マダム・キャラのお店で服を選びましょうとか、マジ?
アッチラの街は、街そのものを十字に区切るように線路が通っていることからも分かる通りに国の物流の中心なんだって。貴族のせいで再開発の難しい王都よりも、よっぽど先進的で、上下水道が完備されているし、5階6階建ての高層建築物がズラリと並んでいる様子に、私は「はえ~」と感心してしまった。
「ちょっと、恥ずかしいから口を閉じなさいな」
サシャに注意されて、窓に張りつくようにして外を眺めていた私は開けっぱなしだった口を閉じた。
ハッキリ言います。東北のシャッター商店ばかりが目立つ田舎も田舎で育った前世の私の記憶をあわせても、ここまで立派で人の行き交いが激しいのを見たことがなかったりする。もちろん、テレビだと東京のスクランブル交差点とか見たことはあるけどさ。それにしたって、さすがは国で一番に栄えている街だよ。車こそないけど、代わりに馬車が走ってるし。魔獣の森のほとりの砦と違って、人も兵士さんや騎士さまじゃなくて、彩も豊かな服を着た女性と、紳士や労働者やちびっ子だし。
私たちの乗った馬車は、街はずれの大きな店舗前で停まった。
「さ、降りるわよ」
ロッカに促されて、私たちは馬車を降りた。
「ここはママの友達の店なのよ」
アゼイを降ろして、ガタガタとフェクターさんの馬車が走り去る。私たちの乗っていた馬車も付いて行ってしまった。
まぁ、店の前に馬車を停めていても邪魔だしね。
「さ、急いで急いで」
シスター見習いの服を着た私たちは目立つ。ついでに私の護衛を買ってでているアゼイも騎士の正装だし。
ロッカに背中を押されて入った店は、服屋さんだった。
「いらっしゃい! 綺麗になったわね、ロッカちゃん」
年の頃は40代かな? 如何にもマダムといった感じの女の人が出迎えてくれた。
「ふぁ~」
と目をキラキラさせて店内を見回しているのはサシャだ。
彼女もね、長い修道院生活で服なんて縁もゆかりもない生活をしてたから。きらびやかに飾られた着物に心を奪われてしまうんだろうね。
ま、前世も含めて着る物に興味の『キ』の字も感じない私には共感できないことなんだけど。なんせ、前世で私服といったらGパンにTシャツ、それもユニ〇ロじゃなくて、安さ優先でシマ〇ラだったから。
「あたくしはキャラと申します。今回は皆様のお召し物を選ぶのを手伝わせていただきますわ」
さぁさぁ、とマダム・キャラが私たちが追い立てる。
と「そこな騎士さまは適当にお選びくださいましね」
アゼイに言い置く。
扱いの差よ…。
「あの、マダム・キャラはこの店を1人で?」
だって、広々とした店内にマダムしかいないんだもん。ていうか、お客も私たち4人しかいないし。
「まぁ! おほほほほほ」
マダムが、マダム笑いをする。生まれて初めて『おほほ』と笑う人を見た!
