幼児を惹きつける魔性の歌とか、マジ?
「おーい! 誰かいないか!」
大声をあげて進む。
こんなことなら女の子の名前を聞いてくればよかった。
「そもそも魔獣に怯えているはずの子に、おーい、なんて呼びかけて応えてくれるもんかしら」
「そんなこと言っても、ほかに呼びかける方法がないだろうがよ」
うーん、と私は考えた。
前世でわたしが迷子になった時には、悪友兼親友は私の好きな歌をうたって、まんまと私を誘い出した。
だったら、その手が使えるんじゃない?
「いいえ、あるわ」
私は大声で歌った。
ご存じ、となりのト〇ロの挿入曲『さんぽ』だ。
これで元気にならない幼児はいないという、魔性の歌。
私は、ハーメルンの笛吹き男になったつもりで歌った。
いきなり訳の分からない歌をうたいだした私に、アゼイがギョとした顔になる。
けど、そんなの構ってられない。
私はカモンカモンと手招きしてアゼイにも歌うよう促した。
さんぽ。は簡単なメロディに歌詞だから、真似ることは難しくないはずだ。
と思ったのだけど。
アゼイは壊滅的な音痴だった。
声はいいのに、節回しに妙な癖があるのだ。なんか演歌っぽくなってしまう。
私は笑ってしまいそうになった。
精いっぱい我慢したのだけど。
それでも気取ったアゼイがムッとした顔になる。
「俺は歌が下手なんだ」
言って「おーい!」と呼びかける。
どれほど歩いただろう。
アゼイの呼びかける声が掠れてきてる。
一方で私は何ともない。むしろ歌えば歌うほどに好調の折れ線がグングンと上向いていた。
ただ、お腹が異常に減っていた。
さっきからグーグーお腹が鳴っている。
歌ってのはカロリーを消費するもんなんです。
だから、アゼイ。そんな妙な顔つきで私を見るんじゃない!
「そろそろ…いいだろ」
アゼイが3回目になる言葉を口にする。
私はまたしても無視して進もうとしたのだけど、今度は手首を掴まれてしまった。
「お前は充分に頑張ったって」
そんなこと言っても、女の子が怪我をしていたら、怯えていたら、と思えば諦められるものじゃない。
私は、アゼイが悪くないのを承知で手を振り払って睨みつけてしまった。
そのあいだも歌う。
聞きつけて! お願いだから、生きていて!
ガサリと音がしたのは、そんな時だった。
アゼイが私の口を手の平でおさえてから、背後にかばうよう位置取りをする。
ガサリ、ガサリ、と草を掻き分けて何かが迫ってくる。
アゼイがライフルを構えて。
銃口の先に姿を現わしたのは、小さな…6歳ぐらいの女の子だった。
私とアゼイを見て、竦んだように立ち尽くしている。
私はアゼイの前に進み出て、膝をついて両腕を広げた。
「おいで。お母さんのところに連れて行ってあげる」
「ほんと?」
「ほんとだよ。さぁ、帰ろ」
女の子が歩いて私の腕のなかにおさまる。
おさまると、安心したのかグスグスと泣き出してしまった。
「もう大丈夫だからね」
安心させようと背中をポンポンと叩く。
けど、逆効果だったみたいだ。
女の子はギャン泣きを始めてしまった。
「ずっと泣くの我慢してたんだもんね、頑張ったね」
私は女の子を抱き上げる。
「帰りましょう」
「そうだな、帰ろう。リリンシャール様」
私はジッとアゼイを見詰めた。
「なんだよ?」
「はじめて私の名前を呼んでくれたわね、アゼイ様」
「様は要らねぇよ、アゼイでいい」
「なら、私もリリンでいいわ」
私とアゼイは互いに照れ笑いをして、馬のいるだろう場所へと踵を返した。
泣き疲れてすっかり寝入っていた女の子を、お母さんに返す。
「ありがとうございます」
大切そうに娘を抱っこして、お母さんは家へと戻って行った。
その後は、魔獣を討伐したお礼にと、村を総出でお祭り騒ぎになった。
私は、はっちゃけた。
だって、修道院に入ったら、こうして騒ぐ機会もないはずだし。
最後のチャンスじゃない。
それに今までお嬢様として箱入りで育てられたから、こうして浮かれ騒ぐなんて初めてで、ついつい前世でのライブを思い出してしまったんだ。
異常なほどにお腹が減っていたから、バクバクと出された食べ物を口に入れる。
正直、味はいまいちだ。
ほとんどが塩味だし。焼くか煮るかしか、してないし。
「おいおい、そんなに食って平気かよ」
「ほわいひょうぶ」
口の中にいっぱい詰め込みながら、マナー違反を承知で返事する。
だって、とにかくお腹がペコペコでたまらなかったんだもん。
げふぉごふぉ。
喉に食べ物が詰まれば、アゼイが飲み物をくれた。
「あひがふぉう」
感謝しながらも、既に食べ物に手を伸ばしている私だ。
「お前なぁ」
アゼイが呆れるけど、私だって自分自身に呆れてるよ。
こんなに大量に掻き込んで、明日の体重が心配だよぉ。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん」
と袖を引かれた。
誰かと思えば、助けた女の子だ。
晴れ着なのかな、小綺麗な服装をして、ずいぶんと可愛らしい。
「あの、お歌を聴かせて」
遠慮がちに、おねだりをする。
こんなに可愛らしくお願いをされて断れる人間がいるだろうか。いや、いない。いないに決まっている!
「もッちろん、いいわよ」
お腹がいっぱいの私は絶好調だ。
歩ぅこぉ♪ と歌ううちにも、わらわらと幼い子供たちが群がってくる。
さすが魔性の歌だ。
「さぁ、次はみんなで歌おう!」
2回目は集まってきた子供たちと声をそろえる。
そして、さぁ3回目を! というところで喉を潤わすために飲み物を口に運んで
「あれ? これってお酒じゃん」
思った私は。
スコンと気を失うようにして眠っちまったんだぜ。
とはアゼイの目撃談だ。