メェ将軍とか、マジ?
私が修道院から出てきた途端に、何時も挨拶をする人や、見知った人や、見知らぬ人までもが集まってきた。
「おうおう、久しぶりだな聖女様(笑)」
「顔見せないから心配したわよ」
「いったい何をしでかしたのさ」
「院長さまの大切にしていた壺を割ったんじゃろ?」
「いやいや、イジリスのシンボルに悪戯したと、俺は聞いたぞ」
「あたしはシスターたちが寝ている間に、顔に悪戯書きをしたって聞いたけどねぇ?」
「違うって! いつも通りに木登りしてて、落ちたんだろ?」
「じゃあ、怪我をしたのかい?」
「それが聞いてくれよ! 驚いたことに、無傷だったらしいぜ」
へー、とみんなが私に注目する。
いや~、言いたい放題に言ってくれますね。
娯楽が少ないから、私が謹慎された理由をみんなでワイワイ考えてたんだろう。
ま、これなら本当のことを言っても『またまたぁ』と冗談としてスルーされそうだ。
ワイワイガヤガヤ、どんどん、人が集まってくる。
私が身動きできないでいると
「のきやがれ!」
髭もじゃのケンプさんが人ごみを掻き分けて遣って来た。
強面のケンプさんはこの街でちょっとした顔役だから、喧嘩になることもなく、道を開けてくれる。
「何事かと思えば、やっぱりリリンだったか!」
「お懐かしや、ケンプさん!」
思わず抱き着いてしまう。
「お、おう?」
と照れているらしいケンプさんの髭もじゃな顔を間近に見て。
はて? 気がついた。
「ケンプさん、痩せた?」
「それだ!」
いきなりだった。ほとんど雷みたいな大声がケンプさんの口からほとばしった!
耳がキーンとする。
集まっていた人たちも耳を抑えてる人が大勢いる。
でも、そんなことに構うことなく、ケンプさんは顔をしかめている私に詰め寄った。
「リリン! 腹が減った、何かつくってくれい!」
「へ?」
「お前さんの手料理に比べたら、何を食っても砂の味だ! 腹が減っても、食が進まんのだ! 何か美味いものをつくってくれ!」
そんな大声が切っ掛けになった。
俺も私も儂も僕も、と集まっていた人たちが『食べたい食べたい』と騒ぎ出したのだ。
中には私の料理を食べたことのある人もいるだろう。けど、ほとんどは食べたことのない人のはずだ。そんな人達は、噂で聞いて、想像が膨らんでいるに違いない。
どちらにせよ! 暴動寸前です!
遅まきながらケンプさんが『しまった!』という顔で、私を守ってくれようとしたんだけれど、興奮した大勢の人が寄せて来て、私とケンプさんとの間を阻んでしまった。
エマージェンシー! エマージェンシー!
マジで命の危機を感じざるを得ない。
とっさに白狼を呼び出すヘアピンに手がいきそうになるけど、さすがに…。
助けて~! と揉みくちゃにされながら、冗談抜きで『死』を感じた時だった。
「鎮まれ!」
とケンプさんに負けないほどの怒声が響き渡った。
殺気すら帯びた声音に、暴徒寸前の人達が怯んで押し黙る。
そして、カツカツと蹄の音をさせて遣って来た騎士さまを見るや、一斉にひざまずいた。
コントみたいだ。
そんな場違いなことを考えていると、袖を引かれた。
ケンプさんだ。
焦った様子で、クイクイと私の袖を引いている。
ああ、みんなと同じようにしろ、てことね。
真似をして、頭を下げる。
「すまなかったな、リリン」
「気にしないでよ」
小声で謝るケンプさんに、小声で返す。
「何事か、これは!」
馬上から、ヤギ髭を生やしたおじさんが見渡して訊いている。
胸にジャラジャラと勲章をぶら下げて、なんだかとっても偉そうだ。
そんな風に覗き見ていたのがマズかった。
ふっと、目が合ってしまった。
「そこなシスター見習い、どういうことか説明せよ」
メェ将軍(仮)が、とてつもなく偉そうに言う。実際に偉いんだろう。
「みんなが、私の手料理を食べたいと騒ぎ出しまして」
「手…料理だと?」
メェ将軍が首をひねっている。
そら、そうだよね。
「リリン!」
と、背後から呼びかけられた。
アゼイだ。
「私の守役のくせして、おっそい!」
とは、さすがに口に出しては言えない。みんながいるし。でも、代わりに睨むと、逆に睨み返されてしまった。
目は口程に物を言うというけど。確かに感じた。
『帰って早々、こんな騒動を起こすと誰が思うんだよ!』
そう言われた気がする。
面目次第もない。
「アゼイ・ワード。そこのシスター見習いと知り合い…いいや、そういうことか?」
「ハッ!」
メェ将軍が確認するみたいに訊いて、アゼイが畏まってうなずく。
そういうこと、て。どーゆーこと?
「では、そなたがリリンシャールか。とりあえず、話を聞かせてもらわねばならんな」
砦の街に戻って1日目。というか2時間も経ってない。
だというのに私。何やら偉そうな人のお呼び出しを受けてしまいました……。