黒髪の騎士とか、マジ?
本日…というか今週、最後の投稿になるかな?
おおおおォおーーーーーーン
月夜に轟く雄たけびに、親父どもが顔色を変える。
「おい」
「魔獣か?」
おおおおぉぉーーーン
声が近くなっている。
親父2人は、私を見上げて……馬車へと全力で取って返した。
ちょっと待ってよ!
私、置いてけぼりなの?
おおォォーン
声がものすごく近い。
馬車のある方向から聞こえてくる。
と。
ヒヒーーーン、馬の悲鳴が耳に届いた。
直ぐに静かになる。
正直、ちょー怖い。
ぎゃーーーー、と親父たちの絶叫が響き渡った。
マジでこれ。やばくね?
気のせいかもしれないけど、微かに血の臭いがする。
ドコンドコンと心臓が痛いほどに鳴っている。
来るなよ。こっちに来るなよ。
八百万の神様仏様イエス様、どうかどうか。
私は祈ったのだけど。
やっぱりこの世界に日本の神様も仏様もイエス様もいなかったみたいだ。
どでかくて黒光りする小型のカバめいた生物が、私の登った木の根元をウロウロしているのだから。
あいつはゲームで見たことがある。
グァバとかいう名前だった。沖縄にある果物と同じ名称だから、悪友兼親友と「ビタミンC豊富そうな名前だな」と笑いあった憶えがある。
「あんた、ゲームだともっと可愛らしかったじゃん」
言わずにはいられない。
実際に見ると、デカいし、黒いし、目が赤く光ってるし、恐ろしいことこの上ない。
あと臭い! ちょー臭い!
ドスン! とグァバが木に体当たりをした。
「ぎゃあああああ」
あッぶな! 落ちそうになったわ!
ドスンドスンとグァバは執拗に体当たりをする。
幸いなことに、この木は頑丈で根も深く張っているみたいで、揺れるだけで済んでいるけど、怖いものは怖い。
私はその恐怖を紛らわすために歌うことにした。
森の熊さん。その『熊さん』の部分を『グァバさん』に替えて、だ。
我ながら、なかなかエスプリの利いた選曲である。
そうして狂ったように森のグァバさんを歌いまくって100回目辺りのリピートをしていたときだ。
「誰かいるのか!」
男の人の声がした。
「こっちです! 木の上にいます! だけど、気をつけて! グァバが、魔獣がいるから!」
返事がない。
もしかして逃げちゃったかな。でも巻き込むよりは良いし、助けを呼んできてくれるかもしれない。
ドスン、とグァバが木にぶつかる。
お前もシツコイなぁ。なんて呑気に思っていたら。
グラリと木が傾いだ。
マジか! 虚仮の一念岩をも通す。
なんてコトワザを思い出してる場合じゃない!
「ぎゃああああああ」
これまで我慢していた恐怖が口からほとばしる。
バン!
私の悲鳴を割って、爆発音のような音が響き渡った。
バン! バン! バン!
音が続く。
これって…鉄砲の音?
前世の記憶がよみがえる。
あの時に聞いた音よりも、はるかに重い音だけど。
ドスンと地響きを立ててグァバが横倒れた。
闇から白い人影が現れる。
その人は真っ白な詰襟制服を着ていた。手には長くて大きな銃を持っている。ゲームではライフルとか言ってたっけか。
「怪我はないか?」
男の人が訊くけど、私は応えられなかった。
生き延びたという安心から、恐怖が一気に降りかかって、全身も声帯も強張ってしまっていた。
「おい、生きてるのか?」
私の下で男の人が心配してくれる。
私は何とか返事をしようとして
ツルリ
枝から滑り落ちてしまった。
ひゃ! 目をつぶって、全身を襲うだろう痛みに備える。
だけど、痛みはなかった。代わりに、ボスンと誰かに受け止められたような柔らかな感触。
「危ねぇな」
男の人が横抱きに私を受け止めてくれたのだ。
月明かりが男の人の顔を照らす。
若かった。たぶん二十歳前後だろう。
この世界では珍しい、黒い瞳に黒い髪。磨きあげた剣のように精悍な顔立ちだけど、不思議と剣呑さは感じない。むしろ安心感をもたらせてくれる。そんな不思議な人だった。
「あ、ありがとうございます。助かりました」
「気にするな」
男の人は、私をお姫様抱っこしているのに揺らぎもしない。
「そんなことよりも怪我はないか?」
「大丈夫…だと思います」
何かしらないけど顔が赤くなる。
なんじゃ、これ?
前世では鉄の女といわれた私が、まさか…。
「緊張してるとな、痛みを感じないもんなんだ」
男の人は言うと、歩き出した。
「あの…何処に?」
「乗ってきた馬のところに荷物が置いてある。そこにカンテラもあるから、明るいところで調べたほうが良い」
「だったら、下ろしてくれませんか」
そう言うと、男の人は苦笑をした。
「そんな調子じゃ、歩けないだろ」
確かに私はブルブルと震えてしまっていた。
止めようと思っても止まらないのだ。
「ご迷惑をおかけします」
「さっきも言っただろ。気にするな」
ズンズン、男の人は進む。
私は身長があるから、体重だってほどほどあるのに。
力強い人だな、と感心してしまう。
そういえば白い詰襟制服は、騎士の証だった。
そうか、騎士様なのか。
胸がドキドキする。
さっきまでは怖いドキドキだったのに、今はホワホワするドキドキだ。
これって。これって、もしかして。
「で、君はこんな所で何をしてたんだ?」
訊かれて、私は正直に答えた。
王都から馬車に乗って修道院へ行く途中であったことを。
ピタリと男の人の足が止まるけど、私は気にすることなく続けた。
ココまで来て、御者たちに襲われたこと。辛くも逃げ出して、魔獣に襲われたこと。
「お前。もしかしてリリンシャールか?」
男の人の声が硬質に変わっていた。
「そう…ですけど」
チッ、と舌打ちするや、男の人が私を放り落とした。
お尻から地面に落ちて「ぎゃん」なんて声が出てしまう。
「なにするんですか!」
プリティなお尻を撫でつつ抗議すると、男の人は「ふん」と鼻で笑った。
「もう少し遅く馬を走らせていれば、魔獣に片付けられてたろうに」
「何を言って…?」
「俺はクルシュ様に依頼されて、お前を守るために来たんだよ」
「え? お兄…ミューゼの若様が?」
「そういえば、あんたはミューゼの家から勘当されたんだっけか。ざまぁねぇな」
その言い様には、命の恩人といえどもムッとした。
「あんた、言っていいことと悪いことがあるのよ!」
「ハハ、悪辣令嬢が説教くれる立場かって」
「悪辣令嬢ですって!」
「へ、あんたのことを貴族で知らない奴はいないからな。俺だって、クルシュ様から命令されてなければ来なかったぜ」
ムカつくムカつく、ムカつく!
好い奴だと思ったのに! 上げてから落とすとか!
いいや、私の噂を真に受けてるんだから嫌うのは分かる。
分かるけど。
何やらむしゃくしゃする!
ムカムカするのよ!
私はスックと立ち上がった。
「助けてくれたことは感謝するわ。でも、ここで言っておきます。私、あなたのことが…だあああああああああああい嫌い!」
「奇遇だな。俺もお前のことが嫌いだ」
奴はニヤリと笑って言ってくれた。
がっぺムカつくんだけど!