ファンキー・リリジとか、マジ?
「マリーン・レコーディングスタジオにいるフェクターに、ロッカが着いたと連絡していただけますか?」
「承りました」
受付嬢さんのうちの1人が立ち上がると、裏のほうに回って行った。
誰かに伝えに言ったんだろう。
この世界はまだ電話がないからね。
フェクターさんが来るまで、私たちは手持無沙汰で待っていた。結構、人の出入りがあるんだけど、チラチラとみんながコッチに目を向ける。
そうしていると
「お、新人かい?」
如何にもチャラそうな男性が近づいてきた。パッと見で年齢が不詳だ。少なくとも30代の後半だろうけど、肌の感じからして50…60代かもしれない。
ニコニコとして男性は私とロッカとサシャをジロジロと見た。
まさに無遠慮。傍若無人。
というよりも、怖いもの知らず、かな?
だって、他の人は私たちをチラ見することはあっても、声をかけることはおろか、近寄ってくることすらなかったんだよ。それというのもアゼイという『近づけば斬る』といわんばかりの存在感を発しているのがいるし、それに加えてイジリス教の修道女のシスター・ライザまでがいるんだもん。
普通はさ、寄ってこないよね。
「いいね! ビジュアルが良い! 君たち、必ず売れるよ!」
男の人は何やら興奮していなさる。
アゼイはどうしていいのか分からないみたいだ。なんせ、年齢不詳の男性は私たちにタッチしているわけでもないからさ。ちょっとでも触れたのなら、その場で取り押さえてしまうんだろうけど。
一方でシスター・ライザは挙動不審だ。まぁ、何時ものことなんだけど。
「あとは実際に歌を聴かせてもらおうか」
などと男の人が言い出したところで
「待たせたね」
とフェクターさんが遣って来た。
ん? と男性とフェクターさんの視線が交錯する。
「その方は?」
「さぁ?」
父親に問われたロッカが肩をすくめる。
フェクターさんの顔がちょっと険しくなった。
私たちは、大切な預かり者。そんな乙女たちに見知らぬ男が迫っているとあれば、それは警戒するでしょう。
「え? もしかして、君たちはオーディションを受けに来たんじゃないの?」
男の人が慌てたように言っているけど、オーディション?
「あなたは、どなたですかな?」
「こ、これは失礼を。わたしはリジジと申します。このビルに入っているアポロプロとマリーン・スタジオの社長をしております」
「あなたが…?」
思わず、といった様子でフェクターさんが失礼なことを言ってしまったけど、それはまさしく私たちの心の声の代弁でもあった。
「ははは、よく言われますよ。ま、嘘じゃない証座に」
自称社長のリジジさんは、グルリと周囲を見回すや
「俺って、社長だよな!」
と大声で確認の声をあげたじゃないか!
しかも
「「「「「「はい」」」」」
馴れたものなのか、ロビーにいた社員らしき人達が直立不動の姿勢で返事をしてるし!
「ホントでしょ?」
ウィンク1発。
OH! ファンキー!
あははははは! 気づけば、私はお腹を抱えて大笑いしてしまっていた。
笑い過ぎてお腹が痛い。
ひっひっ、とひきつけを起こしてしまった私の介抱をよそに、フェクターさんとリリジさんは改めて自己紹介をしたようだった。
「オーディションを受けていただければ、合格は間違いなしなのですが」
「この子たちにその積もりはありませんので」
そうそう。私たちはシスター見習いだからね。
「ただ、宣伝歌を録音に来ただけだもん」
「宣伝歌、ですか?」
聞き覚えのない単語にリリジさんが困惑顔をして、口を滑らせてしまった私は慌てて口を抑えたんだけど、もう遅い。
次の瞬間、リリジさんは目をキラッキラさせて、フェクターさんに迫った。
「是非! 是非とも、録音にわたしも同席させてください!」
「いや、それは…」
「もちろん、宣伝歌なるもののことは秘密に致します。それに無理を言わせていただいているのですから、スタジオの代金は勉強を」
「タダ、ならいいですよ」
そう口を挟んだのはロッカだ。
「ロッカ!」
フェクターさんが娘の勝手を叱ろうとするのだけど
「パパが何を言いたいのかは分かってる。けど、今は少しのお金でも必要なときでしょ?」
ロッカの言い分に、フェクターさんは押し黙った。
「むろん、タダに致しましょうとも」
ここが先途とリリジさんが勢い込む。
ロッカは私たちに向かって「お願い」と拝むような真似をした。
まぁ、私は良いよ。サシャも仕方ないという風に肩をすくめている。
「では、同席しても?」
「ええ、彼女たちも問題ないようですし」
不承不承といった体でフェクターさんがOKする。
「よッし!」
まさかのガッツポーズを決めるリリジさんだ。
マジでファンキー。
こうして、スケジュールを気にしてジリジリしながら待っていた録音スタジオのスタッフさんに案内されて移動を始めたのだけれど。
ファンキー・リリジさんが、後ろを歩いている私を振り向いて
「おわ!」
と驚いた。
「な、なんでシスターが!」
なんとシスター・ライザは常にアゼイの大きな体の背後に回って、リリジさんの死角にいたらしい。
リリジさんの仰天具合に、微かにシスターの口元が笑ったのを私は目撃した。
意外とシスター・ライザはお茶目さんなんだよね。
たぶん、ずーーーーと狙ってたんだろうなぁ。
2017年09月21日
リリジさんが宣伝歌を知っていることに違和感がありましたので、宣伝歌に興味を持つように流れを変更しました。