危機一髪とか、マジ?
相変わらずキラキラしてるな。
それが、つくづくと連中を観た感想だった。
ゲーム画面越しでは楽しめたんだけどなぁ。
今となっては、正直、顔も見たくないと言うのが感想だ。
人を乱暴に掻き分けて遣って来る5人組。
言わずと知れた、王子殿下とヒロインちゃん。それに取り巻きというか攻略対象というか、王子殿下の親友と騎士団長子息、それに宰相の子息枠であるところのクルシュお兄様。
「リリン」
ロッカが私の袖を引く。
顔バレを心配してるんだろう。
私は、大丈夫というように微かに頷いてみせた。
男装しているから、というだけじゃない。女性というのは髪をちょっと弄っただけでも印象がガラリと変わるというのに、私はその髪をバッサリとやっているのだ。おまけに、修道院にはいってから体重も落ちて、顔つきそのものがシャープになっている。さらに加えて、化粧をしてくれたのはライザだ。彼女はメイクの天才だった。私はリリンシャールの面影を残しながらも、完璧に少年になっていた。
とはいえ、連中が来なければ、それが最良ではあったんだけどさ。
「お前らが騒ぎの元凶か?」
「これは申し訳ありません。皆様の無聊をお慰みできればと思っての事でしたが、ご不興とあらば、直ぐに立ち去りますので」
リリジさんが応対している。
でもなぁ。
「いいや、立ち去ることはならん。お前らは無用な騒ぎを起こしたのだ」
やっぱり難癖をつけてきたか。
あの金ピカどもは、自分以外が目立つのが我慢ならない、そんな上等なメンタルの持ち主なのだ。
もっとも、そんななかで毛色が違うのが1人だけ混じってますが。
「殿下、いいではありませんか」
そう助け舟をだしてくれたのは、毛色の違う、クール系のクルシュお兄様だった。
「しょせんは下賤な芸人、我らが構うような者どもではありませんよ」
クルシュお兄様が私を見上げて、口の端を歪めて笑う。
ああ、ばれて~ら。
さすがに10年以上を一緒に暮らしていた肉親の目までは誤魔化せなかったか。
でも、クルシュお兄様はココで私をひっ捕らえるつもりはないらしい。
考えてみれば、病み闇のお兄様は私に自分の子供を産ませたいわけで、今、私が殿下に捕縛されると困るわけだ。
感謝はしない。
何故なら、気味が悪いから。いくらイケメンでも無理なものは無理。
「そうだな…しょせんは下衆な見世物か」
暴言を吐いてくれやがりました殿下が、リリジさんに『とっとと行け』とでも言うように手を払う。
馬車がガタンと大きく揺れて動き出す。
その瞬間だった。
馬車のなかから悲鳴がしたのだ。
ジャックだ。
私たち3人は血の気の引いた顔を見合わせた。
ヤヴァイ! とアイ・コンタクト。
なんせジャックは何の変装もさせてない。
何故なら、あの事故からずっと眠っていたからだ。
「眠らせてあげておいて」
サシャが言うので、馬車のなかで寝かせておいたのだ。
「誰の悲鳴だ?」
殿下が馬車の中を覗こうとする。
普段は部下の兵士さんや騎士さまに任せてるくせして、こんなときだけアクティブになるなよ!
殿下を含めた5人はジャックの顔を知っているのだ。
さすがにバレる。
私が半ば観念した時だった。
「お待ちください、ワタシが中を改めましょう」
進み出たのは、アゼイだった。
「庶民の馬車です。殿下のお目汚しをするような物があることでしょう」
「ふん。そうだな」
殿下が引き下がって、アゼイが中を覗き込む。
そうして馬車のなかへとアゼイが入ってしばらくすると、ジャックの悲鳴は聞こえなくなった。
何があったんだろう?
すごいドキドキする。サシャなんて、今にもジャックのところに駆けて行きそうだ。
アゼイが出てきた。
「中には子供がおりました。おおかた、寝起きに母親の姿が見えずに、泣いてしまったのでしょう」
「はた迷惑な話だな」
それで興味は失せたらしい。
殿下が再び手を払う。
アゼイはリリジさんに馬車に乗るように言って、自らは馬の轡を取って先導をしてくれた。
ノロノロと馬車は門をでる。
砦から出ても、向こう側にはズラリと入門待ちの馬車と人が連なっていた。
「ここ等でいいだろう」
アゼイは轡を離した。
チラリと私を見上げる。
目が合う。
それだけ。
ただ、それだけ。
馬車が進む。
アゼイの背中が遠ざかる。
「さようなら」
私の呟きは、風に溶けて消えた。