リリンシャールを守るべく②
すごく短いです。
ごめんなさい。
シスター・ライザ。
そう口にしたのは、ロッカだったか院長だったか。
ライザは、だが修道服を身に付けてはいなかった。
そこらに居る街娘と変わらない服装をしていた。
「リリンが殺されるだと?」
眼光鋭く、ケンプが睨みつける。
そんな狂犬でさえ尻尾を股に挟んでしまいそうな眼力に頓着することなく、ライザは街の様子を語って聞かせた。
「今、街のほうぼうの酒場では噂話が広まってる。白狼が守ってくれなかったせいで人が死んだ、と。」
「シスター・ライザ! どうしてあなたが!?」
叱りつけようとした院長を「待ちな、ジャッキー」と制したのはケンプだった。
「あんた。確か、リリンと親しくしてたシスターだよな? で、その噂話とリリンとが、どうして結ばれるってんだ?」
「白狼が約束を守らなかった。つまり、この街の白狼は偽物で、その偽物に懐かれているリリンシャールもまた本当の聖女であるはずがない、という論法のようです」
「なんつー牽強付会だ」
「そもそも、白狼が約束したのは『街を守る』ということ。街の外、それも森の中に入った人を守るとは言ってないではありませんか」
「院長の言う通りですが、細かいことを一般の人々は知りません。というよりも、事件が起きて噂話が広まるまで、気にもしてなかったというべきでしょう」
「やってくれたな」
メリニ将軍は歯ぎしりして呟くと
「その噂とやらは、何処まで広がってる?」
「街中に」
端的に答えると、シスター・ライザは付け加えた。
「明日にはリリンシャールは毒婦ということになっているでしょう」
「でも、この街に住んでる人なら、そんな噂話を信じる人なんていないはずよ」
ロッカが言うも
「それはそうだが…。街には、外から来た人が大勢いる」
父親に反論されて、唇を噛みしめた。
「リリンが…毒婦? ジャックを救ってくれた、聖女さまなのに?」
サシャが呆然とつぶやく。
アゼイは拳を握りしめて、黙っている。
「噂を流したのは…流しているのは王子たちだな?」
「ええ」
「連中、どうしてそんな噂を流すんだ?」
ケンプの怒りをこらえた質問に、答えたのは商人として百戦錬磨のフェクターだった。
「おそらく…悪評を覆すためでしょう。元から王子の婚約者殿は評判が悪かった。加えて、今回の事件で王子たちも含めて評判はさらに悪くなるでしょう。その悪評を覆すために、リリンシャールさんを毒婦に仕立て上げ、その毒婦の悪事を見抜き、王都にまで連行することで、逆に評価を得ようと考えているのでは?」
「そうなると、リリンはどうなるってんだ?」
「リリンシャールさんが効果の高い治癒の魔法を使えるのは事実です。ですから……言いにくいのですが、飼い殺しでしょう」
「高位貴族の連中にいいように使われるってことだな」
メリニ将軍がボソリと口にする。
気詰まりな沈黙がおちる。
「リリンシャールを逃がすなら、チャンスは今夜だけです」
「…あんた、いったい何者なんだ? ただのシスターじゃあるめぇ?」
「わたくしは、ミューゼ家のスリザリン様にお仕えしている影です」
「スリザリン様というと、リリンシャールさんの御母堂でしたか」
フェクターの言葉に
「その通り」
言って、シスター・ライザだった影は顔を手の平でぬぐった。途端、まったく違う顔があらわれる。
何処にでもいそうな女の顔。かつてアゼイに見せた顔とはまた違っている。
「院長には騙して申し訳ないことをした。本物のシスター・ライザは、ノッツの街で幸せな家庭を築いている、心配しないでほしい」
ケンプは言うまでもなく。シスター・ライザをよく知っていた院長もサシャもロッカも言葉が出ない。
だから、訊いたのはメリニ将軍だった。
「しかし、だ。逃がすといっても何処に逃がす? スリザリン様の実家が匿ってくれるのか?」
「その答えを言う前に」
アゼイ・ワード。とライザだった影は騎士の名を口にした。
「お前は、リリンシャール様に付くのか、それともクルシュ様に付くのか?」
「俺は…クルシュ様に恩がある」
「ならば、これからリリンシャール様の匿い先を聞けば、クルシュ様に伝えるのだな?」
「…主人を裏切ることはできん」
「ならば」
死ね。と言う前に、影は黒く染められたナイフを抜いて音もなくアゼイへと迫った。
次は、普段通りにリリンシャールの視点にしたいと思います。