間引き隊ではじめての討伐とか、マジ?
気付けば、もう25話です。
ココまで読んでくださって、ありがとうございます!
「魔獣の森ってところは、その名の通りに魔獣が湧くんだ。だから定期的に間引かないと、このあいだのグァバみたいなのが森の外に出て、被害が広がっちまうんだよ」
昼食時。アゼイの説明を聞きながら、私は今さらながらに納得していた。こういう地道なイベント? はゲームで取り上げてなかったからね。
あの乙女ゲーだと、聖女であるヒロインを守りつつイケメン王子を筆頭とした逆ハー要員の一行が魔獣の森の奥深くにまで乗り込んで、獣を魔獣にしてしまう魔の泉を封印するんだよ。
ま、悪役令嬢の私には関係ないお話だわ。
私は「なるほどね」なんて適当な相槌をうちながら、兵士さんが用意してくれた食事を口にした。
まぁ、食事といっても例のあれですけどね。お煎餅みたいにカチカチのパンと、塩味の効いたスープ、それだけです。
「そんなことも知らなかったんですか」
シスター・ライザが大げさに嘆くけど
「教えてくれなかったじゃないですか」
「教えなくても、大抵の人は知ってることなんですよ」
人前だからか、なんか何時もよりも偉そうに言ってくれたシスター・ライザは、お盆に食べかけのパンを置いた。
私はそれを目敏く見つけると
「もう食べないんですか?」
「ええ、もう充分です」
「でも、食べないと体がもちませんよ?」
「どうせ馬車に乗っているだけですから、平気です」
「なら、貰ってもいいですか?」
「あなたは、本当に健啖家ですね」
シスター・ライザが小難しい言葉を使う。どーせ大食いとかそんな意味の言葉だろう。
いいですよ。との承諾をもらって、私はモリモリとパンを食べた。
最近、このパンの固さが癖になってきてるんだよ。
むしろ前世の噛み応えのない白いホワフカのパンでは、満足できないんじゃないだろうか?
「お前は、本当によく食べるな」
このカチカチパン。でかいんだよね。握り拳で4つ分ぐらいある。
「自分でも不思議なんだけど、お腹が減るんだからしょーがないじゃん」
会う人、会う人、みーんなリリンはよく食べるね、って驚く。サシャもロッカも、ケンプさんも職人さんたちも、ビックリしてたし。
とはいえ、太った感じでもないんだよ。身長も殊更に伸びたわけじゃないし。
なんなんだろ?
「それからな、リリンシャール。ここから先で歌うなよ」
えー! と不平を口にしたのは私じゃない。
近くに陣取って食事をしていた兵士さん達だ。
「なんだ? なにか言いたいことがあるのか?」
アゼイがジロリと睨む。
こーいう時に確信するんだよね。
こいつは女性にモテないって。
「班長、どうしても駄目ですかね? 自分ら、その見習いの子の歌が好きなんですが」
ジロリと睨まれても、馴れたものなのか、若い兵士さんが言う。
というか! 私の歌が好き! 聞きましたか?!
思わずニマリとしてしまう。
けど、シスター・ライザがビクリとしてドン引きした顔をしたことで、私は顔を引き締めた。
そんなに、変な笑顔をしましたかね?
「すごい悪だくみをしている顔でした」
私の心を読むシスター・ライザである。おそろしいわ!
そして、自分の笑顔に落ち込むわ!
「駄目だな。ここから先は魔獣がでるんだぞ。呑気に歌なんぞ歌っていて、気が緩んでいたら全滅必至だ」
「そうだぞ、お前ら若いのは魔獣退治がはじめてだからしょうがないが、銃があっても魔獣は恐るべき人間の天敵であることに変わりはないんだ」
中年の兵士さんが口を添えて、若い兵士さんも引き下がった。
私は、そんな残念そうに引き下がった若い兵士さんに『ありがとう』の気持ちを込めて会釈したのだった。
ちりんちりん、と馬車にさげられた鈴が可愛らしい音を立てる。
この音で魔獣を引き寄せるんだそうな。
けど、私はそんな音に耳を傾けている余裕がなかった。
アゼイの馬を下ろされてしまったからだ。
昼食時にも言っていたけど、ここから先は油断してたら駄目なんだって。
ということで再び馬車の人になったわけだけど。
私のお尻を心配してくれた兵士さん達の配慮で、野宿用のテントを畳んだものが敷かれることになった。
これで馬車の振動はだいぶん抑えられて、お尻は救われました。
ましたが。
今度は車酔いになってしまたのれ…おぅぇ、す。
「リリンシャールは忙しいですね」
荷物の中に紛れ込ませていたのか、本を読みながらシスター・ライザがチラリと視線を寄越す。
やめて!
