王子とヒロインと逆ハーメンバーが遣って来たとか、マジ?
事件は2日目に起こった。
その日は朝から砦の街はたいそうな緊張感に包まれていた。
それもそのはずで、王様が来臨される予定になっていたからだ。
言うまでもないことだけど、白狼が姿をあらわしたことで、急遽、決定したことだった。
魔獣の森のほとりの砦は、それこそ人類の領域を死守する大事な場所だけれど、その建設100年を祝うためだけに王様がわざわざ足を運ぶなんてことはなかっただろう。逆に、メリニ将軍がお城に呼び出されて、お言葉を頂戴するぐらいのことで終わっていたと思う。
だって、ココは魔獣の森のほとり。超、危険なのだ。
だからかな? 間際になって、王様の御幸に反対する貴族の重鎮が出たのかも知れない。
当日になって砦の街に報告されたのは、遣って来るのは王様ではなく、王子だという事実だった。
それもヒロインと、逆ハー・イケメン・メンバーを引き連れてのお越しらしい。
「…マジか」
これが絶句せずにいられようか。
世界の果てともいえるコノ街まで逃げてきたというのに、何の因果か、向こうから追いかけてきたのだ。
「今までリリンのことを考えて黙ってたんだけど、あの連中、王都でも評判が悪いのよね。ひと言でいうと、遣りたい放題らしいわよ?」
「王都でも、ということは、他の街でも悪評があるんですの?」
「あるなんてもんじゃないわよ? 農業改革だとか言って、農地に…その、尾籠なことを言うけどウンチを撒き散らしたり」
ああ、それは駄目だ。私、知ってるんだ。ウンチ…というか肥は、発酵させて雑菌を殺してからじゃないと意味がないどころか、毒を撒いているようなものだって。前世で、社会科の先生が教えてくれたんだよ。
「しっかり、税を取っていた代官を、弱い者イジメだとか難癖付けて罷免させて、代官を雇っていた領主と大揉めに揉めたり」
ははぁ。なんとなくだけど、察しはつく。ヒロインが貧しい暮らしをしている人達を見て『かわいそう』だとか、そんな感じのことを言っちゃったんじゃないの、それ?
まぁ、気持ちは分かるんだけど。
可哀想だと思うなら、代官をどうこうするよりも、働く場所をつくってあげればいいのに。曲がりなりにも、あの連中は権力を持っているんだから。
「それは…代官を勝手に罷免させてしまうなんて、領主の顔に泥を投げつけたようなものですものねぇ」
サシャが呆れたように溜め息をつく。
「それでさ、ここからが重要問題なんだけど。王子の連中がココに来るのは何でだと思う?」
ロッカの質問に、私は指を1本立てた。
「まず。陛下の名代というのは建前で、単に白狼を見たかっただけ」
2本目を立てる。
「次に。腕試し、かな?」
「腕試しですの?」
「あの連中は無駄にスペックが高いから。たぶん、魔獣の森で狩りでもするつもりなんだよ」
たぶん。とは言ったけど、これは確信に近い。
「王子だよ? 次代の王様だよ? そんな軽率な」
「ことをするんだなぁ、これが。だって、衆人環視のなかで、私を断罪して、婚約を破棄するような相手だよ?」
私の言葉に、ロッカとサシャが難しい顔をする。
わかる、わかる。この国の未来が心配になるよね。
続けて3本目の指を立てる。
「それから。これはあんまり当たってほしくないんだけど。私の様子を見に来た…のかもしんない」
だけど、と心のなかで付け加える。王子とヒロインが、悪辣令嬢のことを憶えている確率は半々だろう。あのお花畑の2人は、終わったこととして『リリンシャールは過去のこと』と脳内処理をしている感じがする。でも、お兄様……実の妹に『子供を産んでくれ』とかのたまってくれちゃった、病みのはいったクルシュ様は確実にヒロイン一行に紛れて、この砦の街まで足を運ぶだろう。むろん、私の様子を見るために。
ゾッ、とする。
鳥肌が立つ。
王子とヒロインは顔を見たくもないけど、クルシュ様に関しては恐怖しかない。
「リリン、顔色が悪いですわよ」
「無理もないって。いいから、今日は寝てなよ」
仮病で王子たちが街を去るまで誤魔化せるだろうか?
私はおとなしくベッドに入った。
「すまないねぇ」
と頼りない声を出して「それは言わない約束だよ」なんて返しを期待してたのだけど
「なーに言ってんのよ」
「わたくし達は友人なんですもの」
マジで優しい言葉をかけられて、ちょっと涙目になっちゃった。
ほんと、前世から今世まで、私は友達に恵まれていると思う。
こうして2日目は仮病で過ごすことになった。
シスター・ライザを通して、院長も『顔を会わせたくないようなら、そのまま大人しくしていなさい」というお許しが出たし。
1人でゆっくりするのは久しぶりだった。
馬車の旅は、ゆっくりとはできたけど1人じゃなかったし。
私は、ぼんやりしてるのが嫌いじゃない。
空を見上げて、あの浮かんでる雲を念力で消しちゃる! なんて遊びをするのだ。
そんなことをしていると、それこそ気づけば1時間ぐらい直ぐだ。
のへー、とする。
のヘーとしているからか、時間が飛ぶように過ぎる。
のへーとしているとお腹もすかないし、エコだ。
「リリンシャール!」
バタンとドアが開けられて、私はビクリと竦みあがってしまった。
サシャだ。
サシャは、らしくもなく髪を乱して、走って来たのか息を喘がせて、訴えた。
「助けて、リリンシャール」
と。
私の平穏な時間は、終わったのだ。
尾籠とは、汚いとかそんな意味です。
僕は『竜馬がゆく』を読んで、おぼえたような気がします。