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宣伝歌の録音とロックとか、マジ?

お久しぶりです。

本当に、申し訳ない。

録音スタジオは前世でも使ったことがある。といっても1回だけだけどね。あれは新鮮な体験だった。ドキドキしてワクワクして、録音された自分の声を聞いた時には感動したもん。


それは2回目でも同じ。私、ロッカ、サシャは静かに興奮しつつ、遂に録音ルームへと入室した。


まず、びっくりしたのは広さだ。


前世で使った録音ルームは6畳もない狭い部屋だった。もちろん、田舎で格安のスタジオだったこともあるんだろうけど。


それがどう!? 今回はオーケストラも入れるんじゃないかというほどに部屋が広いんだよ! ていうか…じっさいに小さな楽団がなかで待っていた。


椅子に座っている楽団員さんたちが、私たちに注目する。


それに、2度目のビックリだよ。


「なんで楽団員さんがいるの?」


私が声をひそめて訊けば


「何でも何も、楽器を弾いてもらうからよ?」


ロッカが当たり前じゃないとばかりに答えてくれる。


そこで私は思ったわけですよ。この世界の技術はまだまだ未熟なんだな、と。だから、歌と、そのバックで流す音楽とを別録りするとかは出来ないんだろう。


「今日はよろしくお願いします」


私は楽団員さんたちに挨拶をした。


挨拶は人づきあいの基本。気持ちよく仕事をしてもらいたいもんね。


「こちらこそ」


と笑顔の楽団員さんたちに挨拶を返してもらいながら、私は棒立ちのロッカとサシャを小突いて、続くように促した。


ロッカは『お金を払ってるんだから、挨拶なんてしなくていいじゃない?』というスタンスだろうし、サシャはそもそも『なんでわたくしが平民のご機嫌を取らないといけませんの?』って感じだから。


この世界では、私の考えが異端。2人みたいな考えがスタンダードなんだろうけどね。


取り合えず、2人が挨拶をしてくれて、雰囲気は非常になごやかだ。

たぶん、楽団員さんたちは挨拶なんてされたことがないんじゃないかな。だって、このスタジオの代金って結構するみたいだし。借りるのは、お金持ちばかりだろうからね。


雰囲気はバッチシ! いいね、いいですね、いい仕事が出来そうですよ!


ということで、私たちは所定の場所に立った。


部屋の前の方にはマイクが1本だけ、でんと立っている。

それも私の知っている、電動の髭剃りとかコケシみたいな形のマイクじゃなくて、まあるい輪っかの中央に収音装置みたいなものがバネで吊るされている、なんとも機械機械した装置だ。


「その機械はマイクといいます。非常に高価なので、触れないでください」


窓越しのコントロール・ルームからスタッフさんの注意が入る。


「へーこれがマイクかぁ」


とロッカは知っているご様子で興味津々だ。


「こんな物が、そんなに高価なんですの?」


「そりゃーもう! お値段は多分…」


ロッカが手招きをして、私とサシャが顔を寄せてから「ごにょごにょ」とロッカが金額を教えてくれた。


絶句ですわ。


「マジで?」


「パパが言ってたから間違いないと思う。ここのスタジオの代金が高いのは、このマイクと設備のせいだもの」


「他のスタジオは違うんですの?」


「ぜーんぜん違うよ。ココ以外のスタジオはね、ラッパみたいな筒の前で歌うことになるんだけど、それだと綺麗に録音できないんだよね」


ラッパみたいな機械で録音? ふっと思い出したのはビクターのマーク。知ってる人もいるだろうけど、ワンコが蓄音機のラッパの前でお座りをしている、あれだ。聞きかじったところだと、あのワンコは音を聴いているはず。でも、構造は同じなんだろう。ラッパに音を吹き込んで、レコードに溝を刻む。他のスタジオでは、そんな小学校や中学校の実験でするようなことをしているわけだ。


マイクも、初めから私の知っている形じゃなかったんだなぁ。感慨深いものがある。


「早速、始めましょうか」


コントロール・ルームから指示がきて、私たちは壮大な音楽をバックに、ふざけた歌をうたった。


ロッカもサシャも素人だからね。初めから上手くいくはずもない。


やり直すこと6回ほどで、やーーっとそれなりに歌うことができきた。


え、私? 私は緊張することなく歌えたよ。というか、私は前世も含めて緊張とかしたことがないんだよね。


悪友兼親友は言ってました。『あんたの心臓はタワシね』と。要するにゴリゴリに毛が生えていると言いたかったらしい。


むしろ、私は笑いをこらえるのに難儀したぐらいだもん。


だってさ! 普段は自信満々のサシャの足が小刻みに震えて可愛いことといったら。ロッカも、いざ声を出したら裏返ってたし。それに楽団員さんたちの奏でる音楽がさ! 無暗に盛大にはなはだしく、豪勢なんだもん! 歌詞とメロディのチープさとの違和感がハンパなくて、私の腹筋を直撃だった。


