辺境に生きる人のケジメとか、マジ?
どうにかこうにか、御者の真似事ができるようになった私とロッカは、リリジさんに代わって馬車を進ませていた。
相当に疲れていたんだろう。
リリジさんは馬車のなかで眠りこけている。
「寒いわね。こんなことならカイロを持ってくればよかった」
私の隣りでロッカがぼやいて、手の平にハァと息を吹きかけている。
なんていうの、美少女だから絵になるわ。
「カイロなんて無くても、充分に温かそうだけど」
私はロッカの膝の上で丸くなっている、白いモコモコのそれに視線を向けた。
チビ狼のクリスだ。
何時の間にか馬車に乗り込んでいて、食料を詰めた樽の上で狛犬みたいにお座りしていたのだ。
それが今は、ぬくぬくとしてロッカの膝の上にいる。
「かわいいかわいい」
ロッカはニコニコしながらクリスを撫でて、クリスも満足げだ。
おかしくないですかね? さっき私が撫でようと手を伸ばしたら「フー!」て猫みたいに威嚇したのに。この扱いの違いに絶望しか感じない。
「そんなに寒いなら、馬車の中に居てもいいんだよ?」
「あら? リリンってば、馬を操作しながら、周囲を注意していられるほど上達したのかしら?」
御者の仕事は、車のドライバーと同じだ。
車を運転しながら、周囲にも目を配らないといけない。
で、車と違って難しいのは、馬は生き物だということ。半ば自動運転みたいな感じなんだけど、ふとしたことで馬が機嫌を損ねて動かなくなったり、調子が悪くなったりするんだよ。だから、常に御者は馬を注目してないといけない。むしろ手綱よりも、そっちのが重要。さらに加えると、今のところ道なき道を移動している状況だから、周囲にも警戒をしてないといけないのだ。
そう、警戒だ。
ココは辺境。魔獣だってでる。もっとも、はぐれの魔獣ぐらいだったらチビ狼のクリスが相手をしてくれるだろうけど。
言うまでもなく、私は馬の手綱を握っているだけで精いっぱいだ。
ロッカに周囲を見ていてもらって、二人三脚で初めて一人前なのだ。
「それにさぁ」
とロッカが表情を曇らせて言った。
「馬車の中はお通夜状態じゃない。あんなとこに居られないわよ」
ジャックは思いつめた表情でだんまりをしていて、そんなジャックをサシャは沈痛な表情をして見守っているのだ。
「でもさ、お父さんが亡くなったんだから…」
仕方ないんじゃない? という言葉は
「甘いのは、リリンも同じか」
というロッカの呆れたような物言いに遮られた。
「確かに父親が死んでしまったのは悲しいでしょうよ。でもね、だったら泣けばいいのよ。泣きわめいて、恥も外聞もなく泣きじゃくって、あとはスッキリした顔をする。それが辺境で生きる人間のケジメよ。それが、あのジャックはできてないし、サシャもずるずると付き合っちゃってる。きっと、ジャックは大切にいい子いい子して育てられたんでしょうよ、サシャはお嬢だからココでの生き方を知らないだろうし。リリンも同じなんだよね」
シスター見習いとして仕事していた私は、実を言うと砦の街で幾人もの死を看取っている。
魔獣に襲われて息絶えた兵士さんや騎士さま達だ。
シスターの癒しも追いつかず、深手を負った彼等彼女等は苦しみながら死んでいった。
そんな亡くなった人達を、遺族である家族や知人は悲しんで見送り、次の日には晴れ晴れとして笑っていたものだ。
最初は、そんな人達に反発も覚えた。
でも、違うのだ。
悲しんでばかりいたら、その涙が晴れなくなってしまうぐらいに、日々……砦の街では犠牲者が出ていたから。
生き残った人は、無理にでも、ロッカの言うところのケジメをつけなければならないのだ。
私がそう悟ったのは、入隊したばかりだという兵士さんを看取ったあとだった。
「あたしのこと薄情だと思った?」
「思うはずないじゃん、わざわざ自分が悪者になってまで忠告してくれてるんだもんさ」
私が指摘すると、ロッカは視線を逸らした。
照れたのかな?
「そうだよね、悲しみは引きずってはいけない。辺境のルールだよ」
自分に近しい人に起きた悲劇に、ルールを忘れてしまっていた。
それが甘いということなのだろう。
「でさ、話を戻すけど。ジャックとサシャ、どうしたらいいと思う?」
私の問いかけに
「時間に任せるしかないんじゃない?」
ロッカは疑問で返してきた。
「やっぱ、そうか」
「アッチラの街に着くまでには気持ちの整理もつくでしょうよ」
「だったらいいんだけど」
どうしてもジャックの昏い目が思い出されるのだ。
ガタゴトと馬車は進む。
行き先に村が見えてきたのは、陽が傾いて暮色が濃くなってきた頃だった。
欝々としたお話が続いて、苦しい。
書いていて楽しくない!