復讐鬼:アゼイ・ワード①
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俺の名前はアゼイ・ワード。年齢は20。
貧乏貴族の三男坊だ。
普通、貧乏貴族の三男以下なんてのは領地で飼い殺しにされると相場が決まっている。一生をかけて畑を耕して、嫁すらもらえずに死んでいく。そんなもんだ。
とはいえ、飼い殺しの地獄を回避する抜け道があるにはある。
ひとつは文官への道だ。王都の学校へはいって在学中に採用試験に受かりさえすれば文官になれる。
ひとつは騎士への道だ。これも王都の騎士養成校に入学して、卒業できれば自動的に宮仕えとして各地の軍に配属されることになる。
文官への道は、俺にはなかった。
正直、俺は頭がよくはない。どうにか学校へはいれたとしても、在学中に難関とされる文官の採用試験に受かるとは思えなかった。
だから、俺は残る騎士への道に進んだわけだ。
昔から腕っぷしに自信があった俺は、騎士養成校での成績も常に上位だった。
そのおかげだろう。幸運なことに、公爵であるミューゼ家から青田買いを受けたのだ。しかも待遇が破格だった。借金ともいえる奨学金を公爵家が返済してくれ、卒業後は砦で実戦経験を積んだ後、ミューゼ家仕えの騎士として登用されるというものだった。
俺は浮かれた。
自分がどれだけ幸運なのかと吹聴して回ってしまった。
それが、どれほど妬み嫉みを買うかも知らずに。
足もとを掬われたのは卒業試験でだった。
射撃試験中に、俺の銃が腔発したのだ。腔発とは弾丸が砲身内で爆発することを言うのだが、被害は述べるまでもないだろう。
俺は大怪我を負って病院へと搬送された。
卒業こそできたが、体を動かすことすらままならないようになってしまい、当然だがミューゼ家との遣り取りは破談されてしまった。借金こそミューゼ家の恩情で返済義務が発生しなかったが、それが何だというのか。
残ったのは、まともに動かない体と、傷心。
未練がましくも手放せずにいる騎士を証明する小剣。
そして『どうして、手入れを怠ったことのない俺の拳銃が腔発した?』という疑問だった。
浴びるように酒を飲んでは、ゴロツキと喧嘩して、殴り倒され、路地で目を覚ます、日々。
そんな時だった。ミューゼ家の若殿が俺の前に現れたのは。
彼は俺の長いあいだの疑問に答えてくれた。
「君の銃が腔発したのはね、君の優遇を妬んだ連中の仕業だよ」と。
五人の名前があげられる。それは俺が親友だと思っていた連中だった。飲んだくれている俺を親身になって諫めてくれた連中だった。
信じられずにいる俺に、若殿は次々と証拠を突き付けた。
「非情だよね、現実って」
そうして言ったのだ。
「復讐したいだろ?」と。
俺はうなずいた。
うなずいた俺に、若殿は満足そうに……そう、たぶん笑ったんだ。
俺はその日のうちに教会へと連れて行かれ、治癒の魔法を受けた。
たちまちのうちに、それこそ嘘のように怪我は完治した。
俺は恐縮した。
治癒の魔法は法外な喜捨と引き換えなのだ。俺が一生働いても返せない莫大な金が使われたはずだった。
「俺は君に…アゼイに2つの救いをもたらした。ひとつは復讐。ふたつは体の治癒。さぁ、アゼイは俺に何をくれるんだい?」
「この命かけての忠誠を」
「アゼイ・ワードの忠誠を受けよう。ならば、アゼイに命令する」
主からの命令はシンプルだった。
魔の森ほとりにある修道院へ送られた妹、リリンシャールを守護せよ。
リリンシャール。その名は俺でさえ聞いたことがあった。
曰く。王太子殿下の想い人を悪漢の手にかけて狼藉せしめようとした、悪辣令嬢。
「リリンの送られた先に、アゼイの復讐対象もいるはずだよ」
俺の目はギラついていたと思う。
「アゼイの優先すべきことはあくまでもリリンの守護。それを忘れなければ、好きにしていいよ」
俺は砦への配属書を与えられ、ミューゼ家の上等な馬にのって、王都を出た。
三日。馬を休ませつつ道を駆けた。
心が逸っていたのだ。復讐を遂げたいと猛っていたのだ。
そんな感情の乱れは、だが偶然耳に入った歌声にサラサラと崩れた。
誰かが何処かで歌っていた。
綺麗な声で歌っていた。
日は暮れている。まさか人を幻惑する魔物だろうか?
俺は用心しつつ声を上げた。
「誰かいるのか!」
「こっちです! 木の上にいます! だけど、気をつけて! グァバが、魔獣がいるから!」
魔獣と聞いて、俺はすぐさまライフルを手にした。
久方ぶりの射撃だった。
しかも月明かりしかない中での射撃とあって2発を外してしまい、そればかりか魔力の配分を誤ったらしくグァバを1発で仕留めることすらできなかった。
臍を噛みながら、俺は襲われていた誰かの元へと寄った。
「怪我はないか?」
まさか、その助けた相手がリリンシャールだとは思いもしなかった。
俺は騎士養成校で王家への忠誠を魂の芯まで叩き込まれている。
だから、つい悪辣令嬢への反発で手荒にあつかい、少女とは知っていながら酷い言葉を投げつけてしまった。
「もう少し遅く馬を走らせていれば、魔獣に片付けられてたろうに」
「何を言って…?」
「俺はクルシュ様に依頼されて、お前を守るために来たんだよ」
そう口にして、俺は今更ながらに改めた忠誠の相手を思い出していた。
「え? お兄…ミューゼの若様が?」
「そういえば、あんたはミューゼの家から勘当されたんだっけか。ざまぁねぇな」
とはいえ、口は止まらない。
「あんた、言っていいことと悪いことがあるのよ!」
「ハハ、悪辣令嬢が説教くれる立場かって」
「悪辣令嬢ですって!」
「へ、あんたのことを貴族で知らない奴はいないからな。俺だって、クルシュ様から命令されてなければ来なかったぜ」
「助けてくれたことは感謝するわ。でも、ここで言っておきます。私、あなたのことが…だあああああああああああい嫌い!」
「奇遇だな。俺もお前のことが嫌いだ」
俺は思わず笑ってしまっていた。
嫌いなんて言われたのは久方ぶりだったからだ。王都に来てからというもの成績優秀だった俺はチヤホヤされるばかりだったし、飲んだくれてからは無視をされていた。それに、こんなに感情をぶつけて、ぶつけられたのは、もしかしたら初めてかも知れなかった。
要するに、嬉しかったのだ。
死体を見ただけで気を失ってしまった少女は、今、馬にゆられながら俺の胸にもたれて眠っている。
こいつは今どんな気持ちなのだろう。少女の寝顔を見て思う。
自業自得とはいえ貴族を追われ、修道院へ身を寄せるべくしかない人生。
「俺に似てるかもな」
けど、こいつは女だった。
御者にも襲われかけたというし、男の俺よりも悲惨なのかもしれない。
グースカ寝ている少女は身長もさることながら胸も洗濯板で、どうにも女を感じない。
そして、ふと思い出す。
幼い頃に俺を慕って「兄貴」と呼んでは付きまとっていた年下のガキのことを。
「こいつは手のかかる弟分みたいなもんか?」
自分で言っておいて、笑ってしまう。
相手は元とはいえ、公爵家の令嬢だぜ。本来なら目を合わせることすら不敬になってしまうような相手だ。
「起きたら、少しは優しくしてやるか」
夢極楽でニヘヘとヨダレを垂らす令嬢に、俺は呆れつつ思った。