世界の片隅で起きた奇跡とか、マジ?
頭がガンガン痛む。
魔力が…なくなっているんだ。
でも、まだ歌をやめるわけにはいかない。
まだまだ、ジャックを癒すには歌が足りてない。
わかるんだ。
魔力の流れ。ジャックへと流れてゆく勢いで、まだまだ癒しの効力が足りてないって。
『人の身の内にある魔力のみに頼らぬことだ、娘よ』
頭の中に声が届いた。白狼の声だ。
『もとより、人の身の内の魔力は少ない。なれば、他より借りればいい』
他って?
『周りに気を向けてみよ』
歌いながら、ガンガン痛む頭で、ジャックを想いながら、それでもなんとか白狼の言うとおりに周囲の気配を探る。
そうして。
ああ……。私は感嘆した。
世界は何処も彼処も魔力できらめいていた。
地面に生えている名もない雑草。
飛んでいる鳥。
人も馬も。
大気にさえ。
魔力は其処にただあった。
『感得したか? 魔力は世に溢れている。お主の身の内の魔力とは比ぶるべくもなく』
だから、借りる。
私は、大気にただよう魔力を息とともに吸い込んだ。
ガンガンとした頭痛が少し楽になる。
でも、これだけじゃ、足りない。
吸い込む、んじゃない。
体全体で……取り込むんだ。
ぐん! と体が楽になった。
頭痛がなくなる。
歌声に力を…気持ちを一層こめた。
ジャック! ジャック! あんたは、こんなところで死んじゃ駄目だよ!
騒いでいた口は、おのずと閉じた。
誰が率先したわけでもなく、ただ……声もなく。人々は少女を見守った。
美しい歌声が、心に届く。
空間にキラメク粒子が、ゆるりゆるりと少女の方へと流れて、その細い体に吸い込まれてゆく。
それは幻想的で、神秘的で、心に迫る光景だった。
長い旅をしている中年の商人は、どうしようもなく妻と子供たちに会いたくなった。
若い兵士は、片思いをしている女の子に想いを伝えたくなった。
赤ん坊を抱いた母親は、腕にわずかに力をこめて、すやすやと眠る赤子の額に口づけをした。
愚痴ばかりこぼす老爺は、亡くした妻から叱られたように感じた。
男も女も。
少年も少女も。
老人も、赤ん坊も。
大切な、大切だった、そんな人を想いうかべていた。
やがて、誰かが気づいた。
虫の息だった少年の顔色が良くなりつつあることに。
だが、そこに驚愕はない。
聖女さまが、少年を癒した。ただ、それだけのこと。
しかし、それだけでは終わらなかった。
少年を見守っていた少数の人々は目を見開いて息を呑んだ。
なんということ!
少年の、なくなったはず腕が、気づけば、生えていたのだ。
それは始めのうちは幻のように揺らいでいた。
だが、時が経つにつれて…いいや、聖女さまが歌うにつれて、はっきりと『場』に定着をした。
欠損した部位が回復する。
そんな話は聞いたことがない。
まさしく聖女。
奇跡の御業。
やがて、少年は五体満足になって、そこに眠っていた。
歌声が止む。
聖女の髪の輝きがおさまる。
空間にただよっていた魔力の輝きが霧散した。
ふらり、と聖女が横ざまに倒れた。
それでも人々は動かなかった。否。動けなかった。この整えられた今を最初に壊してしまうのが畏れ多かったのだ。
だから。動いたのは、当然、人ではない。
白狼だった。
まず、体の大きな白狼が聖女を労わるように、彼女のほほをひと舐めした。
すると、他の3匹が寄ってきて、聖女を守るように座った。
おおおーーーーン!
白狼がなく。
おおおおおおーーーーーーーーーーン!
白狼たちが吠える。
「聖女…さま」
呟いたのは誰だったか。
その場に跪いたのは誰だったか。
人々が声もなしに膝をついて頭を垂れる。
ちらちら、と雪が降り始めていた。
遠くのほうでは、祭りに騒ぐ人々の声がある。
世界の片隅。魔獣の森のほとりにある砦の街で起きた奇跡。
それを目撃したのは、わずか30人にも満たない。
聖女は、力尽き、今は眠る。
投稿したとき、総合評価ポイントが『777』でした!
今のところ、毎日の投稿を頑張ってます。
ですが、どうしても短時間で書き上げるのが目標になってしまい、文章が荒くなってしまいがちです。
読んでくださっている皆様には、申し訳なく思っております。
それと。今日も読んでいただいて、感謝です!