リリンシャールを守るべく①
深夜の礼拝堂。
イジリス教のシンボルがぼんやりと照らすなかに、複数の人影があった。
「全員、揃ったな」
メリニ将軍は、極秘で呼び寄せた6人を順繰りに見た。
この修道院の院長であるジャッキー。
街の顔役で鍛冶処を営んでいるケンプ。
王都にまで勢力を伸ばそうとしているグリングランデ商会の商会長たるフェクター。
その娘であり、シスター見習いのロッカ。
同じくシスター見習いで、元侯爵令嬢のサシャ。
今回、各人を呼ぶのに動いてもらったアゼイ。
「それで将軍。こんな時間にこんな場所へ、わたくし達を呼んで何の用です?」
院長がメリニ将軍を見る。
「このメンツだぞ? もう分かってるんだろ? そんな化かし合いはやめようや、意味がない」
「そうですね。もちろん、用というのは…」
「リリンシャールのことだ」
「おいおい」とケンプが声を上げた。
「まさか、あのリリンが聖女だとかいう噂でワシ等を呼んだってのか?」
ケンプは馬鹿らしいと言わんばかりに軽口を叩いたのだが
「噂は本当なのですよ」
院長の言葉に、ケンプは目をすがめた。
「ジャッキー。ワシは場を読めねぇ冗談は好かんぞ。聖女というと、アレだろう? ガキの時分に聞かされた」
この世界には聖女伝説がある。
なにも小難しい口伝とか伝承とか、そういったものではない。『何時か人々を幸福に導いてくれる聖女さまが現れる』そんな伝説ともいえやしない半ば冗談めいた願望を前提として『だから、良い子にしてないと聖女さまが来てくれなくなっちゃうわよ』と母親が子供を窘めるのに使われるのだ。
誰でも知っている、聞かされる、聖女のお話。
それこそ農民だって、貴族だって、王族ですら、子供の頃に聞かされて育つ。
ははは、とケンプは乾いた笑い声を発した。
「あのリリンが聖女だ? 街中の奴等に朝の挨拶をして怪訝な顔を向けられて、それでもメゲズに挨拶してるうちに皆から挨拶を返されるようになった、あいつが? 男所帯のワシの家の掃除を嫌がるでもなくして、パンツまで平気で洗うようなあいつが? ワシみたいなむさ苦しい奴に懐いてくれている…あいつが?」
ケンプの声が尻すぼまりに小さくなる。
言っているうちに気づいてしまったのだ。
少女が、確かにみんなに笑顔を与えていたということに。
「しかし、聖女は殿下の婚約者である男爵令嬢ではなかったのですか?」
フェクターが確認する。
「確かに、彼の令嬢は聖女であるとされた。心に傷を負っていた高位貴族の令息を幾人も励まし、笑顔を浮かべさせたということでな。であればこそ、殿下がリリンシャールを無下にしても許されたのだ。しかしな…調べてみると、どうにも胡散臭い。彼の令嬢は癒しの魔法を使えるらしいが、楽器の練習を満足にしないせいで、シスターよりも効果は低いと聞く。それに、王都やその周辺の街村での、彼の令嬢の評判は散々だ、とだけ言うておこう」
「そうなると、リリンさんが新たに聖女として?」
「そうなるでしょう! 殿下の婚約者を虐めたなどという不名誉は撤回されて、あの娘は晴れて聖女へとなるのです!」
「ジャッキー!」
と、捲し立てていた院長の肩をケンプが掴んで黙らせた。
「お前…なんつー顔してんだよ?」
院長は、泣き笑いの顔をしていた。
「リリンがいなくなっちまうのが、寂しいんだろ?」
「…あの娘は。どうしようもない子です。じゃじゃ馬で、何を仕出かすか分からない、ビックリ箱みたいな子です。ですが根は真面目で、他人の喜びを我がことのように思える、そんな子です。不名誉を受けて家を放逐されてしまいましたが、何かの間違いに違いないのです。そんな子が、家に戻れる。喜ばないと……」
