャの腕をポンポンと優しく叩いておく。
「ということで。みんな、ランチは済んだかい?」
リリジさんが空っぽになったテーブルのうえのお皿を見てから確認をする。
主に私に向かって。
たまに、お代わりをするからさ。
「OKです」
私は張り切って立ち上がった。
これから写真撮影からのレコーディングがあるのだ。
「元気でよろしい。なら、午後からも頑張ってちょうだいな」
「もっちのろん、全力全開でいきますってば」
リリジさんとハンドシェイクをする。手と手をパンパン、互いの太ももを打ちつけて「へい」で最後にハイタッチ。
砦の街の孤児院でも流行らせたけど、こっちでも流行させようとしている私なのだ。実際、ノリのいい職員さんの間で少しずつ真似が始まっているし、アポロスターの皆さんは面白がってそれぞれが特徴のあるハンドシェイクを創作してくれている。
でも。
「ヘイ!」
私とリリジさんは勢いのままにサシャとロッカに手を向けたんだけど。
「はいはい、へい」
「やりませんからね」
席を立ったロッカはぞんざいに私の手に手を合わせただけ、サシャなんかリリジさんをスルーしてすたすた行ってしまった。
やり場のないリリジさんの手が、悲しい。
ハンドシャイクって、嫌がる人はとことん嫌がるもんなぁ。
「行きましょっか?」
「うん」
「次は小学生辺りに布教しましょうよ?」
「なら、まずはジャックだね」
「ジャックはでも、サシャの目がありますよ?」
「リリン、それは違う。ジャックを取り込んで、そこからサシャちゃんもこっち側にしてしまうんだよ」
「なるほど、策士ですねリリジさん」
私とリリジさんは「むふふ」と笑った。
今から小学生にハンドシェイクを布教しておけば、10年後には大人になった彼等彼女たちが更に各地で広めてくれるだろう。
まさに深謀遠大。
私とリリジさんの野望は、果てしないのだ!