馬車のなかで本を読むとか、そんなの見せられるだけでも…おぅえぷ。
「あなたは食べ過ぎなんですよ。馬車に乗るときは、腹6分目ぐらいにしておくものです」
「そんな…こと。…教えて…くれなか、た」
「教えなくても、普通の人は知ってることですから」
ゴトリ、と馬車が止まった。
アゼイが気を利かせてくれたのかな? なんて甘ったれた思いは
「来たみたいですね」
というシスター・ライザの言葉と
うぉおおおおおおおン!
恐ろし気な咆哮とに掻き消された。
「リリンシャール、救命用品をチェックしておきなさい」
「はい!」
緊張感で、車酔いなんて吹き飛んだ。
身に着けていた大ぶりの肩掛けカバンの中身を確認する。
包帯、テープ、ハサミ、ピンセット、毛抜き、消毒薬、傷薬、湿布、ガーゼ、脱脂綿、三角筋、綿棒、それにタオル。
全部ある。
「チェック良し!」
周囲が慌ただしくなっている。
「魔獣は3時の方向から来ます!」
「よろしい! 総員、馬車を背後に2列!」
アゼイの声だ。
「魔獣、来ます! 視認! グァバ、2!」
「総員、構え!」
息の詰まるような静寂。
うぉおおおおおおおン!
「てぇ!」
直後だった。ゴンだかガンだか物凄い爆発音が響いた。
ドスンと何か重いものが倒れる物音。
外の様子が分からない私でも、額に汗がにじむ。
「仕留め!」
アゼイが号令したあとで、バン! バン! と2発の発砲音がした。
「確認!」
誰かの走る足音。軽いから、私の歌を褒めてくれた若い人かもしれない。
「絶命!」
「よぉし!」
「行きますよ」
シスター・ライザに促されて、彼女の続いて私も馬車の外へと出た。
「怪我をした方はいませんか?」
訊くんだけど、私の声は届いてないみたい。
銃声でみんな耳がバカになってるっぽい。
だから私は、改めて兵士さん1人1人の耳元に顔を近づけて怪我がないかを訊いた。
よかった。怪我した人はいない。
やっぱり間遠から銃で仕留める方法だからだろうね。これが昔みたいに剣や槍でとなると、一戦しただけで間引き隊が壊滅することも珍しくなかったとか。
報告しようと、シスター・ライザに近づく。
彼女はアゼイと一緒にグァバの死骸を観ていた。
「森の縁から半日ほどで、か。少し出るのが早いな」
「それだけ森の中の魔獣が増えているのでしょう」
「間引きが間に合ってないということか?」
「でしょうね。近いうちに大きな間引きをしないといけないかも知れません」
そうとまで話し合って、2人は私を振り返った。
「怪我人はいません」
「そうですか、それはよかった」
私は恐る恐る、動かないグァバに歩み寄った。
独特の鼻にツンとくる臭いがする。
…と! 見ているうちにも2体の魔獣の死骸が水のように溶けて、地面に吸い込まれた。
「見たか? 魔の森は、死んだ魔獣の陰気を回収するんだ。それによく見て見ろ、魔獣がいたのに辺りが腐ってないだろ? これは、この森そのものが陰気の魔力に汚染されているからだと言われている」
「ですから、人も長いことこの森にいると腐ってしまうのです。1週間という期間は、だからこそ決められているのです」
恐ろしい話だった。
私は意味もなく辺りを見回した。
そういえば…いつの頃からか、鳥の声も聞こえなくなっている。
木々も歪にねじくれて、葉の色は緑なのだけれど、暗い緑色だ。
前にグァバに襲われたときには実感できなかったというのに。
私はココにきて、今更だけど…ゲーム世界なのだという何処か膜を隔てた感覚ではなしに、切実な実感として魔獣の脅威を知った。