ジャックの怒りとサシャの涙とか、マジ?
「子供を売るなんて…そんなのしちゃダメだろ!」
ジャックが掴みかからんばかりの勢いで食ってかかる。
フーフーと猫のように怒っている。
その様子に、私もロッカもリリジさんも、それにジャックの傍に侍っているサシャも驚いた。
ずっと抜け殻みたいだたジャックが、ようやく感情を吐露したのだ。
だけど事情を知らない村長夫妻と並ばされている3人の女の子たちは完璧に鼻白んでいた。
「親が子供を売るなんて、そんなのしちゃいけないんだ!」
つくづく思うのは、ジャックは賢いということだ。
彼は7歳になったはずだ。前世で言えば小学生にあがったばかり。
なのに、子供を売るという大人の話を理解している。
でも、所詮は7歳児だった。
自分の気持ちを相手に伝えるだけの言葉を知らない。
怒りを堪えるだけの心の器が育ってない。
フーフーと息を荒げていたジャックは、ウーウー地団太を踏むと、村長に飛びかかった。
とはいえ、子供だ。7歳児だもん。
大人の村長に対して何ができるはずもなく、ただ足につかまって殴る蹴るをするだけだ。
動いたのは…サシャだった。
火事場の馬鹿力とでも言うのかな、ムンズとジャックの後ろ襟をつかんで村長から引きはがすと
「みっともない!」
パン! とジャックの頬をビンタしたのだ。
「情けない!」
パン! ともう1回。
サシャは涙をこぼしていて、ジャックはそんなサシャを呆然として見ている。
「この場でいちばん悲しいのは彼等でしょうに。分かっているでしょ? なのに、あなたは自分の苛立ちをぶつけて…」
「…姉ちゃん」
サシャはジャックに抱き着くと言った。
「あなたは、強くならないといけないのよ」
ジャックが堰を切ったように泣き出した。
釣られて、3人の女の子たちも泣き出す。
これだけの騒ぎだというのに、家々から人が出てこないというのは、こういうことがあると村の人達は事前に諭されていたのか、それとも幾度となく、同じようなことがあったのかも知れない。
「仕方ありませんな」
リリジさんは溜め息をつくと、巾着袋から金貨を1枚取り出した。
「これだけあれば、そこの3人を冬越えまで養えるでしょう」
「引き取ってはいただけないのですか?」
「言いましたように、我々にそのような余裕はないのですよ」
「そうですか」
残念そうに言いながらも、村長は金貨を受け取った。
私たちは、それで逃げるように馬車に乗って村をあとにした。
金貨を渡したところで意味なんてほとんどない。
それは、私でさえ分かることだった。
3人の女の子たちは冬を越すまで家族と過ごせるかもしれない。でも、それだけだ。春になれば、街まで運ばれるかして売られることだろう。むしろ、家族と一緒に居たところで針の筵かもしれない。
そもそも金貨だって、手もとにあったところで行商が来ない冬は使い道がないのだ。少ない食料を、さらに切り詰めて冬を越すのだろう。
馬車は走る。
相変わらず村に寄りながら、歌をうたいながら、でも私は子供たちと遊ばなくなった。
そうしてジャックは元通りといかないまでも、ぼんやりとするようなことはなくなった。
旅を続けて8日目。
私たちはようやくのことでアッチラの街に到着した。