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ケンプさんにピーラーを作ってもらおうとか、マジ?

砦に戻ってから、それはもう大騒ぎになった。

なんせ魔獣が大挙して押し寄せてきたのだ。すわ、森津波か! と間を置くことなく大規模な調査隊が組まれて森へと向かった…らしい。


らしい。というのは私は昏倒していたからだ。


「で? やっぱり森津波の前兆なの?」


私はジャガイモの皮を剥きながら顔も上げずに訊いた。この皮むきって、意外とむずかしいんだよ。


「いいや、少なくとも野営ポイントを襲われたことに関しては違っていた。あれは、魔獣を寄せ付けないように撒いていた薬の中身が間違っていて、魔獣を引きつける薬品になっていたからだと判明した」


「なにそれ! とんでもない間違いじゃないの!」


思わず顔を上げてアゼイに抗議の目をむけてしまう。


「本当にな。薬品を搬入した兵士は尋問を受けているところだ。というか、リリンはどーなんだよ?」


「どーとは?」


「あれだよ、色々と調べられたんだろ?」


「まぁねぇ…」と私は再び皮むきをしながら、調べられた時のことを思いだしつつ話して聞かせた。


聖女。ということで、私は修道院長をはじめとしたシスターの皆さんに調べられたのだ。


まずは魔力の有るや無しやを調べる検査。

これは水晶みたいなものに手を当てるだけなんだけど、私は貴族だから当然ですが魔力はある。けど、幼い時の検査で『公爵家の人間にしては残念…というか、本当にあなたは高位貴族ですか?』的な魔力しかないのが判明している。それこそ治癒の魔法なんて夢のまた夢というぐらいの涙ちょちょぎれの魔力量だ。でも、検査が間違っていたのかもしれない。シスター方はそう思ったのだろう。思ってしまうほどに私の事前に報告してあった魔力量は少なかったから。


「で、調べてもらったんだけど」


「結果は?」


「うっすーい桃色」


「…………」


アゼイが言葉をなくしている。


私だって結果を知った時は絶句したもの。


それぐらいに薄い桃色というのは…魔力が少ないという意味だ。妹だったルルイエは確か青。これを数字で100だと仮定して、私の魔力量は5ぐらいということになる。


あれ? むしろ魔力減ってね? と自分にビックリだったわ。つーか、私という人格がよみがえったせいなのか?


「ちなみにアゼイの魔力量は?」


「濃い緑だ」


というと60ぐらいかな? 結構、多いじゃん。


「あとは、歌もうたったっけか」


私の魔力のなさに『これはもう治癒の魔法なんて無理だな』という雰囲気をシスター方から感じつつも、私は歌ってみるように言われたのだ。


「で?」


「結果なんて言うまでもないじゃん。聖女様がさ、こんな厨房の裏手の路地で黙々とジャガイモの皮むきなんてしてると思う?」


「そらそーだな」


わざわざ私を探して来たアゼイが肩をすくめる。


「だったら、あの歌の癒しは何だったんだろうな?」


「そもそもさ、歌が祈りになるなんて聞いたこともないし、原因として考えられるのは」


これ。と私は髪につけているヘアピンを指さした。


「じゃないの? 白狼の聖なる力とか、そんな感じで」


「そうなのか?」


「訊かれたって困るけど。それ以外に考えられないじゃん」


実際、私に魔力はほとんどないのが判明したわけだし。


ま、私は似非えせ聖女だったというわけだね。


「てっきりリリンに何かがあると思っていた俺が馬鹿みたいだ」


「なんのこと?」


「独り言だ、気にしないでくれ」


何やら馬鹿にされたような気がするけど、訊くことを聞いて満足したのか、アゼイは路地を去って行った。


残された私は、奉仕活動の兵舎厨房の手伝いを頑張るのだった。






ジャガイモ…というか野菜の皮むきってのは大変だ。注意してないと指を切っちゃうし、私は器用なほうじゃないから皮に可食部分が大量に付随してしまうということもある。


…今日みたいに。


兵舎の厨房をあずかる女性兵士さんにキツイ目で見られながら言われたものだ。


「コレじゃあ、食べる部分のほうが少ないじゃないですか。困りますよ、聖女様」


聖女様というのは、もちろん皮肉だろう。


傷ついた兵士さん達を治して? からというもの、私は聖女様と呼ばれるようになってしまっているのだ。

もちろん、あの時の間引き隊の兵士さん達からしたら純度100パーセントの敬虔な気持ちで言ってくれているんだろうけど、他の人達からしたら、むしろその本気というか純真さにからかい甲斐を見つけてしまったみたいで、聖女様のあとに『プークスクス』という笑い声が聞こえるような呼び方なのだ。


ハッキリ言って、怒るよりも、恥ずかしい。

これなら悪辣令嬢よばわりされている方が、なんぼか増しだ。


しかし、今の私が思い悩んでいるのは、呼び方のことではない。


前世の私は、もう少しだけだけど料理ができていたような気がするのだ。


う~ん、う~んと考える。


そして思いだしたのだ!


