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番外:サシャ視点のある1日

ここで趣向を変えまして、サシャの視点です。


…あと少しで400ポイント!

遂にここまで来ました。


読んでくださって、ありがとうございます。

2人のルームメイトが起きる前に、起き出して1人、身だしなみを整える。


だらしのない姿を他人に見せない。


それが侯爵家に生まれた、わたくしの矜持だからだ。


水道の水で顔を洗い、化粧水をはたいて、鏡台の前に座って紅い髪にブラシをいれる。

実家にいた頃は、すべて侍女がしてくれたことだ。けれど、そんなことが大昔に思えてしまう。たった2年しか修道院にいないというのに…。


この時間になると、ようやく2人のルームメイトも起き出してくる。


わたくしの準備する物音で起きてしまうのだろう。


悪いことをした気持ちになってしまう。

……悪いこと? そんなことは、ついこのあいだまで、思いもしなかったというのに。


ふと、漆黒の髪の不敵な顔立ちをした娘が思い浮かんだ。


リリンシャール。

悪辣令嬢と噂されていた女の子。


出会いは最悪だった。木登りをしていたリリンと目があって、真っ青な手の平を振られたときには、魔物が出たのかと思ってしまったほどだ。今でもたまに悪夢でみるほどだ。


後でブルーベリーを食べていたのだと聞いた時には、驚きすぎて息が止まってしまうかと思った。


あなた! 公爵令嬢でしょうに!


まったくもってリリンには令嬢の自覚がないのだ。いったい、どういう育てられ方をしたのだろうと訝しく思ってしまう。むしろ、替え玉でそこらの見目のいい農家の娘を送り出したのだと言われたほうが、よほどしっくりくる。


修道院の鐘が5回鳴った。


ルームメイトを伴って、礼拝堂へと移動する。


部屋の外へ出ると、貴族出身の見習いたちが待っていた。

彼女たちを引き連れて礼拝堂へと移動する。


途中で、商人出身の見習いグループと鉢合わせする。

昔なら、目を合わせることもなく無言で合流したものだけど、今は違う。


「おはよう、サシャさん」


ロッカが挨拶をしてくる。


「おはよう、ロッカさん」


だから、わたくしも挨拶を返す。


それが切っ掛けになって、貴族出身の娘も、商人出身の娘も、ちょっとぎこちないながらもお喋りを始めた。


こんな風になったのも、リリンのおかげ? だ。

前は冷たく反目しあっているだけだったのだから。


礼拝堂にはいると、何時ものように、既にシスター方が楽器の練習をしていた。


そして、リリンがぽつねんと席に座っている。


前はこんな風に1人で先に来て座っている様子が如何にもお高くとまって見えたのだけど、リリンシャールという女の子をよくよく知ってしまった今では、全く違って見える。


どう見えるかというと。


「ほんと、猫みたいよね」


ロッカが耳元で囁くのに、わたくしはうなずいた。


ほんと、上品な猫みたいに見える。


しかも、わたくし達が来たのが分かると、大きな目でジッと見ているのだ。


以前はそんな様子が上から目線で観察されているみたいに感じて気に入らなかった。でも彼女の本性を知ってしまえば『早く、こっちに来て』と無言で伝えているように思えるのだから、身勝手なものだ。


近づけば


「はよ」


とリリンが令嬢らしくない挨拶を寄越す。


ロッカがリリンの乱れた髪を手櫛で整えている。


「ありがとう」と言った口元に微かに食べカスがついている。


歯磨きをした後に、何かを食べたらしい。

なんでか、リリンという娘は何時でもお腹を空かせているのだ。だからよく食べる。それはもう、見ているほうが感心するほどによく食べる。そのくせ、お風呂でみたボディーラインは羨望をおぼえるほど奇麗なのだ。あれで胸が人並みにあったのなら、きっとわたくしはリリンを嫌いになっていたと思う。


