ピザの実食と白狼親子とか、マジ?
「では、寝かせて膨らんだ生地を麺棒で円くなるように伸ばしてください」
集まった各地区のお料理上手な女性たち、実に40名に、私は指示を出す。
さすがはお料理上手な方達だ。私なんかよりも手早く生地を成形している。そもそも麺棒すら自前だし。というか、この街にはパン屋さんという職業がない。それというのも、今ココに集まっている人達が、昔からパン屋さんの代わりをしているからだ。
簡単に謂れを書くと。街をつくったはいいけど、パン職人さんが来てくれない、困ったなぁ。だったらアタシがパンを焼くわよ! と当時のお料理上手さんが挙手。だったら頼むよ、もちろん材料費と手間賃は街が払うから。という流れで、以来、パン屋さんは無しで、お料理上手さんが地区で必要とする分量のパンを焼きあげているらしい。
つまり、彼女たちは公務員でもあるのだ。
それから、手作りしたトマトソースを適量。
あ、トマトソースはフォンやブイヨンとかと違って、つくるのはそれほど難しくないし手間もかからないから。簡単に工程を書いてしまえば、オリーブオイルに似た油で、ニンニクのみじん切りを炒めて、そこに玉ねぎを投入、更に湯煎して皮を剥いたトマトを加えて、ひと煮立ちしたらば塩コショウで味を整える。バジルやローリエ、オレガノなんかのハーブは、私の場合は料理の時に加えるから、トマトソースには入れません。って、こんな具合だね。
ええ、ええ、もちろん私に教えてくれたのはアイツですよ。悪友兼親友。
トマトソースのお次は、新鮮なチーズをパラリパラパラ。
チーズを落とす間にも、私はヨダレを垂らさないように我慢しなければならなかった。
だって、どう見てもさ。駄目な奴じゃん! 美味しすぎて、駄目な奴じゃん!
んん? チーズの種類は何かって? さすがにそこまでは…。水牛はいないから、モッツアレラじゃないのは確かだよ。
こうして完成したピザを、既に燃焼しているピザ窯に入れちゃいます。
待つほどに、チーズと生地の焼ける匂いが周囲に広がって、陣取っている腹へリーズが前のめりになっている。
約5分後。薄っぺらいヘラみたいな道具で熱々のピザを取り出して……。
「ふおおおおおおお!」
私と腹へリーズは、図らずも合唱してしまった。
「なんと美味しそうな…!」
チーズに焦げがついている。ポイント高いよ、君!
さぁ、いざ食べよう。という段になって、私は気づいてしまった。
ピザを切り分ける道具。あの円盤カッターのついた『ピザ・カッター』を用意してないのだ。
これは早急にケンプさんに相談しなければ。
でも、ないものは仕方ない。ということで、大急ぎでご近所から包丁を借りて来て、切り分ける。
うう…せっかくのチーズが包丁で引きずられてしまう。
「では! 初めにこのわたくしめが、ピザを試食させていただきます!」
宣言して、私は「あ~ん」とピザを食べた。
みんなが、私に注目している。今にも飛びかからんばかりの野獣の目だ。
でも、そんなの全然全く気にならない。
何故なら、私は今、至福だからだ!
もぐもぐ、ごっくん。
気付けば、切り分けた分量がなくなってしまっていた。
「ふぅ」と吐息をひとつ。
私は、お料理上手な女生と腹へリーズをもったいをつけて見回した。
そして
「生きてて良かったぁ!」
叫んだ。叫ばずにはいられなかった!
おお! 腹へリーズが獣のように吠えて、お料理上手さん達が焼き上げたピザに群がる。
って。
あれ? 獣の声だと思ったら、マジで獣がいた。というか、私の横に白狼がいた。しかも3匹のチビ狼までいる。
…私、呼んでませんよね?
当然だけど、白狼は目立つ。
ざわり、と場が静まった。
「なんだ、あれ?」
「白い狼?」
「白狼か? 伝説の?」
こりゃー、言い逃れできない気がする。
白狼が修道服の裾をくわえて引っぱっている。
しゃがめ、ってことかな?