「ピーラーだ!」


そう皮むき器。ピーラーの存在を。


あれがあったればこそ、前世の私は料理のそざいの皮むきを難なくこなしていたのだ。


で、厨房で働く他の兵士さんにピーラーのことを訊いてみたのだけれど。


「知らないなぁ」「そんなに便利な道具があるなら、ぜひ欲しいけどね」


というお答え。つまり、この世界にピーラーはない。


え? マジ? 無いと困るんですけど、私的に。


そんな困った困ったンガー! してる私は、あるお人の至言を思いだしてしまったのです。


『無いなら作ればいいじゃん』


これは前世の悪友兼親友の言葉である。貧乏を極めていた私たちは…というか、悪友兼親友は何かというと手作りをしていた。それこそ野菜が高いからとプランターで家庭菜園をするわ、お茶がのみたいからと野草で苦いお茶を自作したり、冬にはセーターを編んでくれたこともあるぐらいだ。


…今、思い返してみると、あいつは何でもできたな。女子力とやらが高かったのだろう。もっとも、作曲や作詞のセンスは限りなくゼロだったけど。


それはともかく、無いなら作ろう。とうことで、私は厨房の帰りに、お久しぶりにケンプさんの鍛冶処を訪ねたのだ。といっても1週間に1度は掃除洗濯で寄ってるんだけどね。


「ちわー!」


と勝手口からノックもしないでお邪魔すると、お客さんがいた。


フェクターさんだ。


誰ですか? フェクターって誰だとか言ってるのは。そりゃー大分前に登場した切りだから仕方ないけど。この街でも有数の商会であるグリングランデの会長さんですよ! 手に負えなくなった健康水の管理をお任せしたじゃないですか。ちなみに娘さんはシスター見習いのロッカですよ! 彼女とは親しい間柄としてお付き合いしてますよ!


というわけで思い出していただけたでしょうか?


話を戻しましょう。


「フェクターさん、こんにちは」


「こんにちは」とフェクターさんは挨拶を返してくれる。


う~ん、都会的なスマートな仕草が素敵だ。髭モジャのケンプさんとの対比がすごい。ま、ケンプさんはケンプさんで野生的でカッコイイけどね。


「おう、リリンじゃないか。今日は掃除してくれる日じゃなかったはずだが?」


「それなんだけど、ちょっとケンプさんに作ってもらいたいものがあって」


「リリンには世話になってるからな、言ってみろ」


「でも、今はフェクターさんと話があるでしょ?」


「気にすることはありませんよ。ケンプとは昔話をしていただけですから」


フェクターさんが言ってくれて、私はケンプさんにピーラーのことを話した。


「ほーん、皮むき器ね。リリンは面白いことを考えるな。そんなもの、ちょちょいの朝飯前でつくってやるわ」


ガタン! と席を立ちあがったのは、でもケンプさんではなくて感極まった様子のフェクターさんだった。


「素晴らしい!」そのまま私の両手をガシと握る。

「健康水のときもそうだが、あなたの想像力は素晴らしい!」


いや、まぁ…パクリなんですけどね。


その後は興奮したフェクターさんに「発想力が天才的だ」だの「健康水のおかげで商会は急成長した」だの「孤児院の子供たちはあなたを慕っている」だの褒めに褒められて、私の鼻がグングンと伸びているところに


「できたぞ」


とケンプさんが戻って来てくれたおかげで、私の天狗鼻は危ういところで幻のまま消えてくれた。


あぶねー。フェクターさん、その気にさせるの上手すぎ!


ケンプさんの持ってきたぶつは、まさしくピーラーだった。


「これこれ、これですよ!」


「こんな物で野菜の皮がむけるのか」


と作っておきながらケンプさんは半信半疑のご様子。


「剥けますって、それこそスルスルのスルーって感じに」


ほーン。と腕組していたケンプさんは「なら、試してみるか」と台所をゴソゴソ漁りだした。

そして、ニンジンを取り出した。


つーか。


「なんで、ニンジンなんてあるんですか? 料理なんてしないのに」


「リリンが野菜を少しは摂ったほうが良いと言ったんだろうが」


「言いましたけど。もしかして、そのまま?」


「かじっとるぞ。茹でたりなんぞ面倒くさいからな」


OH! ワイルド!


ケンプさんはピーラーを使って、ニンジンの皮をスルスルと剥いた。


「これは…面白いな」


フェクターさんも同じようにニンジンの皮…というよりも皮はケンプさんが剥いてしまったので身を薄く削る。


「確かに…面白いですね」


言って、フェクターさんはケンプさんを見た。


「おい、ケンプ。これを売り出せば、お前のところもひと息付けるんじゃないか?」


「なるほど!」


ケンプさんが嬉しそうにうなずく。


う~~~ん? もしかして…


「あのさ、聞きづらいんだけど。もしかしてケンプさんの鍛冶処って、火の車なの?」


「あーまぁな」ケンプさんが恥ずかし気にボリボリと頭を掻く。

「こうまで工業が発達してしまうと、儂等みたいな昔ながらの鍛冶士に仕事はなくてな。しかも今までなんとか命綱になっていた国からの剣の注文も3年後に打ち切りが決まっちまってな」


「今の時世は、剣よりも銃だものな」


「なぁ、リリンよ。このピーラーとか言ったか? これを儂んとこで作らせてもらえんか?」


「そんなことだったら構わないよ。でも、ピーラーは簡単に作れちゃうんでしょ? 直ぐに真似されちゃうんじゃないかな?」


「そうですねぇ。なら、ケンプの所で大量に作ったのをグリングランデが買い取りましょう。それを一気に放出して真似をする暇もなく広めてしまえばいい」


「応、お前が協力してくれるなら心強い」


ケンプさんは喜んでるけど。


「茶々を入れるようですけど、それだと本当に一過性のものでしかありませんよね?」


「そうは言うがな、一過性でも何でも物が売れなくては給金も払えんのだ」


「あのね、ケンプさんは剣しか作らないわけじゃないんだよね?」


「うん? そんなこだわりはないぞ」


「ならさ…」


私はケンプさんとフェクターさんに、考えを披露したのだ。

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