将軍と院長の苦悩とか、マジ?
「どうも本人たちから聞かされたところだと、白狼はあのトマト(仮)が好物だったみたいです。それで匂いを追って来たら、もっと美味しそうな匂いがする、と。だからピザを食べさせてくれ、と言われました」
私の発言を、メリニ将軍と院長はこれ以上ないというほど神妙な顔をして聞いていた。
「すると、あのトマトとやらはもう手を付けないほうが良いようだな」
「あ、それは白狼から許可を貰いました。毎日ピザを献上するなら、トマトを収穫してもいいと」
「い、いま何と言いました?」
院長が慌てたように訊く。
「ピザを食べさせてくれるなら、白狼がこの街を守ってくれるって言いました」
「おい! そんなこと、今、言わなかったじゃろうが!」
将軍が愕然として突っ込む。
「あれ? 言いませんでしたか?」
「「 言わなかったわ(ぞ)! 」」
2人は声をそろえると、頭を抱えた。
厳格で毅然とした院長が、まさかの態度である。
それほどの重大事ということなんだろう。
「伝説の白狼が、実際に生きているというだけでも大事だというのに…」
「その白狼に子供までいるなんて…」
「しかも、ピザとやらを食わせろだと? 食わせてくれるなら街を守護するだと?」
はぁぁぁぁぁ、2人は溜め息をついている。
偉い人は色々と考えることがあって大変だよね。
私なんか、ピザで街を守ってもらえるなんて『お得過ぎて、ラッキー』ぐらいにしか思わないけど。
のほほん、と突っ立っているのが癇に障ったのか、院長が私をキッと見た。
「そもそも、です。どうして白狼はリリンシャールに話しかけたのですか?」
さて、どうするか? 魔獣の間引きの時に、白狼の出産に立ち会ったからです。と真実を吐露すべきか。でもそうすると
『どうして、言わなかったのです!』
と怒られる気がする。ううん、ぜ~ったいに叱られる。
だから、私は咄嗟に嘘…じゃなくて誤魔化した。
「私がちょうど、焼き上がりのピザを持ってたからじゃないですか?」
そう言われてしまえば、院長だって追及は出来ない。
ちょっとだけ私に怪しむみたいな視線を向けてきたけど、結局のところメリニ将軍との話し合いに思考を振り向けたみたいだ。
私は、ここでお役御免とばかりに将軍の執務室を追い出された。
そのまま兵士さんや騎士さまが働く役所をあとにする。
歩いている時に耳に入ってきたのは、やっぱりというべきか白狼のことだった。
たいへんな噂になっているみたいだ。
そして同時に、白狼が所望したピザなる食べ物のことも話題になっていた。
これから地区ごとの広場では、お料理上手さん達や料理好きな人たちがピザを焼くことになるだろう。お祭りまでの間、それこそ毎日、試作品を食べることができるはずだ。
お祭りの日には、どんな趣向を凝らしたピザがでてくるか。
今から楽しみだ。
ルンルン気分で修道院に戻ると、礼拝堂のほうから音楽が聴こえてきた。
「おー、やってるやってる」
お祭りに向けて、シスターや見習いが練習をしているのだ。
礼拝堂のなかは熱気でムッとしていた。
それだけ長い時間をココで練習しているということだ。
正直な話。シスターも見習いも、私が入院した時とは段違いに意気込みに満ちている。
それというのも、昔と違って信徒さん…というか聴衆が大勢いるからね。
晩の礼拝は立ち見すら出るほど盛況だ。
人が聴いている。聴かせている。
この緊張が、好い方向に作用しているみたいだった。
シスターが緊張感をもって練習をして、それに引きずられて見習いも練習に熱を入れる。そうなると見習いの技術もメキメキ上がって、晩の礼拝で出番を貰えるようにもなって、切磋琢磨を始めて…といった具合だ。
…もっとも私はいまだに朝の礼拝にも出させてもらえないんだけど。
以前とは違って、修道院のみんなと満遍なく打ち解けた今では、意地悪からじゃない。
純粋に、私のフルートの扱いが下手なのだ。
壊滅的だと自分ですら思うもん。
そんな私を見捨てることなく教えてくれているサシャは、マジで根気があると思う。ロッカなんて、とっくの疾うに匙を投げている節があるもの。
で。そんなフルート下手っぴいな私は思うのです。
せっかくのお祭りなのに、こんな宗教的な色彩の濃い、重ったるい音楽じゃ、盛り上がらないンじゃないかな? と。
でも、私はフルートが下手っぴいだから、言いだせなかったのだ。
今までは。
私は意を決すると、礼拝堂へと踏み込んだ。
今までは言えなかったけど、言わないと。
だって、このままじゃ、せっかくのお祭りが白けちゃう。
私は舞台に立つと……歌った。
曲は『ロリポップ』。アメリカの女性4人組『ザ・コーデッツ』が1958年に大ヒットをさせた歌だ。