私は腹をくくった。つまり『もう、どうにでもな~れ!』という心境になった。
「その旨そうなものを食べたい」
しゃがんだ私に、白狼は言った。
「その為だけで、人前に来たの?」
小声で訊く。
「違う。お主等が盗んだ物を取り返しに来たのだ」
「盗んだ物?」
「あの赤い実だ。あれは、我らの好物なのだ」
なんと! 狼のくせしてトマトが好物とか! いやいや偏見はいけない。前世でもキャベツが好物の犬とかいたし。
それで納得。赤く熟した実がなかったのは、白狼が食べていたからなんだろう。
「それは…ごめんなさい。盗むつもりはなかったの。今回の分は、他の物で返すから、許して」
もしかして激怒して来たのかと思ったけど、でも怒っているようには見えない。
「ならば、あの旨そうな匂いの物をくれ」
白狼がジッとピザを見ている。それこそ、私と話している間も、熱視線を注いでいた。
それは控えているチビ狼たちもだ。
「駄目か?」
「駄目なんてことないけど」
私は言って、4枚のお皿に切り分けたピザを載せて、白狼たちの前に置いた。
犬って…狼って、ピザを食べても平気なんだろうか? というかトマトソースには玉ねぎが使われてるんだけど。確か犬にとって玉ねぎは毒だって聞いた気がする。
とはいえ、相手は異世界の生物。しかもトマトが好物な。
前世の常識は通用しないと考えたほうがいいだろう。いいや、本音を言えば、ココで『あ~げない』なんて言おうものなら白狼がどう出るか…。危機感をおぼえたのだ。私なら、目の前に美味しそうなものがあって、しかもソレは私の好物を盗んで作られたもので、なのに食べさせてくれないなんてこと言われたら。間違いなく、暴れる。白狼だって、暴れるだろう。きっと…。
ええ、ええ。自己保身優先ですよ? でも、私ってば悪辣令嬢ですから!
「熱々(あつあつ)だから、気をつけてね」
「留意する」
何やら難しい言葉を口にして、白狼は躊躇うことなく『もしゃり』とピザをひと口で食べてしまった。
口の中を火傷しないのかな? と心配したけれど、白狼は味わうみたいに目を閉じてモグモグしている。
平気みたいだ。
チビ狼たちも、お母さんの後ろでお座りしながらモグモグ。
ゴックンと飲み込んだ白狼は、でも目を開けなかった。
やっぱり玉ねぎが…。
なんて思っていたら
『カッ!』と白狼とチビ狼たちが目を見開いた。見開いたというよりも、かっ開いた!
「わおーーーーん」と吠える。
「わおわおーーん」とチビ狼たちが吠える。
場が騒然となったけど
「うまいぞおおおおおお!」
「おいちいよおおおおお!」
白狼たちが人間の言葉で叫んだことで、ピタリと動揺はおさまった。
恐い、というよりも可愛かったのだ。
「娘よ! 赤き実を盗んだのは許そう。というよりも、毎日この旨い物を献上するのなら、赤き実を収穫することを許そうではないか」
なんと寛大な! とはいえ…
「毎日かぁ。ちょっと面倒くさい…」
思わず本音が漏れてしまった。
いやいや、私、忙しいし。意外とやることあるし、仕事もあるし!
それを聞いた白狼さん。怒るかな! と思ったんだけど。
ガックリと。それこそこの世の終わりみたいに頭をズーーーンと落としてしまった。チビ狼たちも伏せをして、前足で頭を抱えている。
罪悪感がハンパない。
「そ、それなら。あたしらが献上するよ」
見兼ねたのか、恐いもの知らずのおばちゃ…もとい、お姉さんが申し出た。
ガバリ! と白狼とチビ狼たちが顔を上げた。
「真か!」
「え、ええ」
気圧されたお姉さんが、助けを求めるみたいにお料理上手な友達を振り返る。
「も、もちろんよ!」
「嘘なんてつかないわ!」
「任せてください!」
胸をドンと叩く女性陣。肝っ玉だ。
「なんとなんと! ならば、我等は親子でもってコノ街にすむ人間どもを守ろうぞ!」
へ? 私はビックリした。
それって、私の契約と同じことだよね? まぁ、それはいい。
けどさ。
「白狼さんや。前に人間が嫌いとか言ってなかった?」
私が小声で訊けば
「嫌いなどとは言うておらん。憎んでおるのだ」
余計に悪くない?
「なのに、守ってくれるの?」
「娘よ、そなたに我が一族に伝わる至言を教えよう」
「至言?」
「旨い食い物は正義、だ」
「それは…その通りですね」
私は納得した。美味しいものこそは正義。正しい言葉だ。
ただし、私の場合はソコに『歌』も含まれるけどね。
登場時の厳めしい白狼さんは幻だったのです。
ピザ…食べたいけど、宅配は高価なんですよね。
自分は、年に1回、食べるか食べないかです。
だからこそ、ピザへの憧れがハンパないのです!