わたくしは内心で溜め息をつきながら、リリンの口元をハンカチで払った。


「今朝は何を食べてらしたの?」


「クッキーをちょっと」


エヘヘ、とリリンは照れ笑う。


こんな風に笑う娘をわたくしは彼女に会うまで見たことがなかった。

令嬢というものは、無暗に感情を表に出さないものなのだ。


3人揃ったところで、わたくし達も演台ステージにあがる。

わたくしも、ロッカも、そしてリリンも、扱う楽器は同じフルートなのだ。


しばらく楽器を吹いて感触を確かめる。それから、四苦八苦しているリリンに、ロッカと一緒になって指導した。


院長が指揮者席に上がって、音が静まる。


演奏が始まった。けど、リリンは基本的に吹いている振りをしているだけだ。

前にシスターにこっぴどく怒られたのだ。


あの時はシスターに同意だったけれど、頑張っているリリンを知っている今では可哀想だなっと思ってしまう。

もっとも演奏に参加できないのは仕方ないとも思える。それほどに、リリンは下手なのだ。わたくしとロッカが付きっ切りで教えているのに、向上した手応えがまったく感じられない。


『壊滅的にぶきっちょだね』


練習中にロッカが呆れて言ったけど、その通りだ。


リリン本人は『ピアノなら自信あるんだけど』なんて言っているけれど、それも正直、怪しい。


そうしたリリンの向上しない楽器の扱いとは裏腹に、わたくし達、見習いの演奏技術は目を見張るほどに上がっていた。

それもそうだろう。わたくしとロッカという、2人がまめまめしく昼のお勤めに参加して練習に勤しんでいるのだ。本当はリリンの練習に付き合っているだけなのだけど、それでも他の娘たちが参加しないわけにはいかず、そうなれば当然のように技術はメキメキと上がった。


だから朝のお勤めの演奏も、以前と比べて『聴くにたえるぐらいにはなった』とはリリンのげんだ。


とっても偉そうな物言いで、正直、ちょっと苛っときたけど


『生意気』


背後から物音も立てずに寄って来ていたシスター・ライザにポカリと頭を小突かれていたので、スッキリしてしまったのは内緒だ。


で。そのリリンシャールなんだけど。


『うーん、う~ん』


と、ここ1週間ぐらい分かりやすく悩んでいる。


なんでもラジオで放送する予定のグリングランデ商会の宣伝歌をどうしようか考えているらしい。


そのことになると、わたくしだって悩んでしまう。なんせ、歌うことになっているのだから。

ロッカに文句を言おうにも、あの娘も親の言いつけで歌うことになって悲壮な顔をしているのだから、文句の言いようがないのだ。


うーん、う~ん、うなっているリリンの状態では、昼のお勤めに出ても心ここにあらずで練習にならないだろう。

ということでわたくしは孤児院に行くことにした。


他の見習いの娘たちはカフェだ。さすがに孤児院にまで付いてくる取り巻きはいない。

前はルームメイトの2人が興味本位で孤児院にまで来たことがあったのだけど、きゃーきゃーと騒いで泥だらけな子供たちに恐れをなして、以来、間違っても付いて来るようなことはなくなった。


わたくしは自分でも不思議なのだけど、ああいった元気よく遊ぶ子供を見たり相手するのが苦にならない。ロッカでさえ苦手そうにしているのだけど…。


孤児院に向かう途中で、わたくしは後ろを振り返った。


「どうして、付いてくるのかしら?」


うーん、う~んと腕組しながら付いて来ていたリリンが


「子供たちに元気を分けてもらおうと思って」


しれっと言ったものだ。


リリンもわたくしと同じで、子供に苦手意識をもっていない。


…あら? わたくし…リリンと同じなの?


思ってしまう。思ってしまった。


うーん、う~ん。リリンと2人して悩みながら孤児院にまで足を運ぶ。


「姉ちゃんたち、トイレ我慢してんの?」


孤児院につくなり、遊びに来ていたジャックに言われて、わたくしとリリンは互いの顔を真っ赤にしたものだ。


それから、リリンは子供たちと大いに遊んだ。


わたくしは、子供たちを見ていると心がほっこりするのだけど、付き合って遊びたいとまでは思わない。せいぜいが本を読み聞かせたり、大人しい女の子たちとオママゴトをしたりするぐらいだ。


けど、リリンは違う。あの娘は、子供たちにまざって遊んでいるのだ。しかも全力で。


鬼ごっこ。ケンケンパ。ドロケイ。だるまさんが転んだ。さらには竹馬やら紙飛行機。何処で知ったのか新しいゲームや道具を広めるリリンシャールは、今や孤児院の子にとってのパイオニアだ。いいえ、孤児院だけじゃない。近所の子供たちもリリンの姿が見えると駆け付けてくるほどの人気者になっている。


