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家族との別れとか、マジ?

はてさて、いったいリリンシャールの家族というのはどういう人たちなのだろうか。

リリンシャールの記憶にこそあれど、ゲームでは出てこなかっただけに、私は警戒しつつも呼び出された執務室のドアを開けた。


中に居たのは四人。


厳めしい顔つきをした中肉中背の紳士が、お父様。名前はビシャール。


リリンシャールの記憶では、顔を合わせることがほとんど無かったみたい。なにせ、お父様は国の宰相を務めていて忙しいから、ほとんど家にいない。外には愛人を幾人も囲っているみたいだし、王都の屋敷に寄るのは月に数日程度。

けれど、酷い父親だとは思えない。

愛人を囲うのは甲斐性をもっているならそしられるようなことではないし、貴族としての責務である『子を成す』にしても3人も産ませているのだ。宰相としても立派に務めて国王陛下からのおぼえもめでたい。

前世の私からみれば最低でも、この世界では誇れるような父親なのだ。


そのお父様のそばに佇んでいるのがお母様のスリザリン。


母親といっても、前世の目線だと姉のようにしか見えない。貴族って結婚するのが早くて、適齢期が18歳前後なのだとか。お母様も私を20歳の時に産んでいるはずで、私が今14歳だから……34歳? マジ? 下手したら20代前半にしか見えないんですけど!

ただ、顔の造りは私と似てない。お母様は優し気なヒロイン顔だけど、私は如何にも悪役令嬢でキツイ顔付きをしてる。きっと私はお父様に似たのだろう。


そうなると部屋にいる3人目。お母様に似ている少女が…そう、妹だ。名前はルルイエ。


確か年齢は11歳。リリンシャールの記憶では、姉妹仲はとても良好で、四六時中ベッタリと私にしがみついていた、生粋のお姉ちゃん子。よくお人形さんのようなと形容されることがあるけど、それこそお人形さんみたいな子だ。


そして最後がお兄様で、名前はクルシュ。


ゲームの攻略対象の1人で、クール系の無表情キャラ。王子が私を弾劾したときにも居たけど、底冷えのするような目でただただ見ているばかりだった。

昔は優しくて気さくだったのに、何時の頃からか無口で取っつきづらくなってしまった。


ゲームの設定だと。お父様の実子ではなくて、亡くなったお爺様の庶子だということを偶然知ってしまってから感情を殺すようになってしまったことになっている。家族を愛して、貴族の血を誇りに思っていた彼の、そんな傷ついた心を癒すのがヒロインなのだけど……見た感じでは、とても心が癒されているように見えない。