院長は、初めのうちこそ悪辣令嬢と呼ばれた娘のことを嫌っていた。しかし、間近で娘を観察するうちに、その誰よりも懸命に励む姿に感心し、人々に笑顔を浮かべさせる様子に感銘をうけ、やがてころころと浮かべる喜怒哀楽の表情にほだされたのだ。
何時だったか。リリンが言った言葉が院長の胸に残っている。
私、立派なシスターになりたいんです。そうしたら、妹が許してくれるかもしれませんから。
聖女となれば。きっと、妹さんもリリンシャールを受け入れてくれるだろう。それどころか、公爵家に戻ることだって。
喜ばないといけないのに。
院長として、1人の子だけに気持ちをむけるなどあってはならないのに。
どうしても…。
院長は、口を手でおさえて嗚咽した。
リリンシャールが名誉を回復出来て嬉しい。
きっと、居なくなってしまう。寂しい。
初めての感情だった。
だが。そんな院長すら驚愕させるような発言を、メリニ将軍はした。
「あの娘は……無事では済まないだろう」
と。
「どういうことですか!?」
勢い込んで訊いたのは、リリンシャールの親友を自認するロッカだ。
「皆を呼んだのは、そのことを相談したかったからだ。オレはな、リリンシャールの奇跡をこの目で見た。その時に、ふと、殿下と婚約者殿たちを目に入れちまったんだ。殿下と取り巻きの令息どもは、ただただ奇跡に見惚れている様子だった。しかしな、婚約者殿は……」
メリニ将軍は思い出す。
彼の男爵令嬢は、リリンシャールのことを憎々し気に睨んでいた。
そして、もう1人。
薄く笑っている青年がいたのだ。
彼は、確かリリンシャールの兄だったはず。だが、どうにも笑い方が気になっていた。
「婚約者殿は……己の立場が危うくなったのだ、リリンシャールをタダではおかないだろうよ」
「それは……そうかも知れない」
聡いロッカは分かってしまった。
悪辣令嬢などという悪名を、気のいい親友に擦り付けたのが誰なのかを。
そうして、そんな女が、聖女という立場を追われようとしたのなら、どんな手にでるかを。
「そもそもだ。アゼイ、言ってやれ」
それまで直立不動の姿勢をしていたアゼイは、うなずいてから口を開いた。
「今回、殿下方がコノ街を訪れたのは、王都周辺で広まりつつあった婚約者殿の悪評をどうにかしようと考えたからです。その手段というのが、白狼を手なずけるということ。魔獣の森にはいったのも、トマトをしのぐ白狼の好物が、森の奥にならあると踏んでのことでした」
「そんなことのために!」
激昂したのは、それまで気の抜けたように立っていたサシャだった。
「ヒックスさんは…」
ガックリと膝をついてしまう。
慌ててロッカが親友を抱いて慰める。
「わたくしのせいで、リリンが…とんでもないことに…」
「しかし、まさか殺すようなことはせんだろうが?」
ケンプが不安を紛らすように言うが、誰も応えない。
メリニ将軍も院長も、サシャはもちろん、ロッカもフェクターも貴族の恐さを知っていた。
殺されない、とは言えない。
よくて飼い殺し。貴族のためだけに癒しの魔法を使わされることになる未来。
籠の鳥。
自由なんてない。
歌うことなんて許されない。
リリンシャールはきっと、笑顔を失うだろう。
そのことを誰も言いだせずにいると
「残念ですが、連中はリリンシャールを殺す気でまんまんです」
より残酷な未来を女の声が口にした。
サシャでもロッカでも、まして院長の声でもない。
「誰だ!」
誰何したアゼイとメリニ将軍が腰の剣に手をかける。
その者は、2階席にいた。そこから飛び降りて、音もなく着地する。
「シスター・ライザ」