今日も今日とて、子供たちに囲まれてリリンの争奪戦が始まる。


チャンバラだ。


そうして、しばらくすると、取り合いになっていたはずのリリン本人がチャンバラに参加していた。しかも令嬢なのに、お姫様役ではなくて、子供たちを指図する将軍役をやっている。


あーそこ、水たまりがあるから気をつけないと…。


そう指摘するよりもはやく、リリンは水たまりに尻餅をついている。


「あははははは、やっちゃった」


笑ってるし。


リリンを突き倒してしまった子が申し訳なげな顔をしているけど、そんな子を水たまりに引きずり込んで、一緒になって大笑いしてる。


ほら、そんなことしてたら、みんな水たまりに入るに決まってるじゃない。


で。


「夕飯、抜きにしてもいいですか?」


当然ながら、シスター・ライザに見つかって静かな怒りを落とされるのだ。


その後は遊ぶどころじゃなかった。


洗濯だ。


やんちゃ組はリリンと一緒になって、シスター・ライザの監視の下で泥だらけの服の洗濯をしていた。

ちなみにリリンはシスターの服を借りていた。他の子は真っ裸だ。


ホント…令嬢って何だろう? リリンシャールを見ていると、分からなくなる。


「なんとかシスター・ライザにお許しをもらったよ」


リリンが額の汗を腕でぬぐいながら言う。


それからは大人しく、みんなと歌をうたっていた。もう宣伝歌で悩んでいたのを忘れているようだ。


鐘が4つ鳴ったところで修道院へと戻る。


道のなかばで、通りがかった兵士さんに『聖女さま』とリリンが呼ばれていた。


どういうことか尋ねると、魔獣の間引きの時に怪我をした兵士さんを介抱したせいだと言っていた。


そう聞けば、森から戻ってきたリリンを見た時のことを思いだした。青い顔をして寝ている彼女の様子に、心臓がキュと絞めつけられたような痛みと、足腰から力が抜けていくような恐い思いをした。

それは、わたくしだけじゃない。ロッカだってへたり込んでいた。驚いたことに、リリンとはそれほど話をしたことがないような娘も含めて、見習いのみんなが心配そうにして泣いている娘さえいた。


リリンは、とっくに見習いの娘たちの心を掴んでいたのだ。


わたくしでさえ、当時のことは思い出したくないのだ。当事者のリリンからしたら、余計に怖い思いをしただろうし思い出したくはないだろう。だから、それ以上のことをわたくしは訊かなかった。


カフェで他の娘たちと合流してから、修道院へと戻る。


質素な食事のあとで、晩のお勤めだ。


礼拝の時間が近づくにつれて、信徒さんがだんだんと礼拝堂へと入ってくる。


以前はほとんど居なかったのに、今では座席の大部分が埋まってしまう。まれに、立って聞く人がでるぐらいだ。


これは、間違いなくリリンシャールのおかげだ。


なんでも『千里の道も挨拶から。そのうち礼拝に来てもらおう!』という運動をしていたらしい。


当初は鼻で馬鹿にしていたシスター方も、リリンに倣って挨拶をするようになっているぐらいなのだ。もちろん、わたくし達だって。


リリンシャールが来てからというもの、修道院は変わった。

ううん、修道院だけじゃない。もしかしたら、この街そのものが少しずつだけど変わったようにさえ感じる。


実際、以前に比べて街に活気がある。

それはロッカも認めているところだ。


わたくしは、隣の席で居眠りしているリリンシャールを盗み見た。


なんか寝言を言ってるし…。歌ってるのかな?


変な娘だ。


…変な娘だけど。


わたくしは、この娘と出会えたことを……友達になれたことを感謝した。

お気づきの方もおられるかと思いますが、あらすじを変更しました。


本来は、この修道院編のあとで放浪編へと続く予定だったのです。

放浪編は修道院を暗殺者の手で追い出されたリリンシャールが、今度こそ何もかもを失って旅芸人一座と共に街々を移動する、という母を訪ねて三千里みたいな感じにする予定でした。

「なにそれ? せっかくここまで出来上がった関係を、なんでご破算にする必要があんの?」

という、実にもっともな指摘を姉にされまして。

放浪編を取り止めることにしました。


つきましては、このまま修道院でリリンを生活させて、歌姫にしてしまおうと考えております。


で、ですね。これまでボンヤリと考えていた構想がなくなってしまったわけで。

書いている自分でも、これからのリリンの行く末が分かりません。


こんな力足らずな作者ですが、それでもよろしければ、これからもお付き合いください。

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