アゼイの悩みとお久しぶりの白狼とか、マジ?
私たちが録音するために向かっているアッチラの街までの道のりは順調すぎるほどに順調だった。
こういう旅になると、普通は盗賊なんかが出てくるもんなんだけど…。
けど、フェクターさんのお話によると、魔獣の森のほとりの砦からアッチラの街までは、まず盗賊なんていないらしい。
「何故ですか?」
言っちゃ悪いけど、この世界の盗賊って、それはもうネズミ並みにいる。はびこってる。むしろ、一種の職業として認知されているほどだし(そういう手合いはものを強奪するんじゃなくて通行税と称して少しのお金を巻き上げる)、前世のゲームでもしょっちゅうエンカウントしてた。
それなのに、ココだけ出ないだなんておかしいもん。
「ここ等はまだ魔獣の森に近くて、出ますからね」
なるほど、確かに私の時も魔獣に遭遇した。盗賊だって命が惜しいってことだね。
「しかし、今回の旅は運がいい。普通は1回や2回は魔獣と会うものなんですよ? それで大急ぎで逃げるというのが常なんです。もしかしたら、聖女と名高いリリンシャールさんのおかげかもしれないですね」
冗談ごかしてフェクターさんが言うけど……うん、それ正解。
実は、懐かしの白狼を呼んで密かに馬車の周りを警戒してもらってるんだ。もっとも「そんな事してられるか!」とお母さん白狼は帰って行っちゃったけど、代わりに3匹の子供たちが残ってくれた。体はもうお母さんと遜色ないけど、まだ生まれて間もないからね。遊びたい盛りで、付き合ってくれてる。そのおかげで、魔獣がいても近づいてこないんだと思う。
もちろん、白狼を呼んだからにはタダというわけじゃない。
野宿でみんなが寝静まった頃。私は起き出して、馬車の外へと出た。
焚火のそばで男の人が番をしているけど、しょせんは1人。周囲に目配りができるはずもない。それでも魔獣が来たらゴオゴオ鳴いて分かるし、盗賊はといえば夜間に襲ってはこない。理由は簡単、襲って全てを奪ったところで一時的には盛大に潤うかもしれないけど、その後で討伐隊が編成されて、討たれてしまう。なら、昼間に『襲う』んじゃなくて『脅し』て、少しばかりのお金を貰って、お上にも「そんぐらいの被害じゃ、動けないよ」とお目こぼししてもらったほうがいいじゃん? と考えているからだ。もう一度言います。この世界の盗賊は職業なのです。2代、3代で盗賊をしているよと堂々と言う人さえいるらしい。だから、ちょくちょく盗賊にお金を渡しておけば、むしろ旅の安全をむこうから保証してくれたりする。といっても、代償として品物の値段は上がっちゃうんだけどね。
私はコソコソと森のほうへと歩いた。
スッと足もとに白い影が忍び寄る。
「お疲れさま、クリス」
グオン、とクリスがドスの利いた超低音ヴォイス…いわゆるデス声で応えてくれる。
「…外見との差がありすぎる」
夜に輝くほどの白い毛並みなのに、鳴き声は地獄の番犬ケルベロスもかくや。
正直、いまだに馴れない。ただ、クリスのデス・ヴォイスは素晴らしいと思う。人間に変身とかできるんだったら、絶対にデス・メタルを歌ってほしい逸材だ。
すると、そんなクリスに続くみたいに白い影が2つ現れた。
「ヘンリクとヨナスも、ありがとうね」
この3匹の名前は、私が大好きだったメタルバンドから取った。
ふ、と3匹が私の背後の馬車のある方向を振り返った。
「ん?」
と釣られて私も振り返る。
闇のなかに焚火の灯かりが小さく見えている。ただ、それだけ。
3匹はジーーーーと闇を見ていたけど『どうでもいいや』とばかりに、前に向き直った。
その時だ。ふぅ、と吐息みたいな音が聞こえた。
あれ? シスター・ライザの声に似てたような?
「ヴォウン」
クリスが私を呼ぶ。夜は短い、早く来いって催促だろう。
「はいはい、今行きますよ」
3匹に引っ立てられて、馬車からほどほど離れたところで、私は歌をうたった。
そう。白狼への謝礼は歌なのだ。
歌うのは『ウィズイン・テンプテーション』というオランダのシンフォニック・ゴシック・メタル・バンドの歌。前世でユーチ〇ーブで偶然に見つけたんだけど、もう! とにかくカッコイイんだ! 曲もヘヴィで素敵なんだけど、何よりもボーカルのシャロンのセクシーなことといったら! 一発で虜になっちゃったよ。
でも、初めから『ウィズイン・テンプテーション』の歌をうたっていたわけじゃないんだよ? だって聴きやすいとはいえメタルだもん。好き嫌いが人によって分かれるからね。白狼たちには、無難に童謡とか大人しめなとこを聴かせてたんだけど、どうにも食いつきが悪くて、だんだんと激しい曲を歌って、それで辿り着いたのが『ウィズイン・テンプテーション』だったんだ。
あ、そうそう。因みに私は日本語以外はサッパリ。ちんぷんかんぷん。オランダの言葉なんて言うまでもない。だから、歌詞は言語としてではなくて音として憶えてるだけ。悪友兼親友には「誰にでも特技のひとつはあるもんなのね」なんて言われたけど。あれって、褒められたんだよね?