「何か言うことがあるか?」


ビシャールお父様が感情ゼロの表情で訊くけど、私に言うことなんてない。

無実だと主張したところで聞き入れてもらえるはずがないのは、向こうにより権力をもった王子がいたことから明らかだ。

それにゲームでも結局は死刑になってしまったわけだし…。


「なにもありません」


「そうか」


ビシャールお父様も追及するようなことをしない。あくまでも形式で訊いただけだったのだろう。


ねえ様…」


ルルイエがツカツカと私の前に立ちはだかる。

おっとりとした顔つきが、今は激情にけわしくなっている。


パン! とルルイエに私は頬をはたかれた。


まったき予期していなかった私はたたらを踏んで尻餅をついてしまう。


「あなたのせいで! わたくしは社交界デビューが出来なくなってしまったのよ!」


ポロリとルルイエの涙がこぼれる。


ルルイエは11歳。今年の秋に12歳の誕生日を迎えたら、社交界にデビューするはずだった。

ドレスも特注して、食事のメニューもお母様と私と一緒になって考えていた。すごい楽しみにしていたはずだった。


なのに。私がヒロインを虐めたことになって、社交界デビューどころではなくなってしまったのだろう。


「ごめんなさい」


「謝られたところで!」


ルルイエが細い手を振り上げる。2度3度と打擲されて


「もう、やめなさい!」


妹を羽交い絞めにして止めたのはスリザリン母様だった。


「だって…だって…!」


ルルイエとスリザリン母様は抱き合った恰好で座り込んで泣いている。


私は……そんな2人をただ見ていた。

涙を我慢する。

泣くわけにはいかないのだ。

だって、私のせいでルルイエに迷惑をかけてしまったのだから。


「まったく。執事を同席させなかったのは賢明だったな」


ビシャールお父様は閉口だとばかりに言い放つと


「リリンシャール」


私の名前を呼んだ。


立ち上がる。立ち上がって、ビシャールお父様に体を向ける。


「お前を今より我がミューゼ家よから追放する」


「わかりました」


と返事した私のことを、ビシャールお父様はもう目に入れてない。

私はもう、ミューゼの家の一員ではないのだ。


クルシュお兄様が私の手首を握ってドアに向かう。


私は…。私は、最後に妹でも母親でもない2人を振り向いた。


ごめんなさい。

さようなら。


せめて心の中で言っておく。


クルシュお兄様にグイグイ手を引かれて、私は懲罰室に入れられた。

ココは粗相をしでかした侍女を罰するための部屋で、1メートル四方の広さしかない。


「リリン。お前はこのままだと修道院に送られる。それでいいのか?」


閉じられた扉越しにクルシュお兄様が訊く。


私は答えない。だって、修道院へ行く以外に選択肢なんてないのだから。


「俺が助けてやろうか?」


蜘蛛の糸。垂らされた希望に、声が出る。


「どう…やって?」


「リリンが死んだことにする。方法は幾らでもあるし、俺は親父に信用されてるからな」


だから。とクルシュお兄様は続けた。


「俺のものになれ。俺のものになって、子を産め」


「何を言って」


「お前は知らないだろうが、俺は親父の本当の子供じゃない」


「…知ってたわ」


ゲームの世界でね。


私の返事に、クルシュお兄様が息を呑む気配がする。


「そうか。誰に聞いたかは今は問わない。ならば、分かるだろう。俺の子を産め。産んで、ミューゼの血を濃くしてくれ」


そんなに貴族の…いいや、ミューゼ家の血が大切なのだろうか。

ヒロインに癒されなかったばかりに、狂気に染まりつつあるらしい。


「お兄様。もしかして、わたくしが無実なのを知っていたのではないのですか?」


「ああ、知っていた。何が真実かも見抜けない馬鹿な奴等だが、これはチャンスだった。俺はお前がどうしても欲しかったんだ。俺を憎むか、リリンシャール?」


「お兄様に対する憎しみはありません。きっと、あの場で何を言ったところで聞き入れてはもらえなかったでしょうし。ですから、ただわたくしは、お兄様をあわれに思います」


「そうか。優しい女だな、お前は」


静寂が横たわる。私から何か言うことはもうない。

だから、クルシュお兄様からのアクションを待つ。


「もう1度、訊く。俺のものになれ、リリン」


「わたくしにとって。クルシュお兄様は、お兄様なのです」


いくら美形でも、異性としてはみれやしない。


「強情だな。だが、俺は諦めないからな」


足音が遠ざかっていく。

私はホッと息を吐いて…そうして安心したせいなのか、声を殺して泣いた。


どうしてこんなことになったのだろう?

撃たれて、死んで。転生した先が、絶望しかない悪役令嬢だなんて。

理不尽と。

王子の裏切りに対する、怒りと恨みで。


私はむせび泣いた。


「リリンシャール」


どれほど泣いただろうか。

泣きつかれて膝を抱えた恰好で眠っていた私は、優しい声で目を覚ました。


「お母様…?」


夜になっていた。格子の嵌まった小さな窓の外は真っ暗だ。


「今、開けてあげるから」


扉が開け放たれる。


そこには2人の侍女を控えさせたスリザリン母様がいた。

侍女の1人が手にしている石油ランプのおかげで、ハッキリと大好きな母様を見ることができる。


「どうして、こんなところに?」


声が震えてしまう。夢じゃないのかと、思ってしまう。


「リリンの髪を整えてあげようと思ったのよ」


スリザリン母様は侍女に持たせていた折り畳み椅子に座るよう、私を促す。

腰掛けると、母様は私の背後に回ってカットケープをかけてくれた。


「こんな、ザンバラにして」


「衛士さんの剣を借りて、バッサリやっちゃったから」


「昔からリリンはお転婆だったものね」


髪に櫛をいれてくれる。

心地のいい感触。とても心の安らぐ時間。


いったい、貴族の母親と娘は仲がいい。それこそ庶民の母娘よりも遥かにむつまじい。というのも、娘の髪の手入れをするのは唯一、母親だからだ。髪のカットはもちろん、洗髪すら母親の役目なのだ。

だから。リリンシャールとスリザリンも親子というより姉妹のように円満だった。


「ごめんなさい、母様」


毛先がハサミで切られる感触を悲しく思いながら、謝る。

私も悲しいけど。娘の髪を短く整えなければならない母様は、もっと悲しいはずだ。


「わたくしの方こそ。ごめんね、リリンシャール。何もできない母親を許して」


何もできなくなんてない。

こうして、私の髪を整えに来てくれているじゃない。

たぶん、ビシャールお父様に談判したはずなのだ。


会話はなくなった。

ただただハサミをいれる音だけが聞こえる。


心地いい時間。

幼い頃にもどったみたいで夢見心地になってしまう。


でも。時間は過ぎてしまうもの。


チョキリと、襟足を整えていたスリザリン母様が半歩分だけ距離を取った。


侍女がカットケープを退けてくれる。


母様は私の正面に回ると、うん、と頷いた。


「かわいいわよ」


私は……その場でひざまずいて頭を垂れた。


「奥様には、お手を煩わせてしまいました」


スリザリン母様……いいや、ミューゼ夫人と侍女たちが息を呑む気配がする。


これが私の意気地だった。

これ以上、私に関わらないでください。関われば、ミューゼ公の不興を買って、夫人の立場が悪くなってしまうのですから。


「リリンシャール……2度と会うことはないでしょうが、すこやかに」


「お言葉、ありがたく」


私は侍女によって、再び懲罰室に入れられた。


ミューゼ夫人たちが去って、1人になって、髪をさわる。

短くなってしまった髪を、触る。

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