アイドル・ユニット出動とか、マジ?
短いッ! でも、これで限界なんです!
ごめんなさい。
砦の正門前の広場は大変に混雑していた。
祭り、ということで馬車や人の出入りが異常な多さになっているのだ。
そもそも、門は魔獣を警戒して大きく造られてない。なんとか馬車が2台通れるぐらいの幅しかない。
だというのに、その大きくない門に向かって我も我もと馬車と人が押し寄せてくる。
初日まではまだ増しだった。
なんせ、入ってくる人だけだったのだから。
しかし祭りの3日目ともなれば、街から出てゆく連中もいる。
その出てゆく連中と、入ってくる連中とがぶつかりあって、ほとんど一触即発の状況なのだ。
いいや、広場で馬車の誘導をしている騎士や兵士は実際に喧嘩を幾度も仲裁している。
しかも出入りするなかには貴族までいるのだ。
連中は横入りを普通に当然のようにしてくる。
それでいて注意をしようものなら、烈火のごとく怒る。
今も兵士は怒った貴族をどうにかこうにか宥めすかしたところだった。
「誰だよ、祭りなんておっぱじめたのは…」
祭りの予行演習で、思いっきり羽目を外して、酒をの飲み、ピザを食らい、シスターの演奏と歌と踊りを堪能して、ウハウハとはしゃぎまくっていた彼は今更になって愚痴をこぼす。
「おい、そこのお前。休んでないで働け」
またか。うんざりしながら、兵士は若く眉目秀麗なお貴族様を振り向いた。
5人いる。賊を捕らえるとかで、いきなり門前に押し掛けてきたのだ。
ただでさえ忙しいのに、さらに賊まで捕らえろとか言い出した現実の見えてない連中。
とはいえこれでも兵士として誇りを持っている。賊がいるのなら捕らえるのはやぶさかではない。
けれども、その賊とされている相手が問題だった。
リリンシャール。
兵士も知っている、シスター見習いだ。如何にも人を見下していそうな高慢ちきな美人顔のくせして、とてつもなくフレンドリーな少女。兵士も朝の挨拶を交わしたことがあるし、鼻歌を歌いながらスキップをしていた少女が裾を絡ませてスッ転んだのを目撃したこともある。
かつて、その少女は聖女と噂されたことがあった。
魔獣の森へ間引きに行った時のことだ。
そこで瀕死の兵士たちを治癒したらしい。それも『歌』で。
歌が神に届かないのは誰でも知っていることだ。
聞いた兵士や騎士はみんながみんな大笑いした。
あのリリンシャールが聖女? 呑気に歌をうたって、屋台で買い食いをして、ませガキ共にスカートめくりをされて追い掛け回している、あの女の子が?
本気にしているのは間引きに同行した兵士ぐらいだった。他の連中は聖女(仮)と言って笑っていた。
それが、祭りの2日目で変わった。
リリンシャールが歌をうたって、死にかけた子供を救ったというのだ。しかも、失われた腕さえも戻したという。
今度は目撃していた人が大勢いたこともあって、嘘だと一概に決めつけて笑うわけにはいかなかった。
兵士や騎士は噂しあった。
兵舎や修練場や酒場で、目撃したという奴や以前に間引きに同行した奴を捕まえて、話を聞いた。
もともとリリンシャールという少女は白狼に親しまれていたこともあって、下地は出来ていた。
これは、ほんとうの聖女様か。
人々がそう思った時だった。
急に正反対の噂が人々の口の端にのぼり始めたのだ。
あの白狼は偽物だ。何故なら、街の人間を守るという約束を守らなかった。そのような偽物に懐かれているリリンシャールが聖女であるはずがない。そもそもリリンシャールという娘は、王子殿下の想い人を卑劣な目に会わせた悪辣令嬢であり、王都を追い出された罪人なのだ、と。
熱に浮かされたように聖女が現れたと言っていた人々は、手の平を返してリリンシャールを詐欺師だと非難した。
それは、少女を知らない街の外から入って来た人ほど痛烈だった。
早朝。
そのリリンシャールを問いただすべく、兵士や騎士は修道院へと派遣された。
だが、彼女は姿を消していた。
派遣された兵士や騎士の指揮を執っていた王子殿下は『逃げたことこそが証拠』としてリリンシャールを人心を惑わした犯罪者として断定した。
そういった事情で兵士もまたリリンシャールを探しているのだが、何が何でも捕らえようという気持ちにはなれずにいた。
どうにも、あの人懐っこくて太平楽なリリンシャールが犯罪者だとは思えないのだ。
それに加えて、王子殿下たちの態度が癇に障った。
この忙しいのにあれしろこれしろと言いつけるくせして、本人たちは可愛らしい少女をチヤホヤしているだけで何をしようともしないのだ。
せめて自分たちも捜査に加わるのならまだしも、優雅にお茶を飲んでいる始末だった。
何の進展もないままに時刻は昼時になった。
王子殿下たちは、とっとと食事に行ってしまう。
残された騎士や兵士は不満ながらも仕事を続けていたのだが、そこにヴァイオリンの軽やかな音色が聞こえてきたではないか。
何事か!
広場の人々の耳目を集めて、中型の2頭引きの馬車が遣って来て、列の最後尾に並んだ。
それは奇妙奇天烈な馬車だった。二階建てなのだ。普通の箱型の馬車のうえに露台がのっている。それだけでも奇妙だが、奇天烈なのは露台に人が3人いることだった。
「お初にお目にかかります! これに見えるは我がアポロ・プロが売り出します新人のアイドル」
紳士然としたオヤジが声を張り上げる。
というか、アイドルとは何なのだ? ついぞ耳にしたことのない単語だ。そんな人々の疑問を他所に、オヤジは続けた。
「みなさまの無聊をお慰みできればと、ココで、今、彼女たちのステージを披露いたしましょう!」
見世物か? 兵士は上司である騎士に「勝手にさせて、いいのか?」と訊いた。
「いいだろうさ。これで進みの遅いせいの苛立ちも少しはまぎれるだろう」
上司がそう言うのなら。
兵士はおとなしく引き下がった。本音を言えば、兵士本人もアイドルとかいう連中の出し物を話のタネに見てみたかったし、何よりも上司の許可が下りたのだ。何か問題が起きても、上司…アゼイがきちんとしてくれるだろうという安心があった。
「それではご覧ください。アイドル・ユニット『モイライ』です!」
ユニット名は「モイライ」と付けていますが、3女神でググった結果、適当につけました。
何でも『人間の運命と寿命を司る3人の女神』のことらしいです。
また、次回も3人称の予定です。
基本的にステージ回は3人称になるかと思います。