冷めた観客とモイライとか、マジ?
お客さんからの視点のお話になります。
アンディ・コマー。
スイングM。
シナー・エッジ。
ウエンディ&リッチマン。
ザ・ビッグバンド。
この国にいれば知らない者なんていない有名どころのバンドだ。
コンサートに行こうと思えば、正装したうえにも、3日分の生活費がとぶようなお金を出さないといけない。
それが無料で、しかもスターが揃い踏みだなんて、一生に一度もない機会だろう。
俺如きがそう思うのだから、他の連中だってそうだ。
何とかいうグループとの対戦だとか言っていたが、その降ってわいたようなコンサートが発表されたと同時、大勢の人が会場となる公園での場所取りに押し寄せた。
俺もそのなかの1人だ。
友人と交代で場所取りをして、なんとかコンサートの開催日までこぎつけた。
そして始まった、アポロ・プロに所属するスター・バンドの共演は興奮した。
場所取りで無理をした反動でテンションがあがっていた俺は、興奮するままに声を上げ続けた。
公園に出張っている連中のほとんどが俺と同じだったのだろう。
みんなは狂ったように大声を、絶叫を上げた。
音楽なんて聴こえやしない。
それでも、俺たちは最高に楽しんでいた。
声を上げることで、一体感のようなものが生まれて、高揚していた。
気付けば、スター達の共演は終わってしまっていた。
1時間が過ぎてしまっていた。
夢から醒めたような心持ちだった。
友人も隣りで気の抜けたような顔をしている。
ドッと疲れが押し寄せてきた。
家に帰って眠りたい。
「帰るか」
「だな」
俺たちは踵を返そうとしたが、帰るに帰れなかった。
なんせ俺たちはステージの近くにいる。言い換えれば、背後には大勢の人間が詰めているのだ。
この後ろにいる大勢が退かないことには帰るどころか、公園から出ることすらできない。
俺たちは、どちらからとも知れずに地面に座り込んだ。
周囲の奴等も地面にあぐらをかいている。
ぼー、とステージを見ていると、次のバンドが用意を始めていた。
「かわいそうに」
友人がポツリと言う。
「だな」
俺も同意した。
対戦とか言っていたけど、もう勝負は明らかだ。
そもそも、みんな帰り始めているし、残ってる連中もスッカリ醒めてしまっている。
バックバンドが席について、いよいよ歌手らしいのが出てきた。
お! と思わず身を乗り出す。
それほどに美人だったのだ。
ステージに出てきたのは3人。
1人は男……少年だ。タイトな白いタキシードに紫に近い色合いの黒シャツ。中折れ帽を小粋にかぶっている。
美形というよりは、佇まいからして品がある美人だ。男なのに、異様な色気がある。それは胸元を大きめに開けているからというだけでもない。美しい獣を目の前にしたかのような…そんな寒気にも似た艶やかさがあるのだ。
周囲に残っていた女どもから溜め息のようなものが聞こえた。
普段の俺なら舌打ちでもするところだが、そんなことをする気にもならない。
それほどに少年は美しかったのだ。
それに、俺としては少年よりも、その両側に侍っている少女たちにこそ興味があった。
少年を凛とした雪のようだと評するなら、少女の1人は薔薇、もう1人は百合だった。
燃えるような紅い髪をした薔薇は、怒ったように観客の方を見渡している。
そんな薔薇に、栗色の髪の百合がニコニコとして何か言っている。
きっと、宥めているのだろう。
それにつけても、2人の少女は豪勢な衣装を身に着けていた。
薔薇は、新緑の色合いのドレスを。
百合は、薔薇のお株を奪うかのように真っ赤なドレスを。
「あれって、ウエディングドレスみたいだな」
友人の言葉に気づいた。
ああ、これは結婚式なんだな…と。少年と、2人の少女の結婚式なのだ。
少年がマイクを手にすると声変わりもしてない声で名乗った。
「初めまして! モイライです! 僕の名前はリンと言います。それで、こっちが」
と紹介されても紅髪の少女はツンとして動こうとしない。
仕方ない、というように少年は肩をすくめてから、少女の肩を抱き寄せて無理矢理にマイクの前に移動させた。
「名前は?」
「…レイ」
「で、もう1人のこっちが」
「ユウで~す!」
栗色の少女が、少年たちを押しのけるようにしてマイクに声をのせる。
「ちょ、何すんだよユウ!」
「いいじゃん、みんなに早く名前を知ってもらいたかったんだもん」
「もん…て……」
「ちょっと! なんで、リンもレイも笑ってんの?」
ユウと名乗った少女がリスのように頬っぺたを膨らませる。
その一連の遣り取りに、俺は思わずホッコリしてしまった。
「まぁ、仕切りなおして。では、聴いてください! スカー!」
バンドマンが曲を奏で始める。
え!
聞くでもなく聞いていた俺は、2度、身を乗り出した。
それは……俺が今まで生きてきて聞いたことのない調だった。
待っているあいだのトイレとかはどうしてたんだろう?
きっと、アポロ・プロが仮設トイレをいっぱい用意してくれたはず!
次回は、リリン視点でのお話にする予定です。