サシャの気持ちと悪女になる決心とか、マジ?
筆? が遅いので、これぐらいの分量を書くのに2時間ぐらいかかります。
短くて、本当にごめんなさい。
「わたくしとジャックも連れて行って」
なるほど、ジャックは分かる。
ヒックスさんが亡くなった今、親類縁者のいないジャックは孤児院に入院することになるんだろう。
けど、それとは別に、考えてみれば、ジャックはもう平穏無事にこの街では暮らせやしないのだ。
だってさ、考えてもみてよ。
瀕死のところを聖女に救われた、ジャックは言ってみれば奇跡の具現者なんだもん。
下手したら王都に連れて行かれて、様々な調査をうけるモルモットにされてしまい兼ねない。ううん、それどころか偽の聖女に救われたということで、悪の手先として処刑だってありえる…。
相手はあの殿下とヒロインと取り巻きだもん。冤罪だって、幾らでもつくりあげるだろう。
でも、サシャは…。
「自分が何を言っているのか分かってるの?」
私はサシャの瞳をジッと見て尋ねた。
サシャが修道院からいなくなる。それは、サシャの実家である侯爵家が、富豪との契約…つまりサシャとの婚約を破棄したのと同じことになってしまう。当然だけど、今まで富豪が払っていた少なくない金額は返済しなければならないし、契約不履行? とかいうのかな、約束を破ったことで違約金とかも迫られるだろう。
そうなれば、落ち目の侯爵家なんて間違いなく潰れる。
まぁ、私からしたら娘をお金と引き換えにするような貴族は潰れて当然というか、時代の流れに付いて行けない分、遅かれ早かれの違いでしかない、そんなドライな考えになってしまうんだけど。
サシャは貴族としての自分に誇りを持っていたから、意外だった。
だって、彼女の選択は、家族を捨てる…令嬢としての自分を含めて捨てるということに他ならない。
侯爵家からお金目的で修道院に入れられている16歳の女の子は……
「ごめんなさい」
と私に向かって謝った。
「わたくしが、リリンに頼ってしまったから…あなたは再び殿下に目をつけられてしまった。それに、リリンは本当にジャックを助けてくれた。わたくしは、どんなことをしてでも、リリン……あなたに償いをするわ」
そっか。
サシャが元気なかったのは、私に負い目を感じていたからなのか。
ここで「そんなの気にしないでよ」と口にするのは簡単だ。
でも、それはサシャを突き放してしまうことに他ならない。
それにさ。サシャは自分では気づいてないんだろうけど『見も知らぬ男性と結婚したくない』という気持ちがあって、それが私との逃避行という選択に少なからず影響を与えていると思う。
まるで精神分析でもするお医者様みたいで、自分の事ながら偉そうだけどさ。
でもね、サシャとは親友だから。分かること、分かってしまうこと、だってあるんだ。
サシャは…恋に恋するような女の子なんだよ。きっと、私やロッカなんかよりも、よっぽど女の子だと思う。でも、そういった弱い部分を『侯爵令嬢』という矜持で無理矢理に押さえつけてる。そんな娘なんだ。
私は、そんな健気なサシャを見捨てることなんてできない。
だから、言った。彼女の望む通りの言葉を口にした。
「そうね、私はあなたのせいで大変な目にあってるわ。それに、あなたの望むとおりにジャックも助けた」
サシャが「はい」とうなずく。
サシャは今、どうしようもなく弱っている。好きだった人が亡くなって、私という親友を追い込んでしまって、自分を責めている。
結果、依存先を求めている。
私に……聖女に。
「なら。あなたは、私に何をくれるの?」
だから、私はその気持ちに応える。
「私の命をかけての忠誠をささげます」
彼女が、壊れてしまわないように。
「…受け取るわ。私に付いてきなさい、サシャ。これは、あなたから言い出したことじゃない。主人たる、私からの命令よ」
彼女が、私に付いてくるように言いつける。
正直言って、すごい悲しい。
こんな関係は嫌だ。
でも。私は聖女を演じる。健気な女の子の心の拠り所となるように。私に命令されたから、仕方なく実家を捨てたんだと自分に言い訳できるように。私は、彼女にとっての悪女となる。
私は、みんなを見た。
さすがは酸いも甘いも噛み分けた人たちだった。私の行為の意味を汲み取ってくれたのだろう、少しばかり痛ましそうな顔をしているケンプさんを含めて、何を言うでもなかった。
それはロッカもだ。彼女は鼻をすすっただけで、私を励ますように微笑んでくれた。
「改めて確認するよ」
私はみんなを見回して、言った。
「この街から逃げ出すのは確定。人数は、私、ロッカ、サシャ、ジャックの4人」
とまで言ってから、私は気付いた。
「ロッカはさ、私たちと危険を冒して逃げる必要なくない? あとで安全になってから追って来たらどう?」
「それは悪手ね。あたしとリリンが仲良くしてるっていうのは調べられるだろうし、そうとなれば、あたしには見張りがつくに決まってるもの。リリンの後なんて追えなくなるわ」
「となると、やっぱり4人か」
「けっこうな大所帯になるな」
ケンプさんが顎髭をしごきながら言う。
「しかも女子供ばかりだ。目立つぞ」
それから、しばらくのあいだ私たちはどうやって街から逃げるかを相談した。
馬車を改造して隠れる。
却下。改造するような時間的余裕はない。
白狼の背中に乗せてもらって脱出する。
どうだろう? そもそも白狼が背中に人を乗せてくれるだろうか?
「訊いてみよう」
ということで、私は早速、白狼たちを呼び寄せた。
方法は簡単。
ヘアピンを握って『来てちょーだいな』とお願いするだけだ。
軽い?
でも、必死でお願いすると、白狼さん達は『うおおおおーん』とか吠えながら遣って来るから、これぐらいでちょうど良いのだ。
トントン、と礼拝堂の扉がノックされる。
私が行こうとしたら、サシャが気を利かせて先に行ってくれた。
扉が開けられる。
「呼んだ?」
と軽い調子で、白狼がいた。親白狼じゃない。チビ狼のうちの1匹だ。
これからリリンシャールは、サシャのことを『あなた』としか呼びません。
何故なら、もう親友でも友達でもない、従者になってしまったからです。
でも、何時か。
サシャ、と呼べる日が来るかもしれません。呼ばせてあげたいですね。