そんな私の苦行を、でもサシャとロッカはいい方向に受け取ってくれた。


「あなたでも緊張するんですわね」


「人の子だったんだね」


…………。普段、どういう風に私を見ているのかが分かろうというものです。


とはいえ、私の余りといえば余りの体たらく? に2人は気が楽になったらしい。

ほら、自分よりも狼狽うろたえていたり大騒ぎしている人がいると、かえって冷静になるでしょ? あの現象が発動したんだろうね。


見事、10回目でコントロール・ルームからOKがでた。


時刻は正午。昼食の時間だ。


リリジさんは、わざわざお弁当を発注してくれていた。

もちろん、スタッフや楽団員さんの分も。さすが、太っ腹だね!


え? 違う? 本当は時間が押して外で食べる時間もなくなるだろうと思ってたって?

それが予想外に早く録音が終わって、驚いているって?


「そりゃあ、宣伝歌は短いですから」


「いつも通り、クラッシック音楽の録音にかかる時間を元に考えていたんですよ」


リリジさんが、妙に興奮しながら言って


「商会も、余裕をもって長めにスタジオを借りていたからね」


フェクターさんが言う。


早いところ仕事が終わって、みんなは和気藹々(わきあいあい)としている。


私たちも、いったんスタジオを出て、通路でお弁当をいただくことにした。


さてはて、中身は何かな? 期待にソワソワしながらお弁当を開けてみれば…。


普通…だね。

固いパンがあって、分厚いハムみたいなお肉があって、フルーツの切ったのがポチリと置いてある。


しまったあああああ! この世界がメシマズだということを忘れてた!


期待した私がバカみたいだ。


内心でガッカリしながら、それでも修道院で食べるものよりは上質な食事をいただく。


まぁ、固いパンだって、噛みしめれば小麦の素朴な味わいが豊かだし? ハムだって、久しぶりのお肉だ。美味しいと言わざるを得ない。ただ、もうちょっと香辛料が利いていたらとは思うけれど。フルーツは、都会だからかな? あんまり新鮮じゃない。この一点では辺境の砦の街のほうが勝っているみたいだ。なにせ、アソコは街の中で野菜や果物を栽培してるからね、鮮度が段違いなの。


「それにしても素晴らしい!」


食事をしている間、リリジさんはテンションアゲアゲでフェクターさんに話しかけていた。


「宣伝歌が認知されたのなら、我がマリーン・スタジオは飛躍すること間違いなしです!」


「こぞって宣伝歌の録音に来るでしょうしね」


「ええ、併せてアポロプロにも作詞作曲の依頼が山と来るでしょう!」


ウハウハだね、リリジさん。


食べ終えた私は、録音ルームへと足を向けた。


すー、と息を吸ってから、前世でつくった歌をうたう。


いわゆるロックだ。


思いっきり、遠慮することなく歌う。


なにせ録音ルームだもん、声が漏れることなんてないからさ。


全力で歌わせてもらう。


そうして久しぶりに全身全霊で吠えた私は、ふと視線を感じて後ろを振り向いた。


サシャとロッカが、呆然として私を見ていた。


この世界にロックはない。

よほど衝撃的だったんだろう。


「なんとも、凄まじい歌ですわね」


「ドキドキしたよ」


そりゃー、普通に音楽文化が発展したのなら、100年先の音楽だしね。


「歌う?」


私は2人に訊いた。


かつてアメリカでエルビス=プレスリーがロックンロールを歌ったとき。若者を中心にロックが流行すると、反対に良識ある大人たちは『破廉恥はれんち』だと、ロックを非難したという。それぐらい、ロックというのは穏やかに長閑のどかに暮らしていた人たちにとっては、革新的な音楽だったんだ。


サシャとロッカはお互いの顔を見合わせた。


どうかな? ここで2人に嫌がられるようなら、私はロックを一生歌えないだろう。10代の心が柔軟な女の子にさえ受け入れられないのなら、時期尚早ということだからだ。


でも、もしも2人が誘いに乗ってくれるようなら……。


サシャとロッカは、躊躇った後で、一歩を踏み出してくれた。


この世界でも、ロックは歌える!

受け入れてくれる!


私は笑顔で、2人を迎えた。

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