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番外:リリジ

自分で言うのも何だが、わたしは頑張った。


10代20代と、とにかく我武者羅に働いて金をためて、それを元手に起業した。


自分で言うのも何だが、わたしは運がよかった。


折からの蒸気機関の開発と、展開と、発展によって、工業革命が起きたのだ。

わたしの会社は、その蒸気機関の生産に関与していた。

詳しいことは、会社を譲ってしまった現在は言えない。守秘義務というやつだ。


が、おかげで30代は何をしても莫大な金が懐に入ってくるという具合に稼いだ。稼げた。

むしろこうなると、転がり込む金よりも、人がわたしにヘコヘコ頭を下げるのが楽しくて、寝る暇もなく働いた。


だが、運というものは尽きる。


いいや、違うな。


わたしが、運を手放してしまったのだ。


妻が死んだ。


40歳になった日のことだった。


妻は下級貴族の娘で、わたしは箔付けの為に結婚したようなものだった。


恋とか愛とかは介在しない。


けれど、たまさかに家に帰れば、妻は笑顔で出迎えてくれた。


家を守ってくれていた。


それが、どんなにわたしにとって心強さをもたらしてくれていたのか…。


妻がいなくなって、初めてわたしは痛感したのだ。


そして、遅まきながらも気づいてしまったのだ。


わたしは、妻を、愛していたのだ、と。


以来、仕事に身が入らなくなった。


会社を他人にゆずり、わたしは抜け殻のように生きた。


それでも投資をしたいたせいか、金だけはガバガバと転がり込んできた。


その金を使って豪遊したこともある。


だが、むなしさが募るばかりだった。


45歳になった。そんなある日だった。

わたしは、妻の遺品の中にレコードを見つけたのだ。


それは、妻自身が吹き込んだ歌だった。

妻が自作した、子守歌だった。


何時か子供が出来たら聴かせるんだ、とメモ書きの添えられたソレに…わたしは涙が止まらなかった。


1人で寂しかったんだろう。


子作りに励まなかったことに。妻を放っておいたことに。後悔した。


そして、同時に。

妻の残した歌声になぐさめられもした。


レコードが針で削れて音が不明瞭になるまで聴いた頃。

思い立った。


人の思い出に残るような歌をつくろう、と。

そして、人の気持ちに寄り添えるような歌をレコードにして作ろう、と。


そうしてち上げたのが、妻の名を取ったマリーン・レコーディングスタジオと、太陽のように人の心を照らす歌手を育てられるようにと名付けたアポロ・プロダクションだった。


それから約10年。


思ったような歌手は育っていない。


勘違いしないでいただきたい。所属している歌い手はごまんといるし、人気のある歌手も大勢いる。


だが、歌が。

歌っているものが。


わたしの思い描いていた、人の心を照らすようなものではないのだ。


魔獣という魔性と背中合わせに生きている人々のさがなのか。

歌は、どれもが悲壮で悲観的で、ぬかるみを歩くような調子のものばかりだった。


これでは、人々の心は浮上しない。


だからといって、明るい歌といっても、わたしを含めて誰もピンと来なかった。


わたしも、もう56歳になる。

若作りしてはいるが、ジジイだ。


ここまでなんだろうか…。


諦めかけていた時だった。


彼…いいや、彼女たちが来たのは。


それは奇妙な一行だった。


てっきりオーディションに来たのかと思った美少年は、実は少女で、その長身の少女の両隣にはそれぞれおもむきの違った美少女が1人ずつ居た。


絵になる。


第一印象は、それだった。


そして商売人の勘も激しくわめいていた。


売れる! このユニットは人々の視線と興味を無条件に引き寄せる! と。


詳しく聞けば、美少女のうちの1人…ロッカさんの御両親の商売を助けるために『宣伝歌』なるものをレコーディングに来たと言うではないか。


宣伝歌。意味は分からなかったが、強烈に興味を魅かれた。


気付けば、わたしは録音に立ち会わせてくれるよう談判してしまっていた。


わたしは、受け入れられた。


コントロール・ルームでは、フェクター氏と色々なことを話した。


馬が合うという言葉がある。

わたしとフェクター氏が、まさしくそれだった。年齢の差は、ちいとも気にならなかった。


彼等は、なんと驚いたことに、遠く魔獣の森のほとりにある砦の街から、遠路はるばる遣って来たとのこと。


なるほど。それで、屈強な青年とシスターが供に付いているわけだ。


ともかく。


宣伝歌だ。


明るい調子の歌だった。


わたしが求めている歌に近いものだった。


これがラジオで流される。


間違いなく。確実に。聴いた人の頭に残るだろう。

そして王都での商売は、成功するはずだ。


わたしは浮かれた。


彼等と彼女等のために、街で最も高価な弁当を奮発するほどだった。


だが。


そんなものは序の口に過ぎなかったのだ。


食後、コントロール・ルームに入ったわたしとフェクター氏は、スタッフや楽団員が息を呑んでいる場面に遭遇した。


歌を…うたっていたのだ。


少年…いいや、リリンと呼ばれている少女、そしてロッカにサシャが。


それは、まさしく革命だった。


疾走するようなメロディは、聴いたことがなく。

野蛮ともとれる歌詞は、だが激しく心を揺さぶった。


この世界は、蒸気機関の開発によって産業の革命が起きた。


そして今。


この歌によって、文化の革命が起きる。


ようやく見つけたのだ!


わたしは気づけば泣いてしまっていた。子供のように嗚咽を漏らして泣いていた。


一方で、この場に居合わせたスタッフや楽団員の口をどうにか塞ぐ方法を考えてもいた。


この歌は太陽だ。

太陽は、盗ませてはならない。


口止め料を払おう。それでも名誉欲に目がくらんで太陽を盗もうとする奴がいるのなら、その家族を人質に取ろう。


わたしは決めた。

思い定めた。


透明な防音ガラス越しに歌を楽しむ3人を、何があろうと保護しようと。

売り出そうと。

歌をうたわせようと。


決めたのだ。

リリジさんは、実はアクドイことにも平気で手を染められる人です。

人殺しこそしていませんが、それ以外の悪事は大概を経験しています。

若い頃は、そうしてお金を貯めました。成り上がりました。


いわば…改心した893ですね!

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