モイライの初ライヴとか、マジ?
「皆様、シスター達のステージを見てご存じでしょう。1曲目はエヴリディ!」
ヴァイオリンが奏でられる。
それは人々がこの街に来て初めて耳にした面白い曲だ。
馬車のうえのステージにいた三人組が歌い始める。
ほう! と聴いていた人々は感嘆の声を漏らした。
どうせ真似事だろうと期待していなかったのだが、それこそシスターに劣らない…いいや、勝る歌声が響き渡ったのだ。
そう、それはまさしく響き渡ると言って間違いのないほどの声量だった。
なかでもまだ変声期前の少年の声は、触れてしまえば壊れるほどの透明感がありながら、どっしりとした声量があって、すっかり人々を魅了した。
加えて3人は歌うだけではなく、ひらひらと舞うように踊るのだ。
シスター達も踊ってはいたが、それは素人だからこそ許される野暮ったい動きだった。
しかし少女たちは違う。ダンス、というものの基本ができているのか素人臭さがないのだ。体の中心にしっかと芯が通っていて、ブレがないとでも言おうか。
特に少年の両隣の少女は綺麗だった。時にヒラリヒラリと衣装を膨らませて風に遊ぶ様子は無邪気な子供のようで、時に視線を流して蕾の色気を振りまき、そうかと思えばコミカルな所作で観客の微笑を誘う。
また、合わせ鏡のように動きがまったく同じだというのも驚くべきことだった。
2曲目、レット・ザ・グッド・タイムス・ロール。
少年が主に歌うのは同じだが、2人の少女が交互に、同時に、歌って人々を楽しませる。
3曲目、カム・ゴー・ウィズ・ミー。
少年が声音を変えて器用に歌う。
4曲目、5曲目と歌を聴いていた人々はすっかり盛り上がっていた。
手拍子は当たり前、少年が手を向ければ声を張り上げて一緒に歌う。
それはシスター達の前ではなかった光景だ。
あまりの声援に、何事かと街中から様子をみにきた兵士や騎士が、そのまま観客に化けてしまうような有り様だった。
途中、2人の少女がばてたのか休憩がはいる。
だが、興奮した人々は休むことを許さなかった。
もっと俺たちを私たちを楽しませろ! とブーイングが上がる。
さすがに危険を感じた兵士や騎士が動こうとした時だ、少年が「YEaaaaaa!」奇声というには美しすぎる声を発した。
人々が押し黙る。押し黙るまで、少年の声は続いたのだ。恐るべき肺活量だった。
ふー、と少年が膝に手をついて深呼吸をする。
2度3度。
この寒空の中で、少年の体から湯気がのぼっている。
そうして、己の熱を嫌うように少女のうちの1人から水をバケツで受け取ると、頭から被ったではないか。
人々はもはや声もなく少年を見守った。
ゆっくりと…少年の目が観客となった人々を見渡す。
誰もが『今、自分を見た!』と『自分だけを見てくれた』と錯覚した。
女性は無意識のうちに胸をおさえて顔を赤らめた。
男性でさえ、背筋をゾクゾクとさせた。
それほどに、少年は異様な色気を醸していたのだ。
その艶やかな髪に。
鋭い視線に。
唇に、首筋に。
胸元に、腰に、尻に、脚に。
少年のありとあらゆる部分に惹きつけられた。
やがて少年は口を開くと、歌った。
それは誰もが知っているイジリス教の礼拝曲だった。
ルールー♪ という歌声が冷たい冬の大気に溶けてゆく。
誰かが、声を合わせた。
少年の歌声に、1人2人、5人、10人と声を合わせる。
それは何時しか合唱となり、人々は身近な人と肩を組んで歌った。
曲が終わると、少年はニッコリと笑い、続けて『ロリポップ』を少女たちと共に歌った。
人々は観客となって、耳を傾ける。
とはいえ盛り上がっていることには変わりない。
少年が『ロリポップ』でポン! という音を鳴らすところで観客を促せば、ノリのいい連中は男女の関係なく音を鳴らしてみせるといった具合だ。
気付けば、通行の遅さに対する不満は消えてなくなっていた。
むしろ、門を出て行かねばならないことへの不満が出る始末だった。
「それでは最終曲となりました、スタンド・バイ・ミー」
その頃には、最後尾だった『モイライ』の乗る馬車は門の直前にまで進んでいた。
門を境に、内でも外でもモイライのパフォーマンスを目にしようと人が詰めかけている。
少年と2人の少女は歌った。
ダンスはなしだ。
ただ、歌った。
観客もうっとりと耳を傾けている。
そんな中で、彼ら5人は来た。
「何の騒ぎだ、これは!」
実力不足で、モイライと観客との盛り上がりが表現しきれません。
情けない…。