というわけで、彼女たちの持ち曲を歌わせてもらうんだけど、しばらくするとクリスがデス・ヴォイスで併せてきた。といっても3匹はまだまだ子供で、お母さん白狼みたいに人間の言葉は喋れないから、ヴォウオン吠えてるだけなんだけど、それなりに聴けるのが凄い。そして、クリスが始めれば、ヘンリクは地面を前足でバシバシ叩く。最初は可愛いな、とだけ思ってみてたんだけど、これが魔法なのかな? 前世のドラムを叩いているみたいな音が今ではするんだよ。それで残るヨナスはといえば、歯ぎしりをしている。でもその歯ぎしりにも魔法の効果があるらしくて、なんでだかギターの音に変換されてるんだよね。
これって、多分だけど、私の頭のなかを覗いてドラムとかギターとか、メタルバンドのデス・ヴォイスとかを理解してしまったんだと思う。
私と3匹とで、思いっきり歌って奏でる。
深夜だ。でも、サシャやロッカが飛び起きてくるなんてことはない。どうやら白狼たちがバリアー? 結界? そういうのを張ってくれているらしい。
でもさ。これだけ騒いでるんだもん、気配はある。
そんな気配に気づかないアイツじゃない。
「リリン」
アゼイが遣って来た。
「こんばんは、いい夜ね」
歌を中断して挨拶すると、アゼイはカチンときたみたいだった。
「こんな時間にこんな所で、何してるんだ」
「見て分かるでしょ、白狼に歌を聴かせてあげてるのよ、お礼にね」
「…訊きたいことはたくさんあるが。お礼とは何だ? 昼間に魔獣はでてないだろうに」
「そりゃ、そうよ。だって、ずーーーと守ってもらってるんだから。頼りにならない誰かさんに代わってね」
「俺のことかよ?」
「私がね、こうして歌うのは3日目よ」
私が知っているアゼイなら、初日で直ぐに駆けつけてきたはずだ。
アゼイ自身も分かっているのだろう。怒ったように私を睨んでいるだけで答えない。
しばらく私とアゼイは睨みあっていたけど、根負けしたのはアゼイだった。
「悪かった。明日…今日からしっかりする」
「あんたね!」私は思わず怒りに任せて立ち上がっていた。
「私が聞きたいのはそんな言葉じゃない!」
私はドシドシと足取りも荒くアゼイの前まで歩くと、睨み上げた。
「あんたと私は友達でしょ!」
ジッと見詰めると、アゼイは「ああ」うなずいた。
「ならね! なんで私に頼らないのよ! 友達なんだから、悩みぐらい聞いてやるわよ!」
アゼイが悩んでいるのは分かっていた。なのに、コイツは私に頼ってくれなかった。
「そりゃね、私は小娘だけど……大切な人が…命の恩人が顔色を悪くしているのに…」
情けない話だけど、感情が高ぶって、私は泣いてしまった。
悔しかったんだ。
アゼイは私にとって命の恩人。大切な友達。
そんな彼が顔色を日に日に悪くして悩んでいるのに、私は何の力にもなれない。
それが、凄い……惨めだった。
そりゃあ、アゼイは男だもん。身分のある騎士さまだもん。
女で年下の私なんかに相談するのは気が引けるだろう。
わかってる。分かってるからこそ、イライラした。
アゼイにじゃない。女に生まれてしまった自分に、自分の甲斐性のなさに、イライラしたんだ。
「泣くなよ」
「見るな!」
私はアゼイに背を向けた。
何をやってるんだ、アゼイを励ますつもりだったのに…。
3匹の白狼が、私の足に体をすり寄せる。
慰めてくれているんだろう。
私はその場にしゃがみ込んで、1匹の体毛に顔をうずめた。
この子たちは普通の生き物とは違うのか、ノミやダニなんかがついてない。それだけじゃなく、汚れるということがなかった。だから、こうして抱き着くと、好い匂いしかしない。
グズグズ鼻をすすり上げていると、隣でアゼイが座り込む気配がした。
「お前の気持ちは嬉しいよ。けどな、やっぱりリリンには頼れない」
「…………」
「リリンが女だからとかじゃなくて…これは俺が、俺だけで納得しないといけない問題だから」
ポン、と頭に優しく手が置かれる。でかくて、かたい、手の平だ。
「友達だって言ってくれて、嬉しかったよ」
うう…。なんだか、急に恥ずかしくなってきた。
そもそもこういうのがガラじゃないんだ。ドラマじゃないんだしさ。
私は、その手をパン! と払った。
「忘れろ!」
「はぁ?」
「忘れろ!」
私は顔を上げて間の抜けた顔をしているアゼイの奴を睨んだ。
「忘れるの!」
くっ、といきなりアゼイが大笑いを始めた。
「無理だな、無理無理。ゼッテー忘れてやらねぇよ」
「それでも友達なの!」
アハハハとアゼイが笑う。
穴があったら入りたい。けど、アゼイの笑い方は何か晴れ晴れとしていて…よかった、そう思えた。