「マダムなんて呼ばれたのは初めてですわ」
「す、すみません」
もしかしたら独身だったりするんだろうか? 確かマダムって結婚してる女の人に対する敬称だった気がするし。でも、キャラさんは怒っているように見えないんだけど。
「謝らないでくださいな。あたくし、嬉しいんですのよ。生まれも育ちも下町のあたくしが、まさかマダムと呼ばれるようになるだなんて。それで、お店のことでしたかしら? でしたら、今日は店をお休みにしてますのよ」
「わたくし達のせいですか?」
サシャが申し訳なげに訊く。
そりゃーね。シスター見習いが3人も入店したら、悪目立ちするもんね。普通に店を開いてられないか。
「せい、だなんて言わないでくださいな。お嬢さん方のように可愛らしい子を着飾らせるのが楽しみで、あたくしは服を売り始めたのですから。もっとも、今回選んでいただくのは地味な服なんですけどね」
それから。とキャラさんは私を見て付け足した。
「どうぞ、あたくしのことはマダムとお呼びくださいな」
ふふふ、とマダム・キャラは微笑む。
私たちはそれから服を取っ替え引っ替えした。なんせ女性というのは着飾るのが好きだ。マダム・キャラは勿論のこと、普段は修道服ばかりのサシャとロッカも水を得た魚のようにキャッキャウフフと服の袖を通していた。
そもそも私たちは普通の市民として録音にのぞむのだから、マダムの言ったとおりに地味な服しか買えない。なのに、何でかドレスとかも試着してるし。
え? 私? 私はそうそうに服を選んだよ。付き合ってらんないもん。というかさ、私はこの世界の女性の平均に比べて大分ノッポだ。なので、合う丈の服がないんだよね。
ということで、私は和気藹々としている3人を尻目に、とっとと自分好みの服を選んで試着室にはいった。
修道服を脱いで、ズボンに足を通す。上は、簡単に黒いYシャツだ。
姿見で確認をする。
う~ん、我ながら完璧に男だわ。俺様系の美少年。前世だと、それなりに女らしい体だったから如何にも男装だったけれど、今世は体に肉が薄いせいで…つまり胸がナイナイペタンのおかげで、見た目はパーフェクトに少年だ。
「…あまり嬉しくないな」
最後に私は髪型をちょっと変えた。マダム・キャラに借りたメイク道具でちょいちょいと眉と眼尻を整える。これだけで全然違って見えるんだよ、マジで。
私は試着室のカーテンを開けて、みんなに近づいた。
ちょうどロッカとサシャが色違いのワンピースを着ていた。あまりヒラヒラしてない、踝まで丈のある奴だ。ちなみにこの世界は女性が肌を見せるのを良しとしない。さすがに市民は仕事があるから腕を見せるけど。貴族ともなればその腕さえ見せないように気をつけているぐらいだ。
サシャとロッカは生まれが良い。つまり『肌を見せない』という観念が染みついている。
ので、市民の着る袖の短いワンピースに恥ずかしがっているようだ。
モジモジしていて、なんか新鮮だ。
そんな2人に私は思わず
「可愛いじゃん」
と声をかけた。んだけど……
「「「きゃああ!」」」
とサシャとロッカとマダム・キャラが悲鳴を上げたじゃないか!
「どうした!」
シャツにオーバーオールという服装のアゼイが駆け付けて、私を見て固まる。
「なんて恰好をしてるんだ、リリン」
「アゼイこそ、似合い過ぎ!」
違和感なさすぎ。某アイドルグループみたいじゃん。
ヒャッヒャヒャ! と私がお腹を抱えていると
「あなた、リリンなの?」
ロッカが指を突きつけながら訊いてきた。
人様に向けて指を突きつけるのは、褒められる行為じゃない。そんなことに構っていられないほどに動揺しているらしい。
「私がリリンシャールじゃなければ、誰だっていうのさ」
「その声…本当にリリンなのね?」
サシャが恐る恐る近づいてきて、私の顔を覗き込む。あとからロッカとマダム・キャラも遣って来て、私の頬っぺたを突っついたりし始めた。
ツンツン、ムニムニ、ペタペタ、モミモミ。
「ないわね…」
「ないですわ…」
「まぁ、ホント」
三者三様の言いざまに
「ええい!」
私は3人を振り払った。
「あたし、知らない人が入って来たのかと思った」
「わたくしもですわ」
マダム・キャラまでもが、2人に同意して『うんうん』うなずいている。
ええ? そこまで? 私としてはまだまだイジレるんだけど。
そこからは地獄だった。3人はよっぽど男装した私を気に入ったみたいで、あれやこれやと男物の服を着せられた。
アゼイに助けを求めても、そそくさと逃げちゃうし。
というかさ、サシャもロッカも、マダムも。
私が着替えてるのを見て、微妙に頬っぺたを上気させてるんだけど……私は女ですからね!