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リリンシャールのステージとか、マジ?

11月です。

だいぶん寒くなってきました。風邪などひかないように、お気を付けくださいね。

マジ、やばかった。

私は内心の冷や汗をぬぐった。


観客が盛り上がり過ぎて、暴動寸前になったのだ。


ケンプさんが急造で仕上げてくれたこの馬車は、どうしたってバランスが悪い。馬車のうえにステージ代わりの露台をのっけただけだからね。

そんなだから、あの人数で押し寄せられたら馬車そのものが横転してしまうのは想像に難くなかった。


だから、咄嗟に声を張り上げて圧倒させたんだけど。


いや~、まさかあそこまで肺活量があるとは!

リリンシャールってばスペック凄く高いわ。


前世での私は肺活量を鍛えるために、それこそ毎日5キロのランニングを欠かさなかったし、知ってるかな? ペットボトルを使った方法での地味な鍛錬もしてた。でも、リリンシャールになってからはそれほど特別なことはしてないんだよ。まぁ、縄跳びはしてたけど、それだって早朝に少しだけ。鍛えるなんておこがましいぐらいのものでしかない。


みんなも圧倒されてるけど、実はいちばんビックリしてるのは私自身だったりするのだ。


それにしても頑張り過ぎた。

さすがに呼吸が苦しい。


それに久しぶりのステージで体が熱い。


私はサシャからバケツを受け取って、頭から水を被った。


ふぅ! さっぱりした!


曇天の空に向かって伸びをしてから、前髪をかき上げる。


それから私は観客を見渡した。

誰もが顔を赤くしている。寒さからじゃないな。まだ、ちょっと興奮してる感じがする。


また暴れられてはかなわない。


私は、ビックリ水を差すことにした。


あ、ビックリ水っていうのは料理の時に使う言葉だよ。素麺そうめんなんかを茹でていると、お鍋のお湯が沸騰して吹きこぼれそうになるでしょ。そんなときに、ちょちょいとお水を足すの。そうすると、あら不思議。吹きこぼれそうになっていたお湯が引いていくんだ。その足したお水のことを『びっくり水』て言うのだ。


今の場合。吹きこぼれそうになっているのは、観客の興奮だね。


私は、その興奮を少しばかり沈静化させようと考えたのだ。


落ち着かせる曲といえば……あれだよね。


私はイジリス教の礼拝曲を歌った。


前々から思ってたんだけど、この曲は冬が似合う。

冬の曇り空のしたで歌うと、何ともいえない感傷的な気分になるのだ。


歌ううちにも観客が続いてくれる。

肩を組んだりして、なんだかいい感じだ。


私も肩を組みたいなぁ、と両隣のサシャとロッカに交互に視線を送ったんだけど。


あの事件が切っ掛けで、妙に私に遠慮するようになってしまったサシャは、私の言わんとすることに気づいてはくれたものの、そっと視線を逸らせて、拒否された。


ロッカはといえば、小声で「あなたビショビショじゃない。嫌よ」とこれも拒否されてしまった。


…私はボッチだ!


というか水を被ったのは失敗だった。

すこし寒いぞ!


私は体を温めるためにも、歌った。


観客は程よくめてくれたみたいで、足踏みしたり、頭をゆらゆらするぐらいのノリでいてくれている。


いい感じだ。


これならいけるかな? と私はロリポップの最中に観客を促してみた。


この世界には歌い手から観客に向かって催促するような文化がない。たとえば、ほら、手拍子を促したり、曲のある部分でお客さんに歌うように仕向けたり。ああいった観客と歌い手とがステージの最中に交歓するようなことがないのだ。


で、私はここぞとばかりに試してみた。


ぽん! という部分で観客に腕を伸ばしてみたのだ。


ふんふん、遅れて2つ3つが聴こえる。


次は、耳に手をあてがって観客にむかって上体を屈めてみせる。


意図を察してくれた連中が「ぽん!」と音を出してくれる。


それで、みんながみんな理解したようだった。


基本的に、この世界の…この国の人々はノリがいい。集団で楽しむのが大好きだ。


というわけで、一度でも理解してくれたのなら、あとは男女も年齢も関係なく、音を出してくれるようになった。


そして最後の、スタンド・バイミー。


名曲中の名曲だけあって、異世界であろうと通用した。

音楽は、何処であれ誰であれ、人が人であるかぎり、心に迫るのだ。


ダンスは要らない。


ただ歌う。

サシャとロッカと、歌う。


私は、この歌をうたう度に思い出す。


前世の悪友兼親友のことを。

木の上の小屋に憧れて、あいつと悪戦苦闘した夏休み。

強い日差しをものともせずに駆け回っていた、あの頃。

校庭でのドッジボール、プールの消毒液の臭い、昼間のせみ時雨しぐれと夜のかえるの大合唱。

知らず昼寝をしていて、起きたら掛けられていたブランケットの香り。

そして、夏の終わりの物悲しくなる気配。


声に心を込める。想いを込める。


楽しかった思いを。

楽しかった、切ない想いを。


やがて終わりに差し掛かった時だった。


「何の騒ぎだ、これは!」


無粋な声が歌を遮ったのだ。


それは、よく知っている、忘れようのない声だった。

ステージは3人称だとか書いておきながら…。


あと、男装しているので『私』を『僕』にしました。

おかしいでしょうか?


2017/11/01

心情シーンでの『僕』はちょっと違和感あります。とのご意見をいただきました。

なるほど、改めて読み返すと同じように感じました。

ので『僕』を『私』に訂正させていただきました。

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