表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/101

幼児を惹きつける魔性の歌とか、マジ?


「おーい! 誰かいないか!」


大声をあげて進む。


こんなことなら女の子の名前を聞いてくればよかった。


「そもそも魔獣に怯えているはずの子に、おーい、なんて呼びかけて応えてくれるもんかしら」


「そんなこと言っても、ほかに呼びかける方法がないだろうがよ」


うーん、と私は考えた。

前世でわたしが迷子になった時には、悪友兼親友は私の好きな歌をうたって、まんまと私を誘い出した。


だったら、その手が使えるんじゃない?


「いいえ、あるわ」


私は大声で歌った。


ご存じ、となりのト〇ロの挿入曲『さんぽ』だ。

これで元気にならない幼児はいないという、魔性の歌。


私は、ハーメルンの笛吹き男になったつもりで歌った。


いきなり訳の分からない歌をうたいだした私に、アゼイがギョとした顔になる。


けど、そんなの構ってられない。


私はカモンカモンと手招きしてアゼイにも歌うよう促した。

さんぽ。は簡単なメロディに歌詞だから、真似ることは難しくないはずだ。


と思ったのだけど。


アゼイは壊滅的な音痴だった。

声はいいのに、節回しに妙な癖があるのだ。なんか演歌っぽくなってしまう。


私は笑ってしまいそうになった。

精いっぱい我慢したのだけど。


それでも気取ったアゼイがムッとした顔になる。


「俺は歌が下手なんだ」


言って「おーい!」と呼びかける。


どれほど歩いただろう。

アゼイの呼びかける声がかすれてきてる。

一方で私は何ともない。むしろ歌えば歌うほどに好調の折れ線がグングンと上向いていた。


ただ、お腹が異常に減っていた。

さっきからグーグーお腹が鳴っている。


歌ってのはカロリーを消費するもんなんです。


だから、アゼイ。そんな妙な顔つきで私を見るんじゃない!


「そろそろ…いいだろ」


アゼイが3回目になる言葉を口にする。


私はまたしても無視して進もうとしたのだけど、今度は手首を掴まれてしまった。


「お前は充分に頑張ったって」


そんなこと言っても、女の子が怪我をしていたら、怯えていたら、と思えば諦められるものじゃない。


私は、アゼイが悪くないのを承知で手を振り払って睨みつけてしまった。


そのあいだも歌う。


聞きつけて! お願いだから、生きていて!


ガサリと音がしたのは、そんな時だった。


アゼイが私の口を手の平でおさえてから、背後にかばうよう位置取りをする。


ガサリ、ガサリ、と草を掻き分けて何かが迫ってくる。


アゼイがライフルを構えて。


銃口の先に姿を現わしたのは、小さな…6歳ぐらいの女の子だった。

私とアゼイを見て、竦んだように立ち尽くしている。


私はアゼイの前に進み出て、膝をついて両腕を広げた。


「おいで。お母さんのところに連れて行ってあげる」


「ほんと?」


「ほんとだよ。さぁ、帰ろ」


女の子が歩いて私の腕のなかにおさまる。

おさまると、安心したのかグスグスと泣き出してしまった。


「もう大丈夫だからね」


安心させようと背中をポンポンと叩く。


けど、逆効果だったみたいだ。

女の子はギャン泣きを始めてしまった。


「ずっと泣くの我慢してたんだもんね、頑張ったね」


私は女の子を抱き上げる。


「帰りましょう」


「そうだな、帰ろう。リリンシャール様」


私はジッとアゼイを見詰めた。


「なんだよ?」


「はじめて私の名前を呼んでくれたわね、アゼイ様」


「様は要らねぇよ、アゼイでいい」


「なら、私もリリンでいいわ」


私とアゼイは互いに照れ笑いをして、馬のいるだろう場所へときびすを返した。





泣き疲れてすっかり寝入っていた女の子を、お母さんに返す。


「ありがとうございます」


大切そうに娘を抱っこして、お母さんは家へと戻って行った。


その後は、魔獣を討伐したお礼にと、村を総出でお祭り騒ぎになった。


私は、はっちゃけた。


だって、修道院に入ったら、こうして騒ぐ機会もないはずだし。

最後のチャンスじゃない。


それに今までお嬢様として箱入りで育てられたから、こうして浮かれ騒ぐなんて初めてで、ついつい前世でのライブを思い出してしまったんだ。


異常なほどにお腹が減っていたから、バクバクと出された食べ物を口に入れる。

正直、味はいまいちだ。

ほとんどが塩味だし。焼くか煮るかしか、してないし。


「おいおい、そんなに食って平気かよ」


「ほわいひょうぶ」


口の中にいっぱい詰め込みながら、マナー違反を承知で返事する。

だって、とにかくお腹がペコペコでたまらなかったんだもん。


げふぉごふぉ。


喉に食べ物が詰まれば、アゼイが飲み物をくれた。


「あひがふぉう」


感謝しながらも、既に食べ物に手を伸ばしている私だ。


「お前なぁ」


アゼイが呆れるけど、私だって自分自身に呆れてるよ。

こんなに大量に掻き込んで、明日の体重が心配だよぉ。


「ねぇねぇ、お姉ちゃん」


と袖を引かれた。


誰かと思えば、助けた女の子だ。

晴れ着なのかな、小綺麗な服装をして、ずいぶんと可愛らしい。


「あの、お歌を聴かせて」


遠慮がちに、おねだりをする。


こんなに可愛らしくお願いをされて断れる人間がいるだろうか。いや、いない。いないに決まっている!


「もッちろん、いいわよ」


お腹がいっぱいの私は絶好調だ。


歩ぅこぉ♪ と歌ううちにも、わらわらと幼い子供たちが群がってくる。


さすが魔性の歌だ。


「さぁ、次はみんなで歌おう!」


2回目は集まってきた子供たちと声をそろえる。


そして、さぁ3回目を! というところで喉を潤わすために飲み物を口に運んで


「あれ? これってお酒じゃん」


思った私は。


スコンと気を失うようにして眠っちまったんだぜ。

とはアゼイの目撃談だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