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聖女とか、マジ?

馬車のなかは呻き声で満たされていた。


魔獣と戦っていた兵士さんは誰しもが大なり小なりの怪我をして血を流していたし、蒸気機関を移動させていた兵士さんは灼熱の機関を強引に動かしたものか、みんなひどい火傷をおっていた。


私は、まずは血を流している人の手当てから始めた。失血は何よりも危険だからだ。

こうみえても小中高とずっと保健委員をやっていたし、馬車のなかでもシスター・ライザにみっちりレッスンを受けていたから、包帯を巻いたりとか簡単なその場しのぎなら問題なくできる。


とはいえ、これだけの血がドクドクと流れる傷を目の当たりにするのは初めてなわけで、尻込みをしてしまう。


そんな気弱を叱咤しったするのは、兵士さんたちの痛々しい苦しみの声だ。


頑張らないと!


その言葉を胸の中でとなえて、私は黙々と傷の手当てをした。


その間にもシスター・ライザがヴァイオリンを奏でる。


なにを悠長に、と思ってはいけない。

以前にも話したけど、シスターは治癒の魔法が使えるんだけど、それには神様に祈りを届けなくてはいけないわけで、祈りは楽器の調しらべでしか神様に届かないのだ。


だからシスター・ライザは呑気に楽器をもてあそんでいるわけじゃない。


でも、前に野営ポイントで見た治癒の魔法を使った時よりも、みんなの治りが悪い。


シスター・ライザの顔も眉間に皺が寄って難しい。


ガタンと馬車が跳ねる。

その度にシスターのヴァイオリンの音色が乱れる。


そういうことか。


演奏が乱れて、神様への祈りに昇華しきれてないんだ。


治りが悪いながらも、演奏をすることでみんなの傷はだんだんと塞いでいる。

けど、それは怪我の浅い人だけみたい。深手の人は塞がりかけては馬車が大きく揺れて傷口が開いての繰り返しだ。


その分は、私が!


黙々と傷の酷い人の治療をする。といっても消毒をしたり包帯を巻いたりするだけだけど…。


既に私の両腕は肘まで返り血で真っ赤だ。本当は清潔を気にして、水で洗い流すべきなんだけど、そんな水もまして時間もない。

それに、わたしも満身創痍で、そんなことに気を配ってはいられなかった。

治療をするたびに、苦しむ兵士さんが暴れて、そのせいで顔を含めて私は体中を殴られたみたいになっていた。アゼイが押さえるのを手伝ってくれていたけど、それこそ死に物狂いで暴れる兵士さんはアゼイを跳ね返すぐらいの暴れ方だった。


シスター・ライザの治癒の魔法の効力が及ばない兵士さんの数は5人。他の怪我人はなんとか治ったみたい。

5人のうちの4人は、アゼイの見立てだと砦で治療を受けたら命はつなげるだろう、とのこと。


でも、1人は…。


若い兵士さんが、私の膝枕で呻いている。

この人は、私の歌を褒めてくれた兵士さんだ。


脇腹に酷い傷口があって、どうしてもその部分が塞がってくれないのだ。


「馬車を止めるわけにはいかないの?」


私は傍で見守るアゼイに言った。馬車の振動さえなければ、シスター・ライザの治癒の魔法で回復できるはずだ。


「駄目だ。一度止まれば、疲れた馬を動かすのに1日は休養しないといけない。そのあいだに魔獣に襲われたら、武器を放棄してきた俺たちはひとたまりもない。それにシスター・ライザも…」


見ると、シスター・ライザはぐったりと座り込んでしまっていた。


魔力切れだ。


どんなに魔力の豊富なシスターでも、治癒の魔法は15分が限界だとされている。彼女もそれぐらいは演奏をしていた。自分のギリギリまで振り絞ったのだろう。


「おれ…死んじ……まうのかな」


ぐったりとした若い兵士さんが青い顔をして呟く。


「死なない! 死んだりなんてしない!」


私は彼の手を握って励ます。


「リリ…シャールさん。歌をうた…てくれないか? 前に…歌ってくれた…子守り歌を」


それは私が前世でおばあに教わった歌だ。おばあは沖縄の人で、子守歌も独特のテンポをもったなんとも広やかな歌だった。歌詞も、寄せては返す波に人生を重ね合わせた、そんな感じのもので、私はそんなお婆の歌を聴いて育ったから、歌が大好きになったんだ。


私は。

歌った。


心を込めて。


呻く若い兵士さんの髪を、血にまみれた手で撫でながら……歌った。


「リリン…!」


なにかアゼイが絶句しているし、兵士さん達がざわついている。


それを意識の外において、私は歌う。


「これは!」「すごい!」


周りが騒ぐ。


そんなことを気にすることなく、歌う。

頭がガンガンする。

けど、歌うのは止めない。


だって、若い兵士さんの顔がゆっくりと安楽なものになってゆくから。


頭痛のせいで涙がポロポロとこぼれる。


「リリンシャール! それ以上はいけない!」


シスター・ライザの声がして、体が揺さぶられる。


その途端、私は意識を失った。






ジェリド。俺が任された部下のなかで、いっとう若い奴だ。


そいつが今、死にかけていた。

魔獣に脇腹を食い破られてしまったからだ。


こいつはもう、助からない。それは例え治癒の魔法を受けたとしても。これだけの深手だと、治癒の魔法すら及ばないのだ。


「リリ…シャールさん。歌をうた…てくれないか? 前に…歌ってくれた…子守り歌を」


ジェリドに頼まれて、リリンが歌をうたう。


それは何とも大らかな空と海を感じさせるような調子の歌だった。


すると、不可思議なことが起きた。


リリンシャールのヘアピンがぼんやりと光り始めたのだ。その光が広がるかのようにリリンシャールの体を包み込む。


「リリン…!」


俺を含めて、部下どもが息を呑む。


美しかったのだ。この血臭と鮮血とに満ちて凄惨を極める空間で、傷ついた男を膝に抱きながら歌う女の姿が…慈愛にあふれる顔が……美しかったのだ。


そして、俺は。俺たちは再び息を呑む。


「これは!」「すごい!」


傷が治り始めたのだ。


俺だけじゃない。部下どもの傷も、治りが悪かった4人の傷も。


それだけじゃなく、ジェリドの傷も塞がり始めているのが、目に見えて分かった。


「リリンシャール! それ以上はいけない!」


シスター・ライザの声に俺は我に返った。


シスターは這いずりながらリリンシャールに近づくと、縋りついた。


パッ! と穏やかな白い光が散った。

ガクン、とリリンの上体が仰向けに倒れ、それをシスターが受け止める。


「シスター! リリンは、いったい?」


「魔力が尽きたのでしょう」シスター・ライザが顔色を青くしたままで言う。

「あのままだと…危なかった」


リリンシャールは死んだように青っ白い顔色をして眠っていた。

代わりに、ジェリドが健やかな寝息を立てている。


「聖女だ」「聖女様だ」


兵士たちが騒ぎ始める。


シスターよりも遥かに勝る治癒の魔法を見せつけられたのだ。しかも、歌で。


俺は今まで歌で治癒の魔法が発動したなんて聞いたこともない。

それは兵士たちも同じだろう。


「聖女か…」


白狼を手懐けたことといい、リリンには何かがあるのかもしれない。

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